7α-49 多忙な日々22
そして全員に釘が刺された所でその日最後の授業が始まりを告げる。鍛練場に姿を現す教師達を何気なく流し見ていた生徒達だったが、その最後尾でやって来た人物を見てどよめきに包まれた。
「お、おい、来ないんじゃ無かったのか!?」
「ぼ、僕に言われても・・・確か朝の内は来るなんて話は無かったはずだよ?」
「別にいいじゃねーか。むしろ噂の『戦神』に稽古をつけて貰えるってんなら願ったり叶ったりだぜ」
そこに現れたのは悠であった。悠は好奇の視線に晒されても足を止める事無く生徒の間を通り過ぎ、他の教師と同じく壇の前に整列した。そして背後で『遠隔視聴』を他の教師が作動させ、悠の顔が幕に大写しになるとそれまで保っていた沈黙を破った。
《これより体術の時間に入る。昨日挨拶はしているから知っていると思うが、俺は冒険者の悠だ。今日は来るつもりは無かったのだが、宰相閣下にどうしてもと請われてこの場に参上させて貰った。その理由は諸君らが良く分かっているだろう。最初に言っておくが、俺は鍛練の場でふざける輩は好かん。もしやる気が無いのなら今の内に出て行け。始まってから泣き言を言っても俺は知らんぞ》
昨日より3割増しの戦意を放つ悠に生徒達のみならず近くに居る教師すら軽く一歩退いてしまった。今の口上からも分かる通り、ローランから今日のあらましは聞き及んでいるらしい。
《・・・ふむ、出て行く者は居ないのだな? ならば早速始めよう。その場で柔軟10分、次は鍛練場の周回10分だ。その後模擬戦闘を見せるので、各自自分の使いたい武器毎に専門の教師に付く様に。では始め!》
半ば金縛りにあっていた生徒達はその掛け声に弾かれる様に見様見真似で体を解し始めた。
「・・・不味い、今日のユウ先生は怖い時のユウ先生だ・・・。皆、真面目にね!!」
「お、おう・・・ヤベェ事には慣れてるつもりだったけど、ありゃあ別格だぜ・・・。アルトの親父もとんでもねぇお目付け役を呼んだもんだな・・・」
「い、いいから早く柔軟して!! なるべく私語も控えて!」
「・・・ここって軍隊だったか?」
アルトのただならぬ様子に冗談では無いと悟ったジェイ達はそれ以上の感想を控えて黙々と手足を伸ばし始めた。良く分からないラナティにはアルトが自分の真似をする様に促す。
「基本的に柔軟っていうのは怪我をしない為にするものなんだ。だから特に動きの激しい手足は入念にね。この後は走らないといけないから足を中心にするといいよ」
「わ、分かりました」
ふと気が付くとアルトの方を皆が盗み見る様にして柔軟をしている生徒が多数居る事にアルトは気が付いた。やり方の分からない生徒は思いの外多いのだろう。アルトは皆に見えやすい場に体を移し、いつも通りに柔軟をする事でその模範となる。悠が事細かにああしろこうしろと言わないのは恐らくアルトにその任を任せているからなのだろうと思い至ったからだ。
(出来るだけ生徒の自主性に任せるつもりなんだろうな・・・。僕も気を抜けないや)
やがてその方法が浸透していき10分が経過する。
《よし、それでは鍛練場の端に寄って壁沿いに10分間走り込み。各自全力の7割程度で走る様に。俺も走る》
そう言って悠が生徒達の先頭に立ち、パンと手を叩くと一気に走り始めた。
「は、速い!?」
「皆走って!! ダラダラしてるとユウ先生に怒られるよ!!」
「こ、心の準備がっ!?」
「いいから走りなさい!! ラナティ、無理するんじゃないわよ!!」
「う、うん!!」
アルトが既に遠ざかっている悠の背に向けて走り出すと、ようやく他の者達もせわしなく足を動かし始めた。
「くっそ!! あれで七割だって!? 本当に人間かよ!!!」
「喋ると疲れるよ、ジェイ!! 今は走る事に専念して!! 無理して僕と同じ速度で走っちゃもたないよ!!」
先頭グループを走るのは当然アルトであり、ジェイもつい本気で併走していたが、確かにこのままでは後1分ももたないと感じ、頭を冷やして速度を落とした。その間にアルトは一気に2番手として後続を突き放していく。
先を走る悠はあっという間に最後尾の生徒に追いつくと、その内側を抜く事はせずに壁に飛びつき、なんとそのまま壁を地面にして走り続けた。
「・・・人間技じゃねぇ・・・」
「え? あ、あれって魔道具?」
「いや・・・ただの靴にしか見えないけど・・・」
頭上を次々とパスしていく悠に度肝を抜かれた生徒達の足が鈍ると、すかさず悠の渇が入る。
「呆けるな、走れ!」
そう怒鳴られて止まりかけていた足を必死に動かす生徒達。上手くサボろうにも悠の走るペースが速過ぎて常時監視されているのと変わらない状況である。少しでもダラけた雰囲気を出そうものなら即座に追いつかれてその度に渇が入れられた。
悠がやっている壁走りは足首を強く曲げて壁と水平にし、摩擦と体重移動をフルに活用した体術の奥義である。中国拳法の軽身功にも同じ技が存在するが、普通は出来て10メートル前後であり、常に壁を走るなどというのは人間技では無い。まず足首への負担が多大であるし、体力も集中力もそれ以上続かないからだ。悠の鍛え上げた心身のみがそれを可能としている。
結局10分間そのまま走り切った悠が壁を蹴って鍛練場に足を着く頃には生徒達の大半は皆肩で息をする有り様であった。
「今後も今やった2つは続ける様に。では模擬戦闘に移る」
そう言って悠は模擬剣を2本掴むとそのまま歩を進め、アルトの前までやって来た。
「・・・ユウ先生?」
「アルト、俺の相手を務めろ。これから幾つかの武器でお前を攻撃する。お前は受けるだけでいい」
剣を差し出す悠の目はいつも通り澄んでいて言葉以上の思惑は感じ取る事が出来なかったアルトは一つ頷くと差し出された剣を受け取った。しかしそこで教師陣から制止が入る。
「お、お待ち下さい! 模擬戦闘の相手であれば我らが個別に・・・」
「申し訳無いが、模擬であるからこそ普段の実力を知る者に務めて頂きたい。アルトはこう見えて戦闘経験は豊富にあるゆえ、ご了承願いたい」
「し、しかし・・・理事長のご子息に何かあっては――」
と、一人の教師がつい本音を漏らした瞬間に悠の体から戦意では無く殺気が迸った。
「・・・ここでは誰もが平等に扱われる。それはたとえ公爵の子息であろうと、王族であろうとだ。教師がその様な見識では生徒に舐められる。以後謹んで貰いたい」
「っ! も、申し訳ない!!」
教師もまだ全員新米な為に固定概念に囚われている者はそれなりの数が存在している。悠はこの気に教師の意識改革にも手を伸ばしたのだった。
「アルト、出来るな?」
「はい、やります! いつでもどうぞ!!」
アルトが構えると、再び『遠隔視聴』に悠とアルトの姿が映し出された。悠も剣を構え、解説を加えながらアルトに切りかかっていく。
《まずは武器の中でも最も使い手の多い剣だ。剣にも色々と種類があるが、今は基本の長剣の使い方だ。剣を使う利点、それは何と言っても万能性に尽きる。棒で殴っても斬れはせんが、剣ならば軽く当てるだけでも相手に出血を強いる事が可能であるし、出血は体力を削ぎ判断力を鈍らせる。また剣は突き刺す事で相手の内臓を傷付ける事も可能だ。更にある程度の厚みのある刃物は相手の武器を受ける事も出来る。攻防の比重が釣り合った武器、それが剣である》
アルトに斬撃、刺突、そして鍔迫り合いを演じながら悠は解説を重ねていく。アルトは剣は通常バローに習っていて悠と剣を交わした経験は少ないが、数合合わせただけで悠がいつでも自分を斬れると悟らざるを得なかった。これは一瞬も気が抜けないと疲労から『勇気』の才能を呼び起こして悠の剣に備える。
《片手剣、両手剣、曲刀、細剣など種類は色々だが、最初は基本的な片手剣を勧めておく。もう片方に盾を持つのが攻防共に最もバランスがいいだろう。初心者は攻撃よりも防御をまず覚える様に。隙だらけのまま攻撃ばかりしていては、格上の相手なら即座に殺されると心得ろ》
鍔迫り合いからお互いに離れ、悠は剣から槍に得物を持ち替えた。
《次は槍だ。槍にも短槍や長槍、斧槍、騎士槍、更には戟など多用な種類があるが、一般的な槍で説明する。それ以外は余り初心者向けの武器では無いのでな。さて槍の利点は言うまでもないがその長さにある。槍は短い物でも普通は2メートル前後、長槍になれば3メートルを悠に越える長さの物も存在する。剣と比べても2倍以上の射程があるゆえ、基本的な戦略は相手の間合いの外から攻撃する事だ。自分が安全な場所から一方的に攻撃出来るという状況は相手の焦りを誘う効果も期待出来る。ただ、その刃の性質上、槍の攻撃手段はほぼ刺突が中心になるので単調にならぬ様気を付ける事。また、遠い間合いでは強力な槍も接近を許してしまえばその長さが今度は仇となる。槍を使う者は如何に相手を近付けさせないかが勝敗を分ける要点であろう》
アルトは隙あらば悠に接近しようとしているのだが、小さな穂先が気が付くと既に目の前まで迫って来ていて防戦一方であった。悠に言われるまでも無く受けるだけで必死である。
《今度は対照的な武器としてナイフだな。こちらは先ほどまでとは逆に如何にして相手に近付くかが鍵だ。ナイフの短い刃は急所に当てなければ致命の一撃には至りにくい為、相手の末端を攻撃して痛みと疲労、そして出血を狙う。利点は武器が軽い為取り回しやすいという点だ。近付いてしまえば大抵の長物は用を成さん。両手に持つ事でその場その場でどちらでも攻撃、防御行動を行う事も出来る。この様にな》
悠はもう一本ナイフを握るとアルトに向けて踏み込んだ。アルトはそれを袈裟斬りに迎撃しようと試みるが、悠の左手のナイフで剣の根元を押さえられ、半回転して振るわれた右のナイフをピタリと首筋に当てられて動きを止めた。
悠はそのまま背後に飛び、次の武器を手に取る。今度は弓だ。アルトは悠が弓を引くのを見た事が無かったので腰を落として慎重に構えた。
《弓は遠距離専用の武器と思った方がいい。機械式の弓もあるがあちらは戦闘中には使い辛いので通常の弓を用いるぞ。上級者であれば近接戦での弓を使える者も居ないではないが、それは弓の正規の使い方ではない。だがその遠間から相手に攻撃出来る能力は有効だ。相手の接近を許すまでは一方的に攻撃し続ける事が出来る為、遠間に居る時は弓、近付かれたら別の得物に切り替えて戦うのもいいだろう。まずは当てる事が肝要ゆえ、狙いは相手の胴体の中心を狙え。そうすれば多少狙いが逸れても命中範囲に集中しやすい》
悠は軽く弓を引き絞り、先を柔らかい素材で覆った矢をアルトに向けて放った。
「っと!」
悠の狙いは正確であるがゆえ、来る場所が宣言されていればアルトならば防ぐ事は可能である。
《よく物語で矢を剣で払う場面があるが、あれは一部の上級者のみが可能な防御法であるので真似しないように。アルト、剣を正中に》
「はいっ」
アルトが正中線に剣を横腹を正面に構えると、悠は先ほどより深く弓を引き絞って放った。
「くっ!?」
放たれた矢は目にも止まらぬ速度でアルトの剣を打ち、弓勢に押されてアルトがほんの少しバランスを崩した。
《水平な矢の飛ぶ速度は200キロ以上だ。これを剣で払うならばそれと同等以上の速度が必要になり現実的ではない。防ぐならば盾を、盾を持てない武器ならば回避を選ぶべきだ》
悠は前にナターリアに相手にやったように矢を掴む事も出来るが、そんな事を初心者に教えても意味が無いのであくまで基本的を教えるだけである。
悠は弓を置くと次の武器に取り掛かった。
《次は・・・斧だな。斧にも片手で扱える手斧、片手でも両手でも扱える戦斧、両手で扱う大斧などがあるな。今はその中間である戦斧にしておくか》
悠が戦斧を手にした時、それを見ていた斧使いのバルドが少し残念そうな表情を浮かべた。斧使いは数が少なく、特に重量武器である大斧使いは希少な存在である。学校で教える事で少しでも斧使いが増えてくれればとバルドは考えていたのだった。
《斧は重量が先に集中している。その為剣と同じ様に振っても剣よりも大きな威力が出るが、その反面筋力が無いと大きな隙を生んでしまう。防御の拙い魔物ならばいいが、対人戦には敷居が高い。幸い、バルド殿は対人戦にも長けているのでしっかりとご教授願うように》
悠に褒められたバルドは満更でもなさそうに顔を赤くしていた。・・・誤解しないで頂きたいが別にラブが生まれている訳ではなく、卓越した戦士に認められたからこその高揚である。
《斧は一撃必倒を目指す事。小細工を弄するのはこの武器の本分ではない。相手が受けるなら、その受けごとねじ伏せろ。盾で受けられたら盾を割り、剣で受けられたら剣を砕け》
悠はアルトに当たらない位置で戦斧を振りかぶると、両手を使って唐竹割りに戦斧を振るう。ゴウッと恐ろしい風切り音が鳴り、アルトの髪が風圧で舞い上がった。
その後も戦鎚、打棍、投擲武器を実践して見せた後、最後に悠は徒手でアルトと対峙した。
《そして最後は徒手格闘術だ。武器が破損したり、武器を持ち込む事が出来ない状況下では己の体を武器とするしか無い場面も当然あるだろう。しかし素手で攻撃するのは逆に損傷を負いかねないので推奨出来ない。簡素な物でも構わないから小手や拳環を持っておくと拳を守れるし、それらが無いならせめて布を巻くといい。アルト、剣を置いて布を巻け》
「わ、分かりました」
目まぐるしく様々な武器と対峙させられたアルトは短い時間ながらも大量の汗を浮かべ、肩で息をしていたが悠はそれに斟酌する事無く準備させた。アルトの憔悴を見た生徒達は悠がもう少し加減するのでは無いかと期待したが、悠の態度に変化は無かった。
アルトにはその理由が分かっていたが、分かっているだけに言葉にする事は許されなかった。悠はこの場で悪役になるつもりなのだろう。貴族生徒の筆頭であるアルトですら特別扱いされないのであれば、他のどの生徒であろうとも特別扱いなどされない事は周知の事実となる。そして穏和で、かつ人望も構築しつつあるアルトが酷使される事は他の生徒の同情を買うに十分であろう。アルトの容姿もそれを後押しするに違いない。結果としてアルトは更なる人望を得る事になり、それに反比例して悠の声望は下がるだろう。
アルトは余程悠にそれを告げるかどうか迷っていた。そんな事をしなくても何とかしてみせると言い切れない子供の自分を疎ましく思った。やはり声を上げるべきかと決意を秘めて悠の目を見ると、悠はアルトに分かる程度の大きさで小さく首を横に振った。
《アルト、余計な事は考えるな。お前は今この状況に集中しろ。気を抜けば怪我では済まさんぞ》
他の生徒には悠の言葉は脅しにしか聞こえないだろう。しかしアルトにとってだけは全く逆の意味を持ってその言葉は優しく響いていた。ならばアルトもこの国の貴族の端くれとして矜持を見せねばならない。
「はい、よろしくお願いします!!」
《応》
十分に手加減されていて尚唸りを上げて悠の豪腕がアルトに振るわれる。初めて生の戦闘を見た生徒達に取っては本物の命のやり取りにしか見えないレベルである。
《拳で狙うべきは顔、そして腹だ。顔は痛みを感じやすく、出血もしやすい。鼻から出血すれば呼吸を困難にし、容易に体力を奪い取る事が出来るし、目が腫れれば視界が不良になる。ただし顔は視点から近い為に回避されやすい。そういう場合は死角から腹を狙う。この様にな》
アルトの右ストレートを踏み込んでヘッドスリップしながら悠が左下から脇にフックを打ち込んだ。アルトの体が横に50センチほど浮き上がり、その大人でも悶絶しそうな打撃に周囲から悲鳴が上がる。
「ごふっ!」
「アルト!!」
「だ、大丈夫!!」
思わず一歩踏み出しかけたジェイをアルトが制止した。アルトは今のカウンターが単に添えられた程度だと分かっていたからだ。悠も死角からの攻撃を宣言していたし、『勇気』の出力を上げて脇腹に力を込めていたアルトに見た目ほどのダメージは無い。
そんな周囲の動揺など存在しないかの様に悠の解説は続く。
《拳は当たる瞬間まで強く握り込まぬ様に。力を込め過ぎると速度が犠牲になる。打った後は素早く手を引け。伸ばしたままのんびりしていると関節を取られたり、掴まれて投げられたりと手痛い反撃を食う事もある。蹴りに関しては今は置いておこう。至近距離での蹴撃は慣れないと危険なのでな。この学校で教えるのは以上だ》
ファイティングポーズを崩してアルトが礼をすると悠も一礼して踵を返した。ようやく全ての模擬戦を終えてアルトは太ももに両手を付いて大きく息を吐き出した。
「はぁぁぁ・・・僕がもう少し大人だったら・・・」
それは疲労や損傷による溜息では無く、悔恨の溜息であった。思うように悠の役に立てない事はアルトにどうしようもない憤りを感じさせていたのだった。
「アルト、大丈夫か!? 吐きそうになったりしてねぇか?」
「・・・うん、大丈夫だよ。凄く手加減されてたし・・・」
「あれで手加減かよ。失神モノの拳だったのに、案外頑丈だな」
「流石公爵の息子ともなると鍛え方が違うよな!」
悠が離れた事でアルトを心配して囲む人の輪が出来上がっていた。それはジェイ達のみならず、今のアルトの奮闘に魅せられた他の生徒達も多数混じっていて、悠の思惑は達せられたと言っていいだろう。
そんな悠の周囲には生徒は近寄らない。教師は口々に悠の技術に賞賛を送ったが、生徒は恐れて遠巻きにするだけである。その光景はアルトの胸を貫いた。
「・・・ごめん、僕は大丈夫だからちょっと空けてくれるかな?」
アルトは囲む生徒達に一言謝ってその輪から抜けると、真っ直ぐに悠の下へと足を進めた。
「ユウ先生!」
「どうした? 剣を教えるのは俺では無くグロス殿だぞ」
「ではユウ先生が教えて下さる物をご教授お願いします。厳しくても覚悟は出来ています!」
「・・・」
アルトは理屈では分かっていても、悠を嫌われ者のままにしておく事にはどうしても賛成出来なかったのだ。目的を達した後ならば構うまいという意気を強く瞳に込めて悠を見返していた。
「・・・アルト、お前は人の心を慮り過ぎるな。そんな事では苦労する羽目になるぞ?」
「それが貴族として、人間としてあるべき姿だと僕は思います。そしてそう教えて下さったのは他ならぬユウ先生ですよ?」
《言い返す言葉も無いわねえ》
どこからか苦笑交じりの女性の声が聞こえた気がしたかと思うと、悠はアルトの頭に手を伸ばし、軽く掻き回した。
「悪いがアルトにはそんなに加減してやれんぞ? それでもいいなら付いて来い」
「はい、よろしくお願いします、ユウ先生!」
その許可を得てようやく心からの笑顔でアルトは笑う事が出来たのだった。
泣いた赤鬼の話を知っていますか?
私は常々、赤鬼の対応に不満があったのです。
今回はそんなお話。




