7-65 事後8
「して、アライアットはやはりあの女の手が?」
「まず間違いなく。ノワール領に攻め寄せた将軍の側に居た宣教師が持っていた物品はこの世界の魔道具とは思えなかった。本人からも言質を取っているゆえに間違いはあるまい。王族は殆どが殺され、王と王妃程度しか生き残りはおらんし、彼らも軟禁、或いは監禁されていて王家として機能しておらん。敵は聖神教と定めて良かろうな」
ルーファウスからの書状を吟味した後は悠が戦地で得た情報の考察に入った。やはり直接見た情報は何物にも勝る判断材料である。
「そうか……さぞ余の事を恨んでおるであろうな……」
アライアットがこうなってしまった原因は間違いなくラグエルの行って来た拡大政策にある。国土と共に権威と信頼をすり減らされたからこそアライアット王家の力が衰退し聖神教の台頭を許す事に繋がったのは疑いが無い事だ。
「しかし今はそれを嘆いている時ではない。余にしてもアライアットにしても結局はあの女の手の平で弄ばれておったに過ぎん。恐らくアライアットにも何らかの技術が贈られていよう。いくら便利だからといって個人単位で『転移』する事が出来る魔道具だけで聖神教を釣り上げたとは思えん。必ずやもっと邪悪で恐ろしい物が供与されているに違いない」
「同感だな。確かに便利ではあるが、使う為には人間の命を必要とするのではいざという時に使い勝手が悪い。ミーノスと同様に幾つかの技術が供与されているとみるべきだろう」
怒りを宿すラグエルに悠も同意した。『転移』の魔道具はあくまで個人用であり、集団を増長させるほどの品とは思えない。具体的に言えば、もっと直接的な戦力となる品が供与されていると考える方が自然だった。……もしくは洗脳道具かもしれないが。
「ミーノスにも来ておったのだったな。あちらでは何を?」
「『神鋼鉄』の武器を数十と強力な死人を傀儡として操る『殺戮人形』、『殺戮人形』を材料に作る不死身の化け物『殺戮獣』、そしてそれらを作る為の『堕天の粉』などだな。生命を結界の強度に変換する『生命結界』もかの女の物か」
挙げられた品々にラグエルの肌が粟立った。『神鋼鉄』で武装した死人の兵士など、およそ人に止め得る存在ではないからだ。
「『神鋼鉄』だと!? ……随分と大盤振る舞いではないか……それだけミーノスを重視していたという事か?」
「そうは思えんな。無限召喚を可能とするノースハイアの召喚器も相当な物だ。それに、召喚器にはまだ他に隠された機能があるようだし、それはまだ生きている。逆に言えば、それだけ揃えておいてようやくノースハイアの召喚器と同等と考えているなら、逆説的に召喚器の恐ろしさが分かるというものだ」
ラグエルは唯一知る『神鋼鉄』の武器群と供与された技術の多さに驚愕したようだが、悠とすればただ一つだけ贈られ、そして延々と稼動し続けてきた召喚器の方に得体の知れない恐ろしさを感じていた。否、それは未だに稼動し続けているのだ。
「だが最低でもミーノスに伍する物が供与されているとすれば、通常の兵では歯が立たん。装備を整えた『殺戮人形』は兵士50人に匹敵する。ノースハイアで奴らと単体で戦えるのはバロー、アグニエル、ミルマイズ……俺が知っている中ではそれくらいだろうな。オリビア辺りでは押し切られる」
「オリビアと言えば貴様、冒険者ギルドで暴れたな? ただでさえ忙しい時期に余の仕事を増やすな!」
「今は些事を語る時間では無かろうが。国とギルドは相互不干渉だ、捨て置け」
「騒ぎを起こした当人が言う事か!」
ぎりぎりと歯を軋らせるラグエルだったが、サリエルには不思議とラグエルが生き生きしている様に見えた。これまで即位してからの間、圧倒的な権力を誇るラグエルに物申す奇特な、或いは命知らずな人間は殆ど居なかったのだ。稀に居たとしてもミルマイズの様に投獄されてラグエルの前からは排除されてしまっていた。『異邦人』を失い、正気に戻ったラグエルには悠との会話は気兼ねなしに本音をぶつけ合える唯一の時間なのかもしれない。
「それよりアライアットの地図と首都の情報が欲しい。出来れば一度潜入したい」
「……アライアットは鎖国しておる。極僅かな交流もあるが、基本的に他国の人間はアライアットの首都フォロスゼータに入る事は出来ん。かの国は一般市民は奴隷と同じで街の中すら移動が制限されておるらしい。それこそ貴族かそれに繋がりのある者でもないと詳細な情報は手に入らんぞ」
「貴族……そうか、ではクリストファーに聞くか」
《ユウ、忘れているかもしれないけど、カロンやカリスもアライアットの著名な鍛冶師だったんでしょ? 国の依頼や貴族の依頼も受けていたんだから、そっちからも探れるんじゃないかしら?》
「そう言えばそうだったな。向こうに着いたらクリストファーとともに聞いてみよう」
レイラと相談を纏める悠にラグエルが興奮気味に割り込んだ。
「ま、待て!! もしや貴様、『鋼神』カロンと面識があるのか!?」
「ある。カロンはアライアットで貴族に嵌められて指を落とされ親子でミーノスに落ち延びていた所を俺が保護した。俺やバローの装備はカロンの手製だ」
「……ユウ、物は相談だがーー」
「断る」
ラグエルが何を言おうとしているかを察した悠は断固とした態度で拒絶した。
「まだ何も言っておらんだろうが!!」
「カロンの名を聞いて言われる事など知れている。自分の武器を打たせたいか、兵士の装備を作らせたいかしかない。そのどちらも受け入れられないからこそカロンは俺の下に居るのだ。カロンは貴族や王族に多大な不信を抱いているから名誉や金銭で釣っても無駄だ。そして強硬手段に出るなら俺が相手になる。それらを踏まえてまだ何かカロンに言いたい事があるか?」
「ぬぐっ!」
ぐうの音も出ないほどに完璧に否定されてラグエルは押し黙るしかなかった。ノースハイアの兵士の質をせめて装備で補いたかったのだが、その門番が悠では押し入る手段は残されていなかった。
「話は済んだ、俺は行くぞ。ノワール領に戻って物資を届けねばならん」
ラグエルが黙ったのを機に悠は情報交換は終わったとばかりに踵を返した。
「……ふん、忌々しい奴よ。せめて物資に掛かった費用くらいは申告していけ。後でノワール領に届けさせてやる。それとノワール伯爵に伝えておけ、一度王宮に来いとな。侯爵号の授与がまだ済んでおらん」
「しかと伝えよう」
「門まで送りますからその道すがら教えて下さい。お父様、よろしいですか?」
「ああ、構わん。そやつをさっさとここから連れて行け。余は忙しいのだ」
うるさそうに手を払う仕草をしてみせるラグエルだったが、そんな事では悠が激昂したりしないという奇妙な信頼関係があるからこそ出来る事であった。ラグエルは直感的に悠の許容範囲が相当に広い事を悟っていたのかもしれない。それと同時に踏み越えてはならぬ一線を越えた時の恐ろしさも身に染みて理解していたが。
悠はそんなラグエルに頓着する事無く、そのままサリエルと共に応接室を後にした。




