7α-66 合流9
「本当にキャシーは抜けてるわよね。まさかギルド職員で今最も話題になっている冒険者である『戦神』ユウを知らない人間が居るとは思わなかったわ。ホント、開いた口が塞がらないったら・・・」
「う、うるさいわよレイシー!! 突然だったからちょっとど忘れしてただけよ!! 大体ね、向こうがまず名乗るべきじゃない!!!」
「なんでアンタみたいな木っ端職員にⅨ(ナインス)冒険者が一々名乗らないといけないのよ。普通分かるでしょ。それに致命的なのはⅨの冒険者証を見てもすぐに気付けない所よね。それをどこの田舎かとか・・・もう私、後ろで聞いてて失神しそうだったわよ。アンタがひっくり返らなかったら私が後頭部に蹴りを入れてたわね」
ガチャ。
「Ⅸの冒険者証なんて初めて見たんだから仕方ないでしょ!? それもこれも、あのユウとかいう冒険者が勿体ぶってるから悪いのよ!! 最初に「Ⅸの冒険者のユウだよ♪」って言ってくれたら私だってあんな恥ずかしい思いをしなくて済んだのに!!!」
「・・・ふぅん、あくまでアンタは自分の過失じゃないと?」
コツコツコツコツ・・・。
「・・・そ、そりゃま、ちょこっとは・・・ほんのちょこーーーーーっとは私もうっかりしてたかもしれないわよ? でもそれなら勘違いしてる事くらい指摘しなさいよね!! 素直に話を聞いてるから私も駆け出しの冒険者かと勘違いした訳で・・・」
「間違えたのはアンタの勝手よねぇ。そもそも、懐具合も分からない駆け出しだと思ってる相手に超高額商品を無意味に自慢するとか頭腐ってんの? それこそトチ狂って強盗して下さいって言ってる様なものじゃない。よくこんなマヌケに辛抱強く付き合ってくれたと思うわよ。流石はユウ様ね」
コツコツコツ。
「うっさい!! このギルドが暇なのが悪いのよ!!! もうね、私は次に会ったら絶対文句言ってやるんだから!! 「まずは名前とランクを提示して下さい」ってね!!!」
「へぇ・・・だったら今言えば?」
「ほえ?」
同僚のギルド職員がちょいちょいとキャスリンの後ろを指差したので、キャスリンがクルリと振り向いた先には肩に人間を担いだ悠が居たのだった。
「・・・「Ⅸの冒険者のユウ」だが、今話し掛けても?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あ、ごめんさない、この子気絶してるわ。用件は私が承ります」
どうやら急な展開にキャスリンの脳内ブレーカーが作動し意識を飛ばしたらしい。それを見た同僚の職員は目を開けたまま気絶するキャスリンの脇に手を入れ、椅子から持ち上げて後ろの床にポイと転がした。扱い慣れている様に見えるのは気のせいではあるまい。
「済まんな、怖がらせるつもりは無かったのだが・・・」
「いえ、いい薬ですので。私はレイシェンと申します。それで、ご用件はそちらの?」
レイシェンが悠の肩を指差しながら尋ねると、悠は頷いた。
「ああ、ちょっとした諍いがあってな。この寒空の下に放置する訳にもいかんのでここに連れて来させて貰った。しばらくしたら目が覚めると思うので、それまで預かっておいてくれんかな?」
「ん~・・・本来そういった業務は請け負っていないのですが・・・ユウ様には高額な買い物もして頂けましたから特別にお預かりしましょう。大きな怪我はありませんよね?」
臨機応変な対応が出来るレイシェンはキャスリンより大分上等な職員らしいので悠も安心して頷いた。
「単に気を失っているだけだ」
「それと、犯罪者だったり賞金首だったりしたら賞金が出ますのでその人の確認をさせ・・・ちょっと待って下さい!?」
悠が体の向きを変えて見せた為に見えた黒い三つ編みにレイシェンが慌ててカウンターから回り込んでその顔を確認する。
「まさか・・・オリビア様!?」
「オリビア? ・・・どこかで聞いた名だな・・・」
「「「オリビア!?」」」
悠とレイシェンのやり取りを遠巻きに窺っていた冒険者達の口からも異口同音にその名が叫ばれた。
「し、知らないんですか?」
「いや・・・確かにどこかで・・・」
(あ・・・ユウ、あれよ、バローに最初に屋敷で尋問した時に聞いたじゃない。『殲滅魔女』オリビアってこの娘じゃないの?)
レイラの注釈に悠もようやく思い当たった。
(ああ・・・しかし、他の五強に比べると随分と弱いぞ? 今まで会った五強なら瞬殺しかねん)
(人違いかしら? でも、周りの反応からして間違いないと思うんだけど)
周囲では既に悠を置き去りに冒険者達が激論を交わしていた。
「おい、やっぱり噂通りとんでもねぇぞ!! フラッと出て行ったかと思ったら、オリビアを仕留めやがった!!」
「嘘だろ・・・オリビアの魔法展開速度は尋常じゃねぇんだぞ!!」
「これがⅨとⅧ(エイス)の絶対的な力量差なのか・・・!」
(ほらね?)
(・・・面倒な事になったな・・・)
たまたま撃退した相手はどうやら五強の一角、『殲滅魔女』オリビアであったらしい。御大層な二つ名の割に弱かったという程度の印象しか悠には持てないが、世間の評判はまた違うようだ。
「ゆ、ユウ様・・・オリビア様と戦われたというのなら、その、街のどこかを破壊してしまったりしていませんか? 或いは焦土になっているとか・・・?」
「いや、そんな事は誓ってしていない。見つけてすぐに失神させたゆえに街に被害など・・・」
(駄目よユウ!! ・・・ああ、遅かった・・・)
恐る恐る尋ねて来たレイシェンについ正直に返答した悠だったが、レイラの制止は一歩遅かった。
「聞いたか!? あのオリビアを一瞬で倒したんだとよ!!」
「スゲェ・・・特に苦労もせずにあのオリビアを・・・」
「全く本気じゃないのにオリビアを倒すなんて・・・だから服も全然汚れてないんだな!!」
(・・・こうなるから止めたかったのに・・・)
(・・・重ね重ね済まん・・・)
どんどん悠の強さが特盛になっていくのを悠自身が制止する事が叶わなくなってしまった。冒険者に緘口令など敷いても必ずこの出来事は流布していく事だろう。自分に手を出すと痛い目に遭うと多少広まればいいとは思っていたが、五強の一角を落とすのは明らかにやり過ぎであった。
(ほら見たか、ユウが厄介事から逃れられるはずが無いのだ)
(・・・遺憾ながら同意)
レイラにすらそう言われ、悠も黙して現実を受け入れるしかなかった。
「・・・ところでこういう場合、ギルドで罰則などは?」
「あ、いえ、と、特には・・・街を壊した訳でも殺人を犯した訳でもないですし・・・でも、もしかしたらオリビア様は自分の名声に泥を塗られてしまった訳で・・・その、怒るかもしれません・・・凄く・・・」
「・・・そうか・・・」
高名な者ほど基本的に自尊心が強いものだ。戦闘の最中にもそれなり呼ばわりされた事に腹を立てていた様子であったし、意識を取り戻した後、すぐに友好的な関係を結ぶのは難しいと言わざるを得ない。
「済まんが国の大事に関わる案件を抱えていて本当に時間が無いのだ。オリビアには俺に用があったら冒険者ギルドに伝言でも残す様に言っておいてくれ。これは騒がせた謝礼だ」
悠は鞄から金貨を取り出すと、数枚掴んでレイシェンに手渡した。
「・・・分かりました、本当は意識を取り戻すまで側に居て欲しいんですが・・・」
「用事を済ませたら一度戻って来る事にするゆえ、今は行かせてくれ。重ねて済まなかった」
悠としては珍しく平謝りするしかない状況であった。時間の無い時に余計な事をすべきではないという教訓だろうかと悠は他人事の様に考え、大急ぎでノワール領に向かったのだった。
これで五強の内4人まで悠は退けた事になりますね。
オリビアが弱く感じるのは相対的なものです。悠の場合、魔法はハリハリの無詠唱高速展開が基本ですし、自身もその鍛練を積んでいます。3秒掛かるというのは悠の中では戦闘の役に立たないレベルでしかありません。
一方、一般人からすれば10秒は掛かる魔法を3秒足らずで発動出来るオリビアは十分化け物クラスなのです。アイオーンですら5秒近く掛かりますので。
そして悠が話にならないと称した体術もオリビアはそれなりにこなせるのですが、油断と衝撃で本来の力を発揮していません。それも含めてと言われればそれまでですが、体術に関しては悠のレベルが異常なだけに審査が辛いです。
つまりどういう事になるかと言うと、子供達の力量は既に・・・。




