7α-48 多忙な日々21
「ようやく次で今日は最後か。ったく、こんな事じゃお前の親父にゃ悪いが前途多難だな、アルト」
「うん・・・思っていたよりずっと貴族の生徒は態度が悪かったね。これじゃあいつ怪我人が出るか分からないよ・・・」
「怪我で済むなら笑い話だけどよ、魔法なんか使われたら死人が出るぜ?」
「あーやだやだ。馬鹿のせいで貴族が全員馬鹿みたいに思われちゃうじゃない。エルメリアじゃないけど、あんなのと一緒にしないで欲しいわ。いっそ学校を辞めてくれないかしら?」
「で、でも、ここでちゃんとして貰わないと、大人になったら困るよ? 貴族の人達は卒業したら国のお仕事をするんでしょう?」
鍛練場で談笑するのはアルトが(いつの間にか)友達になった4人である。ジェイ、ライハン、エクレア、ラナティの4人であるが、彼らは次も鍛練場で授業なのでその場で腰を下ろしていたのだ。
「どうかな? 人望も能力も無い人間を父様が登用するとは思えないけど。そんな人を宮中に入れるくらいなら、庶民でも勤勉で人柄のいい人を雇うと思うよ。ユウ先生だって貴族なんかじゃないけど父様は誰よりもユウ先生を信頼しているし。勿論僕もそうなんだけど」
「ユウ様は見かけは怖いですけど、誰よりも優しい人だと思います。こんな綺麗な格好をしていなかった私を変な目で見なかったし、真剣にお話をして下さいましたし・・・。ずっとユウ様と一緒だったアルト君が羨ましいです」
アルトの言う通り、ルーファウスもローランも今や貴族の顔色を窺う必要など無くなっており、相応しい人格、力量を示さない者達を要職に取り立てる事は無いだろう。これからの貴族は自らの地位を守る為に努力しなければならないのだ。そしてもしそれが出来ないのなら家が無くなるだけである。
「へぇ、『戦塵』のユウか。巷じゃ『戦神』とまで呼ばれてるが、ホントにそんな出来た人間がいんのかねぇ?」
「君も会って見れば分かるよ、ジェイ。ただの貴族のお坊ちゃんだった僕を鍛えて下さったのがユウ先生なんだから。凄く厳しかったけど、そのお陰で今僕はこうしてオドオドする事も無く振舞う事が出来るんだ。いつかユウ先生と肩を並べて戦うのが僕の夢の一つなんだけど・・・まだ僕じゃ力不足過ぎて先生のお役に立てないのが悔しいな・・・」
「エライ惚れ込み様だな。ま、『戦神』ユウの名前は下町でも知らない奴は居ないけどよ。メロウズさんも「絶対に『戦塵』の奴らと揉めるな!」って口を酸っぱくして言ってたもんなぁ・・・」
今やメロウズも裏社会のトップになり多忙な日々を送っていたが、暇が出来ると下町を練り歩いてはその住人と談笑したりしているのだ。これは別にサボっているのでは無く、椅子にふんぞり返っているだけでは見えて来ない物も沢山あるというヘイロンの助言であった。ジェイやライハンも年少グループを取り纏める者としてメロウズと面識があり、大きな括りで言えばメロウズは大親分の様な物である。自分の与り知らない場所で庇護している者が『戦塵』と揉めたりするとメロウズとしては非常に困るのだった。
「昨日は稽古を付けてくれたけどよ、流石にそう頻繁にはこれねぇだろ?」
「うん、ユウ先生はお忙しい方だから。頼まれた事全部を請け負ってちゃ体が幾つあっても足りないよ。お金や権威で動く人じゃ無いからね」
「確かにな。金が欲しいんなら王様に褒美を貰う時に幾らでも貰えただろうに何も貰わなかったし、貴族の地位なんて興味無さそうだし。俗物の俺にゃ一体何がしたいのか分からんぜ」
「ユウ先生が求めてるのは・・・一口には言えないかな。でも僕達が考えている事よりもずっとずっと大きな視点でユウ先生は動いているよ。いずれ僕達はそれを知る事になると思う。ミーノスが変わり始めている事なんてその一部に過ぎないんだって」
アルトはいつの日かの、悠の背に乗って月を見上げた夜の事を思い出していた。アルトがその目と心で世界の広さを知った忘れられない夜の事だ。悠は今もその世界を実現する為に努力しているのだろう。誰に言っても信じては貰えないだろうが、アルトはそれで構わなかった。今は自分だけが信じていればいい事だから。
他の4人はアルトの言葉に疑問符を浮かべていたが、その時突如として『遠隔視聴』に映像が映し出された。
《休憩中に失礼するよ。本当は今日の最後にと思っていたんだけれど、どうもそう悠長にも構えていられない様だからこんな時間を取らせて貰った。ちょっと手と口を止めて静聴して貰おうか》
そう前置きして語り出すのは理事長であるローランである。その表情だけでアルトはローランが相当に怒っている事を察し、体を強張らせた。他の敏い者達、ジェイやエクレアもなにがしかを感じ取って画面を注視している。
《本来なら今日の最後に初日の授業を労う挨拶を考えていたんだけれど、どうやらそういう訳には行かなくなってしまった。・・・今日だけで校則違反は数知れず、中には校内で魔法まで使って乱闘騒ぎを引き起こした痴れ者まで出たんだってね? 当事者諸君は聞いてるかな? いや、聞いていて理解出来ているのかな? もしかしたら難解な言葉じゃ理解出来ないのかもしれないが、そういう者の為にこれ以上無いくらい分かり易く説明してあげよう》
笑っていない笑顔でローランは本題を平易な言葉に直して言葉を続けた。
《本日初等学校、高等学校合わせて60余名の重大な違反を犯した者はもしもう一度重大な違反行為が発覚すれば、その時は学校から去って貰う。つまり退学だ。言っておくけど、ただ学校に居られなくなるだけだなんて思わないでね? ・・・特に貴族の子弟諸君! もしこの緩い校則しか無いこの学校においてすら周囲と協調を測れないほど君達が愚かだと言うのなら、ここを去っても君達が国の仕事に関われる日は一生訪れない事を覚悟したまえ!! 君達の愚かさで君達の家族を処分する様な真似はしないが、その責任は君達自身に取って貰う!! そんな人間に有為な人材を預ける気は私には一切ない。君達の親の代が終われば領地も爵位も全て没収するとここに明言しておくぞ!! いい加減この国は変わっていくのだと理解したまえ!! いいかね? 私は言った事は翻す気はサラサラ無いよ? これは事実上の最後通告だ。単なる子供同士のじゃれ合いにまで口を出すつもりは無いが、それ以上の行為に及ぶのならそれ相応の覚悟を持って貰う。私は過去の悪習に満ちた貴族などを量産する事に手を貸す気は無いのだからね。この事は君達のご実家にも既に報告済みであり、私の宣言は今日この時を持って直ちに履行される。以上》
始まった時と同様、映像は唐突に終了した。それだけにローランの怒りが深い事が伝わって来る内容である。
「・・・流石宰相、打つ手が早いしおっかねぇや。ありゃあマジだな」
豪胆なジェイですら薄っすらと額に汗を掻くくらいの剣幕であり、これを聞いた当事者達は震え上がった事は想像に難くない。ミーノスは既に人材を確保する手段を得たのであり、無為な貴族なら居ない方が国の為だという事が周知されたのだ。ここまで言われてようやく貴族の生徒達は危機感を募らせたのであった。
「これで心を入れ直してくれるといいけど、特権意識っていうのは一種の病気だと僕は思ってる。どうしても相容れない人も居るだろうし・・・。もしかしたらその内貴族なんて居なくなるのかもしれないね」
「穏やかじゃない発言ね。他ならぬ貴族の筆頭の若様の言葉とは思えないけど?」
アルトの意見にエクレアが口を挟んだ。
「貴族は民衆に求められる人間じゃないといけないよ。ただ権力と財力だけを肥大させて来た貴族が何を引き起こしたかは皆当分の間は忘れる事は無いし、今度は民衆も唯々諾々と従いはしないから。ユウ先生だってそんな貴族を助けはしないし、そうなったら今度こそこの国は終わってしまう。一般の人達が平和に暮らす為に貴族が必要無いならそれはむしろ忌避するものじゃないと僕は思う。より多くの人が飢えず、凍えず、引き裂かれずに生きられる社会を作り出す事が国の目指す姿であって、その為に貴族が要らなくなるんなら、僕は喜んでその身分を返上するよ。そうしたら冒険者になろうかな? 正式に『戦塵』に入れる様に鍛えなきゃ」
アルトの貴族に拠らない意見にエクレアは呆気に取られたが、その隣で聞いていたジェイは堪え切れずに吹き出した。
「ク・・・ハハハハハ!! いいねぇ、お前マジで言ってるだろ!? もしそんな時代が来るなら、ウチの店を定宿にしてやってもいいぜ! 特別料金にしておいてやるよ!!」
「止めとくよ、後が怖そうだから」
「はぁ・・・貴族ってのも色々だよな・・・。もっと皆横暴で金に汚いのかと思ってたぜ」
「でもフェルゼニアス家が一番偉い貴族で良かったと思います。そのお陰で私達はここに居られますから・・・」
「・・・そうね、貴族云々は置いておくとしてもそれは感謝だわ。・・・エルメリアももう少し柔軟になればいい貴族になりそうなのに・・・」
エクレアが漏らした言葉は小さく、アルト以外の者の耳には届く事が無かったのだった。
遂に御大直々に釘を刺されてしまいました。これで事態は終息するのかどうか。




