7α-54 多忙な日々27
「お待たせっ」
「おう、どうだった?」
職員室の廊下でヤンキー座りで待っていたジェイとライハンはかなり近寄り難い雰囲気を醸し出していたが、表面上の威圧感など悠で慣れ切っているアルトは特に気にもせずに答えた。
「うん、今日から僕も寮生活をする事になったよ。悪いけど、ジェイ達が居る寮に案内してくれないかな?」
「いいぜ、ついて来いよ」
南寄りのミーノスと言えど2月頭の夜はまだ暮れるのも早く、夜の風は冷たく吹き抜けていく。
「うー、寒ぃな。この制服のお陰で多少はマシだけどよ」
「こんなのをタダで支給してくれるなんて太っ腹だよなぁ」
今生徒に支給されているのは冬用の制服であり、それだけでミーノスの冬であれば過ごせる程度の防寒性は備えている。衣食住に関してはほぼ手抜かりは無く、下手な庶民などより学生の生活レベルはかなり高いのである。
街中に制服を着た生徒の姿はまだ見慣れない為か多少浮いて見えるが、それも時間が経てばミーノスの一風景として溶け込んでいく事だろう。
「ジェイ達の寮はまだ空き部屋はあるんだよね?」
「ああ、基本は2人部屋だけどよ、一人で使っても構わねぇだろ」
「待った。ライハン、俺達の部屋は角部屋だから3人入れるよな? アルトも入れてやらねぇか?」
建物の構造上、角に位置する部屋は他の部屋より多少広くなっているのだ。その為ジェイ達の部屋は例外的に3人部屋である。
「一人で部屋を使う方が気が楽なら無理にとは言わねぇけどな」
「ううん、それならお邪魔させて貰おうかな。短い間だけどよろしくね」
「ああ。着いたぜ、ここが俺達の寮だ。案内するから付いて来いよ」
ジェイに案内されて寮に入ると中からは空腹を刺激するいい香りが漂っていた。
「やべ、もうメシが始まっちまうぜ! アルト、俺達の部屋はその突き当たりだ!」
「うん!」
素早く部屋まで辿り着いたアルトはジェイに鍵を開けて貰ってドアを開け、暗い部屋を見回した。部屋の中は特に区切られている訳でもなくベッドが3つ並んでおり、更に机もそれぞれに用意されているようだ。
「観察なんて後にしとけよ! この一番手前のベッドは使ってねぇからアルトの場所な。ほら行くぞ!」
ゆっくり観察する時間も惜しみ、アルトはジェイに引っ張られて慌てて荷物を置いて従った。
「そんなに急がなくても、ご飯は逃げないよ」
「馬鹿、ここにゃ欠食児童がわんさと居るんだ、ボーッとしてっと本当にメシを逃すぜ?」
「おかわりは3杯まで出来るからな、食い意地張った奴が多けりゃ最悪の場合、遅れた人間のメシが無くなる事だってあるんだよ」
「き、厳しいね」
どうやら早い者勝ちのスタイルらしく、ちゃんと一人分ずつご飯が用意されていた悠の屋敷とは勝手が違うらしい。特に12歳頃からの子供達が集まっているという事は、消費する分もそれだけ早い事だろう。
「ここが食堂だ。入るぜ」
中からは多数の人間の話す声や食器の音がしていたが、ジェイ達が中に入るとそれに気付いた者達から静寂の波が広がっていった。それはやがて囁きに取って代わられる。
「お、おい、なんでこんな所に噂のお坊ちゃんが居るんだよ!?」
「知らねぇよ! ここに居るって事は寮に入るんじゃねぇのか?」
「・・・煩いな、庶民は静かに夕食を取る事も出来ないのか・・・」
そんな囁きが起こる以前からアルトの噂はかなりの割合を占めていたらしく、皆がチラチラと横目でアルトの様子を窺っていた。
「チッ、見世物じゃねえってんだ。行こうぜ」
「ああ、腹も減ったしな」
ジェイとライハンはそれに構わず食事の受け渡しをする窓口へと急いだ。ここでも学生証が必要らしく、ジェイとライハンはポケットに入れていた学生証を取り出す。
「あ、ここでも学生証が要るんだ?」
「何だよ、部屋に忘れて来たのか? なら取りに行って来いよ。これが部屋の鍵だぜ」
ジェイが鍵を投げ渡すと、アルトはそれを受け取って踵を返した。
「先に食べててよ、僕もすぐ戻るからさ」
「おう、急げよ」
そのままアルトは再び荷物を置いた角部屋へと戻り、仕舞っておいた仮学生証を取り出した。
「そういえば、僕がこの寮に入るってジェイ達以外には伝えていないけどいいのかな? 誰か大人の人に言った方がいいのかも・・・」
「立ちやがれこの野郎!!!」
そんな事を考えながらドアに鍵を掛け食堂へと戻ると中からジェイの怒声が響き、何事かとドアを開けるとそこでは至近距離でガンを飛ばし合うジェイと知らない顔の男子生徒が今にも殴り合いを始めようかという険悪な雰囲気で睨み合っていた。
「・・・なんでちょっと目を離した隙に喧嘩を始めるかな・・・」
しかしその怒声の内容はアルトにも無関係では無かった。
「おい、もう一度言ってみろよ? 誰が貴族の腰巾着だって!?」
「お前とライハンに決まってるだろ、ジェイ!! まるで下男みてぇに貴族様に媚びへつらいやがって!! それでもお前男かよ!!!」
「おもしれぇ事言ってくれるじゃねぇか・・・テメェの笑える顔をもっと笑える様にブン殴ってやろうか、メルクーリオ?」
「やってみろ!!! 貴族に尻尾を振ってるおべっか野郎なんかに俺が負けるかよ!!!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップしたジェイがメルクーリオと呼ばれた少年の胸倉を掴み上げた。が、そこに人垣に割り込んで辿り着いたアルトが手を伸ばし、胸倉を掴むジェイの手を握った。
「ジェイ、今は食事の時間だよ。喧嘩はやめようよ。お腹も減ったでしょ?」
「そりゃそうだが、売られた喧嘩を買わねぇんじゃ男が廃るんだよ!!」
「そんな事で怒るのはそれこそ男が廃るんじゃないかな? 問答無用で襲い掛かられたら殴り返すのもいいと思うけど、単なる悪口くらいで喧嘩してるようじゃそれこそ安く見られると思うよ。それに、今喧嘩を始めたら本格的にご飯を食べそびれるんじゃない?」
「む・・・」
アルトに仲裁されてジェイは少し冷静さを取り戻したらしい。それに腹は立っているがそれ以上に腹が減っているのも確かなのだ。人間は空腹に嘘は吐けない。
「貴族が割り込んで来るんじゃねぇよ!!!」
だが先に食事を取っていたメルクーリオは敵愾心が上回ったのか、ジェイでは無くアルトに拳を放った。咄嗟に放たれたその拳がアルトの顔に突き立つと思った他の生徒達は思わず目を瞑ったが、その耳に聞こえて来たのはパシンという乾いた音であり、殴り飛ばされた音で無い事を不審に思ってそっと目を開く。するとそこにはメルクーリオの拳を軽く左手で受け止めるアルトの姿があった。
「このくらいで人を殴るのはやり過ぎだと思うよ?」
「くっ、こ、この貴族が!!! ・・・あ、イテテテテテテテテ!!! は、は、放せよ!?」
アルトは反省の色が見えないメルクーリオの受け止めた拳を握るとぐっと力を込めた。見かけによらないアルトの握力がメルクーリオの手を襲い、反撃しようにも動けない痛みにメルクーリオは腕を突き出した状態のまま膝を付いた。
「ジェイとライハンは僕の対等な友達であって僕の召使いでも、ましてや下男でもないよ。僕の友人を侮辱した事を謝って」
「グッ!? だ、誰が謝るか!!! ぐぅぅぅぅっ!!!」
アルトが痛みを増す様に力を強めたが、メルクーリオも何が彼をそうさせるのかというほどに強くアルトを睨み返して謝罪を拒んだ。
(・・・これ以上強く握ったら手の骨が折れちゃうな。どうも謝ってくれないみたいだし、さてどうしよう?)
既に完全に無力化しているので謝罪さえ聞ければアルトはサッサと手を放すつもりだったのだが、予想外にメルクーリオが粘るので放すタイミングが掴めずにいた。しかしそこに人垣を割って別の人物が介入して来た。
「やめんか!! 若い頃には多少喧嘩もするだろうが、今は食事時だぞ!! 他の人間に迷惑を掛けるんじゃない!!!」
そこに現れたのはかなり頭髪の後退した中年の男性であった。
「あなたは?」
「俺はこの寮の寮長をしているリッツだ。・・・君は見ない顔だが新入りかね?」
リッツ寮長に問われたアルトはこれ幸いにとメルクーリオの手を放して答えた。
「はい、今日から少しの間だけお世話になるアルト・フェルゼニアスです。よろしくお願いします」
「ああ・・・君が噂の優等生か。だが寮に来たのならまずは俺の所に来て貰わないと困る。食事の配分の事も考えねばならないのだから」
「申し訳ありませんでした」
ジェイが教えてくれなかったなどというつまらない言い訳をせずにアルトは素直に謝った。ここで人のせいにするのはアルトにはみっともなく思えたからだ。その誠意はリッツ寮長にも伝わったらしい。
「よろしい。・・・さて、次はメルクーリオだが、お前もジェイに難癖を付けた事を謝罪すべきだと俺は思うが?」
「嫌です!!! 俺はすぐに頭を下げるこんな腰抜けとは違う!!!」
ここでメルクーリオが折れれば丸く収まったのだろうが、メルクーリオはあくまで頑なに謝罪を拒んだ。それを見たリッツ寮長は目を細めてメルクーリオに言い渡す。
「ならばお前は部屋に帰って今日はもう出るな。これ以上食堂を騒がせるのなら今後一切食堂への出入りは禁ずるぞ。当然お前の分の食事は出さない」
「クッ・・・!」
リッツ寮長ではなくアルト達を鋭く睨んだメルクーリオはそれ以上反論する事も無く肩を怒らせて食堂から出て行った。
遅れてしまい失礼しました。久々に更新に穴を空けてしまった;;




