7α-60 合流3
必死になって引き止める門番達を私用だと説き伏せ、悠は一月ぶりのノースハイアの街へと足を踏み入れた。
「ふむ・・・冬の活気としては上々といった所か」
《そうね。この間来た時とは比べ物にならないわ。あの時はまるで戒厳令下さながらだったもの》
アグニエル簒奪直後のノースハイアは人通りも疎らで俯いている者が多かったのだが、今は道を行く者達の談笑する声を意識せずとも拾い上げる事が出来た。ラグエル王が復位してからの治世は概ね民衆に受け入れられているらしい。
悠は大通りに面した食料品を扱う店に足を向けてみた。
「いらっしゃい!! 何かお探しかい!?」
「探している物がある訳ではないが、何かお勧めがあればと思ってな。今しがたミーノスから来たばかりなのだ」
そう言いながら悠は商品に付いている値札を確認した。生鮮食品はミーノス方面から輸入しているはずであるからミーノスとの差額を確認すればその商品の本当の値段が分かるのだ。悠の記憶と照会すると、その値段は大体3割増しといった所である。
「ありゃ、ミーノスからのお客さんかい。それじゃここの野菜や果物は高く感じるだろう?」
「護衛や輸送費に金が掛かるのだから商売としては当然だろう。そんな事に文句は付けんよ」
「やあ、物の分かったお客さんでありがたい! 身なりからして相当高いランクの冒険者さんと見たね! 少ないながらもこの国にも冬の特産はあるから一つ買って行ってくんな!! 兄さんには特別におまけしておくよ!!」
どうして高くなるのかを良く分かっている悠の言葉に店主は気を良くしたらしく、太っ腹な発言で喜びを露にした。実際安くなるかどうかは商人ではない悠には分からないが、話をするにもまず円満な関係を築いておくのは会話の基本であろうし、小金をケチる性格もしていないので適当に商品を幾つか指定して支払った。
「実は少し前にも来たのだが、その頃はここまで活気がある様には見えなかったな。今は冬の厳しい時期なのにこの間よりも道行く人間も商店も活気があるように見える」
「はは、ここ三月でこの国も変わったからねえ。・・・大きい声じゃ言えないんだが、ちょっと前までのこの国は酷かったね。一生懸命働いても手元に残る金なんて僅かなモンさ。なまじこんな目立つ場所に店を持ってると金を溜め込んでるんじゃないかと思われてやたら高い税金を掛けられるし。知ってるかい? ちょっと前まではこの大通りに面して店を出してるだけで別に税金が掛かったんだよ? ま、今じゃそれも撤廃されて随分と仕入れに金を掛けられるようになったがね。噂じゃ陛下がドラゴンの神様から諭されただの、サリエル王女が民衆の苦境を王に諫言して改心させただの色々言われちゃいるが、とにかく憑き物が落ちたように庶民への締め付けは緩くなったよ。拡大政策も取り止めになって日々穏やかだし、こんな日がずっと続くと嬉しいね」
(多少認識の齟齬はあるけど間違ってはいないかもね)
(概ね肯定的に受け入れられているようだな)
どうやらラグエルが本気で国の建て直しを図っていると悟った悠は情報料というには些か多い金額を店主に渡してその場を後にした。
「どうやら心配はいらんようだ。後は冒険者ギルドの質を確かめて一度街を出るか」
《何故街を出るのだ?》
「街中で『竜騎士』になるのは目立ち過ぎる。外で少々時間を潰し、空から直接王宮に行くのがいいだろう。ここで正体を晒せば大勢の耳目に付くからな」
スフィーロの疑問に答えた通り、たとえ人通りの無い場所で変身してもそこから飛び上がれば街の人間は異常に気付いてしまうし、ここは一度街を出てから裏から回り込むのが最も人目に付かない方法だろう。王宮は混乱するだろうがもう何度も強襲しているので今更言ってもしょうがない事だ。
悠はそのまま足を進め、先ほどついでとばかりに尋ねた冒険者ギルドの前までやって来た。
《あらま、ボロっちいわ》
「年輪を刻んでいると言った方がいいぞ。規模としてはミーノスに劣らん大きさだ」
レイラの正直な意見を悠が訂正したが、感想として古いという点では一致していた。建物自体がミーノスほど美しく塗られていないせいかもしれない。
「しかし、世界最大の国家にしては質素だが・・・中で少し見回ってみるか」
そう決めて、悠は軋む扉を開いて中へと入っていった。
冒険者ギルド内部は微妙に薄暗く、中に居る冒険者もそんなに多いとは言えなかった。精々酒場となっている一部で昼間から盛り上がっているテーブルが一つ2つある程度だ。薄暗く感じるのは外は雪が反射して明るく見えるせいかもしれないが。
(何だか寂れた雰囲気ねぇ・・・)
(繁盛しているとは言い難いか。掲示板に出ている依頼も少ないようだ)
悠は真っ直ぐに依頼の張り出されている掲示板の前に向かったが、剥がされたと思われる分を差し引いてもこの場の冒険者のランクが察する事が出来た。Ⅵ(シックスス)から上の依頼がまるでこなされておらず、長い時間放置されているのが紙の色で分かったからだ。
(少し事情を聞いてみるか。何か買うついでにカウンターで話を聞けば良かろう)
(そうね、もしかしたら掘り出し物があるかもしれないし・・・神鋼鉄は無いでしょうけど)
まるで自分達だけしか居ないように振舞っているが、今ギルド内では悠に気付いていないテーブル席の客以外は全員見慣れない悠を注視していた。特に害意は無いので放置しているが。
悠は全て空いているカウンターの一つに並び、受付に声を掛けた。
「少々尋ねたいのだが構わんかな?」
「・・・んぁ? ふあぁ・・・何ですかぁ?」
悠に声を掛けられた受付嬢はぼんやりと答え、伸びをして眠気を払った。どうやら居眠りをしていたらしい。この時点でノースハイアのギルドが暇なのは確定したが、聞くだけ聞いてみようと悠は言葉を続けた。
「ここは大きさの割には冒険者の数が少なく感じるのだが、いつもこんなものか?」
「そんなワケないですよ。・・・ははぁ、あなたまだ駆け出しの冒険者なんですね? 仕方無い、いい年をして物を知らないあなたに私が少しお話してあげましょう。・・・暇だし」
ボソッと最後に呟いた言葉が本音なのだろうが、とにかく話を聞けるなら構わないと悠は静聴の姿勢を取った。
「この国の冬は厳しく、積雪も多いのは見れば分かりますよね? そして冒険者は依頼を果たすために外に行かなきゃなりません。そしたら何が要りますか? まず防寒具、薪、冬用のテント、靴も普段の物では雪道は進めません。体を温める為に酒も要りますね。つまり、雪国で冒険者をするのには余分なお金が沢山掛かるんです。しかも普段と同じ様には動けないし、いつもは簡単に倒せる魔物に思わぬ不覚を取る事もあり得ます。その分冬の依頼料は普段より上乗せされてますが、そんな苦労をするのが嫌な冒険者はもっと南のミーノスとかに行っちゃうんですよ。それでも魔物が増えちゃ困るんで討伐は推奨してますけど、折りしも魔物の大量発生が収まった後ですから例年に比べて数が少なくて、いつにも増して今年は暇なんですよ」
「なるほど、そういう事か」
「それに、ラグエル王が拡大政策を取り止めましたからね。戦争に駆り出される事も無くなって、多分春になるまでこんな調子なんじゃないですか? あなたも駆け出しとは言え冒険者なら何か依頼の一つでもこなしていって下さいよね」
「済まんが今は急用があって時間が限られているのだ。また後日受けさせて貰おう」
悠の返答に受付嬢の顔が渋面になった。
「ふーんだ、そんな事言ってもうここには戻って来ないつもりでしょ? 冒険者って口ばっかりの人が多いんだもん。いいわよいいわよ、私も春までここで冬眠しちゃうんだから」
《いじけちゃって面倒臭い娘ねぇ・・・》
「何か言った?」
思わず本音が漏れたレイラのペンダントを弄りながら悠は首を振った。
「いや、何も。・・・ところでこのギルドで売り出している品で何か珍しい物はないだろうか?」
「ん~? 買い物するの? 駆け出しの冒険者じゃ『低位治癒薬』だって買えないと思うけどぉ? ・・・ま、いいわ、暇潰しにいい物見せてあげる」
そう言ってよっこらしょと若い娘とは思えぬ掛け声で席を立った受付嬢は鞄を一つ持って戻って来た。
「フフフ、これが何だか分かる? 分からないわよねえ~。いい、これは内部の時間を止める事が出来る新型の『冒険鞄』なのよ!! 凄いでしょ!? でもね、メインはこれじゃないの。何とこの中には・・・ジャーン!!」
と口で言って受付嬢が取り出した品は何かの肉であり、それは悠が子供達を鍛える時に重宝した品であった。
「・・・何よ、反応薄いわねぇ・・・いい、これはただの肉じゃないのよ? な、何とドラゴンの肉なの!! あなたが一生掛かってもこの肉を見る機会なんてこれが最後だと思っていいわよ!! 本当なら見せるだけでお金を貰ったっていいくらいなんだからね!! 有り難く思いなさいよ!!」
ふふんと腕を組む受付嬢だったが、悠は至極冷静に口を開いた。
「ふむ、そう言えばここにもドラゴンが出たのだったか。無事討伐されたようで何よりだ。ところで、肉以外のドラゴンの部位もあるのか?」
「む、中々強靭な精神力ね。まぁ、本当は驚いているのを必死で堪えているんでしょうけど、心優しい私はそんなのは見逃してあげるわ。他の部位も勿論あるわよ。と言っても頭を吹き飛ばしちゃったらしいから残っているのは肉の他は血くらいだけど」
そう言って受付嬢は赤い液体の入った小瓶を幾つか取り出して見せた。
「ちなみに全て買ったら幾らになる?」
「分かるわ、皮算用している時が一番楽しいものねぇ・・・全部纏めて買うって言うなら金貨4000枚って所ね!! ふふふ、4000枚よ4000枚!! あなたが一生掛かっても精々400枚稼げれば一流を名乗ってもいいのよ?」
「そうか、4000枚か・・・」
悠はしばし腕を組んで考え込み、受付嬢はやれやれと肩を竦めて首を振った。
「はい、無料で見せる時間はお終い。後は頑張って働くのね。ランクが上がれば多少安く売ってあげるから・・・それでも買えないでしょうけど」
「そうか、冒険者のランクで安くなるのだったな」
そう言って悠は冒険者証を懐から出してカウンターに置き、受付嬢に提示した。
「だからぁ、Ⅰ(ファースト)とかⅡ(セカンド)の冒険者証じゃ幾らも安くならな・・・なんです、この冒険者証? 見た事ありませんね、一体どこの田舎の・・・」
その普通の冒険者証とは掛け離れた悠の冒険者証を見た受付嬢は片手でひょいと拾ってその記載に目を通し・・・そして動かなくなった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・Ⅸ(ナインス)?」
「ああ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
そのまま受付嬢は奇怪な叫び声を上げて椅子ごと後方に仰け反り悠の視界から消え去った。
門番よりいい反応をするのは一応ギルド職員ですから・・・




