7-59 事後2
フェルゼンで悠を出迎えたのは実質的な領主代理であるアラン(実際の領主代理はミレニア)と警備隊長のシロンである。
「お久しぶりですな、ユウ殿」
「この所忙しくてな。今日も長居は出来んのだ。ローランから書状を預かってきた」
悠は懐からローランの書状を取り出してアランに手渡し、アランもざっと目を通す。
「……なるほど、糧食の供出ですか。それに兵の鍛錬の強化と。近々戦が起こるとローラン様は考えておられるようですね」
「早速準備致します、アラン様」
「兵に関してはシロン、あなたに任せます。それと、ユウ殿に渡す糧食を用意するのに何人か手を貸して下さい。この街の人口を基礎に、二月分ほど用意すれば行き渡るはずです。持ち運びに便利なように、最大容量の『冒険鞄』に詰めて下さい」
「畏まりました」
アランとシロンが相談している間に悠は鞄から金貨の袋を取り出した。
「それで、全部でいかほどになるだろうか?」
「金銭は結構で御座います。この街がユウ殿に受けた恩義は金銭に替えられる物では御座いません。ローラン様からの書状にもその旨が記されております」
アランの答えに反論しようとする悠の気配を察したのか、アランは更に言葉を重ねた。
「ローラン様は更にこう記しております。「……とユウに言ってもきっと律儀に金を払おうとするだろうから、これは恩義への礼であるとともにユウ、バローへの友情に報いるものであると説得するように。どうか私の気持ちを汲んで欲しい」……だそうです」
《読まれてるわね》
笑いの気配を滲ませながらレイラにまで言われると、悠もそれ以上は固辞しなかった。
「友からの贈り物であれば受け取らぬ訳にはいくまい。ありがたく使わせて貰おう」
「ご理解頂き感謝致します。ユウ殿にはローラン様、アルト様、ミレニア様を救って頂いた恩義が御座いますので、せめてこのくらいは当家にお任せ下さい。ユウ殿の謙譲の美徳は理解しておりますが、時には受けて貰う方が救われる事も御座いますので」
アランは胸のつかえが取れたとばかりに微笑んだ。アラン個人としても悠に何かしら報いたいと思っていたのだ。
「既に過分なほど色々と融通して貰っていると思うが……いや、無粋な事は言うまい。感謝する」
「最近のアルト様のご様子は如何でしょうか? 学校に通われていらっしゃる様ですが、風邪など召してはおりませんか?」
「学校程度で体が音を上げるほどアルトを甘やかしてはおらんよ。それにアルトはあの性格だ、初日の時点で身分に関係無く友人も作っていた事だし、今ではもっと多くの級友に囲まれている事だろう。何も心配はいらん。アランは生まれたばかりの双子の方を気にかけてやってくれ」
「ええ。私ももう老いました。後はアルト様とお二方が成人し、伴侶を見つければもうこの世に思い残す事も御座いません」
《そんな事言って、結局今度はその息子や娘が成人して結婚するまで~とか言い出すのよ》
「それは否定出来ませんな。このアラン、命ある限りフェルゼニアス家の僕で御座いますので。人間とは欲深い生物ですな……」
惚けた口調で答えるアランだったが、その目だけは遠い未来を見ているようであった。それは恐らく老いた者だけに分かる、叶えられないであろう未来を遠望しているのだろう。
「さて、お急ぎの様ですが、当家にて一休みされますか? ミレニア様もお会いしたいと思ってらっしゃいますよ」
「顔を見て挨拶したいのは俺も同じなのだが、生憎このあとはノースハイアの王宮にも行かねばならんのだ。礼を失する事甚だしいが、よろしく伝えて貰えんか? 後日改めて挨拶に伺うと」
「左様ですか……残念ですが公用が控えているのでは仕方がありませんね。またの機会をお待ちしております」
それから悠は付近に設置した屋敷とフェルゼンを往復し、再びミーノスに戻って日用雑貨も補充してノースハイアへと戻ったのだった。
例によって付近まで飛んでから人目につかない場所に降下し、悠はノースハイアの城下を目指した。辿り着いた門の門番は以前と同じコンビであり、街での噂も相まって最大限の待遇で街に入る事が出来たのだった。
《さて……王宮とギルド、どっちを先に?》
「優先度としては王宮だが、後回しにすると面倒だ、先にギルドに顔を出そう。出来れば今度はギルド長に会って敵対する意思はないと伝えたい所だな」
《そういう交渉はユウよりハリハリやバローの方が得意でしょうけど、あっちも忙しいものね。いいわ、なるようになるでしょ。ついでに王宮に行く前に着替えましょう》
バローは領主として多忙な日々を送っており、ハリハリはそのサポートに回っていて不在であった。シュルツは交渉など出来ないし、ビリーやミリーでは万一敵対した場合、戦闘面に不安がある。だからと言ってギルザードを連れてくるなど論外であるのは言うまでもない。
それでもコロッサスも気にするなと言っていた事だし、悠は特に深く考えずにノースハイアのギルドに足を踏み入れるが、
「もう一度勝負しなさい!!!」
足を踏み入れた瞬間、悠に向かって宣戦布告がなされたのであった。
(……ユウ、この娘面倒臭いわ。ベルトルーゼと似た匂いがする。しばき倒して帰りましょう)
(同意したいがそういう訳にも行くまい。蟠りを解く為にやって来て、もう一度叩きのめしたのでは本末転倒だ。何とか説得を試みるぞ)
(無駄だと思うけどね……)
早々に匙を投げかけたレイラだったが、悠はギルドに喧嘩を売りに来たのではない。誤解と蟠りを解きに来たのだ。
「……そう喧嘩腰になられても俺は受けられんぞ。別に俺はお前と再戦する為にここに来た訳ではなく――」
「今更何を言ってるの!! あなたに負けたせいで私の評判はズタズタだわ!!! 次こそは全力であなたを叩きのめしてやらないと私の気がすまないのよ!!!」
聞く耳持たぬとばかりにオリビアが悠の言葉を遮って吠えた。オリビアの怒りは悠の予想以上であり、とても言葉では説得出来そうにない。
オリビア個人との関係の修復は現時点では不可能と判断して悠も腹を括って口を開いた。
「……残念だが、100回やれば100回、千回やれば千回俺が勝つ。勝つと分かっている勝負は勝負ではない、ただのイジメだ。それに先にこちらに対して魔法を使ったのはオリビアであって、俺から勝負を仕掛けた訳ではない。下らん事を気にしている暇があるのなら初心に戻って鍛錬をやり直せ」
《ああ……言っちゃった……》
事実であり正論であっても、いや、事実で正論であるからこそ言われた者には受け入れがたいものであり、オリビアもその例に漏れなかった。
「何ですって!? 一度まぐれで勝ったからってよくもこの私を馬鹿にしてくれたわね!!! もう絶対に許さないわ!!!」
「あれをまぐれだと思っているのならそれが貴様の実力だ。多少上手く魔法が使える程度で五強などと持ち上げられ増長する小娘と話す事などもう俺には無い。失せろ」
ギルド内に充満する濃密な殺気によって他の冒険者はおろか、ギルド職員すら2人を制止出来ずにその睨み合いを見守っていた。今物音を立てればそれだけで両者は激突してしまいそうだった。カウンターに座るキャスリンなどは意味もなく涙目でオロオロし、隣のレイシェンに目で動くなと制されていた。
決定的な破綻が訪れる前にそれを回避したのはそのギルド職員の更に背後から発せられた声であった。
「冒険者ギルド内で争う事はまかりならん!!!」
しわがれた声がギルド内に響き渡ると、当事者である悠とオリビア以外の全員が声の主を注視した。
「マーヴィン様!」
その視線の先に居る人物こそノースハイア冒険者ギルドのギルド長、マーヴィンであった。
オリビアはしつこいタイプ。ベルトルーゼが体育会系の暑苦しいしつこさだとすると、オリビアは蛇っぽいしつこさです。




