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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-44 多忙な日々17

急いで昼食を終えたアルトが職員室を尋ねると、オランジェが苦笑を持って出迎えた。


「随分と派手にやったらしいね、アルト君」


「申し訳ありません・・・」


「いやいや、私は責めているんじゃないよ? 単なるじゃれ合いならともかく、流血沙汰になる前に止めてくれたんだから感謝したいくらいさ。でもね、君が危ない真似をしたなら私は教師として君を諫めなければならないんだ。フェルゼニアス理事長が何と言おうと、私のクラスに居る限りは君に怪我をして欲しくは無い。勿論君だけじゃ無く他の生徒もだけど・・・実際、力が必要になる場面もあるし、学校内では公権力の誇示は許されていない。悩ましいね」


オランジェは暴力を好まないが、だからと言って無抵抗で殴られろと言うのもおかしな話だ。オランジェとてまだ駆け出しの教師であり、全てに応えられる経験は無いのだった。


「しかし今回の事で多少は抑止力にはなるだろう。アルト君、先ほどの言葉を翻す様な事だけど、拳を振るわなければならない時は躊躇なくやりなさい。君はその年齢に見合わぬ見識も備えている。君が拳を振るう時、それは君にとってそうせざるを得ない状況なんだろう。躊躇いによって君や君の友人が害される事はよくよく注意しなければならないよ? 一度そういう立場に立った人間はきっとこれからもそういう場面で同じ選択をする事になるはずだから。それを吟味し、裁くのは教師の仕事だ。君が悪いかどうかは私達が判断するよ。現に君は恥ずべき事をやったとは思っていないんだろう?」


悠と同じ様な事を言うオランジェにアルトが軽く目を見開いた。


「はい、それだけは誓ってありません」


「ならば結構。・・・済まないね、君にだから言うんだが、私も先生なんて言われているけどつい最近までただの本の虫で人生経験が足りていない青二才に過ぎないんだ。だから君に言うべき言葉がこれで正しいのかと問われれば苦い笑いしか出て来ない。不甲斐無いとは思うんだけど・・・」


「そんな事は無いと思います。オランジェ先生が真摯に言葉を尽くしてくれている事は僕にも分かりますから。ですからもう少し自信を持たれた方がいいですよ」


悠は下の者に苦悩を見せるべきでは無いと常々口にしていたし、アルトも同感であったが、それはあくまで理想像としてだ。オランジェはそういうタイプの教師では無く、問題があれば共に悩んでくれる教師なのだろう。それはそれで理想的な教師なのではないかとアルトには思えたのだった。


「参ったな、これじゃどっちが教師なのか分からないや。でも、君の忠告は有り難く受け取っておこう」


「生意気な事を言って済みませんでした。僕も先生に言われた事を胸に刻んでおきます」


「うん、そうしておくれ。もしかしたら後で君にも事情を聞く事になるかもしれないから。・・・おっと、そろそろ鍛練場に移動しないと授業に遅れちゃうね。これが時間割表、そしてこっちが運動着だ。もう行っていいよ」


話に一区切りをつけたオランジェは机の上に置いてあった時間割表と運動着をアルトに手渡した。


「ありがとう御座います、オランジェ先生。では失礼しました」


アルトはそれらを受け取ると職員室を後にした。残されたオランジェはふぅと一息吐いて軽く髪を掻き回す。


「全くもって理想を絵に描いた様な子だな・・・。教師を敬い、分け隔てない慈しみを持ち、やるべき時には躊躇わず力を振るう事が出来る。どうやったらああいう風に育つんだろう? 今度理事長に聞いてみよう」


恐らく聞かれてもローランにも答えようが無い問いであろう。アルトの性質はどちらかと言えば父であるローランよりも母であるミレニアの影響が大きいのだから。そして悠の存在もまた大きいのだ。


しかしそうやって語らう事が無意味でもあるまい。より良い教育像を模索する事は決して無駄にはならないはずであるから。


歴史以外に興味を抱く事の出来なかったオランジェは今ようやく「人を育てる」事に興味を持つ事が出来たのだった。




「遅かったな、サッサと行こうぜ」


「全く、ジェイの考えている事は分かんねーぜ・・・」


「あれ? 君は確か・・・ジェイ君?」


職員室の外で待っていたのはジェイとその友人と思われるライハンであった。


「「君」なんて気持ち悪ぃ呼び方すんな。ジェイだけでいいんだよ、お坊ちゃん」


「・・・僕も「お坊ちゃん」なんて名前じゃないよ。アルトって呼んでくれるかな」


2人の視線が交錯し、一瞬火花が散った様にライハンには思えたが、すぐにジェイはニヤリと笑って肩を竦めた。


「ハイハイ、アルトだな」


「うん、よろしく、ジェイ」


「一体コイツのどこが気に入ったんだか・・・やっぱ顔か・・・ギャッ!?」


何か通じ合う2人をみて唾を吐きたそうな顔でライハンが小声で愚痴ったが、すかさずジェイに尻を蹴り上げられた。


「馬鹿な事言ってっとお前だけ置いてくからな」


「あ、もう時間が・・・ライハン、早く!!」


「お、お前まで俺を呼び捨てにしてんじゃ・・・ちょ、聞けよ!!」


尻を擦るライハンをその場に置き去りにジェイとアルトは鍛練場へと駆け出していた。それを見たライハンも慌てて2人を追いかけ始める。


「鍛練場って事は、君も1年生だったの?」


「おう、もう13になってるがな。ここにゃ社会見学がてら入学したのさ。別に剣や魔法を極めたくて入ったんじゃねえ。・・・が、あんな事があるんじゃ多少はやっとかねぇと命が幾つあっても足りやしねえ。まさかあそこまで馬鹿な貴族が居るとは流石に俺も思わなかった」


「ふぅん? でもジェイはその体付きからして多少やってるよね? 僕、同年代だと背が高い方なんだけど、ジェイも同じくらいに見えるよ?」


アルトは『竜ノ微睡オーバードーズ』の一年分のアドバンテージがあり、更にそれは恵の料理によって加速されていて、現在の身長は160センチを超えている。しかしジェイもそれに劣らぬ長身である様にアルトは見て取った。しかもただ縦に伸びただけでは無く、しっかりと筋肉も付いているのだ。ただの庶民では中々ここまで立派な体には成長出来ないだろう。


「俺は別に孤児って訳じゃねぇからな。親は母親だけだが、実家の関係で金にゃ困ってねえし飯も食ってる。それに荒事もあるから鍛えただけだ」


「実家は何を?」


問われたジェイは人の悪い笑みを浮かべて答えた。


「娼館だよ。つまり俺の母親は娼婦なのさ」


まどろっこしい事が嫌いなジェイは包み隠さずアルトに言ってのけた。そしてこの貴族のお坊ちゃんは俺をどんな目で見るかなとアルトの目を観察する。ジェイの素性を知ると大抵の人間はその目に侮蔑を滲ませ、そうでなくても憐憫の目で見る。その様な目で見られるのがジェイは吐き気がするほど嫌いだった。


そしてアルトの目には・・・


「へ、へぇ・・・そ、そうなんだ・・・」


羞恥。それだけであった。ほぼ全方位に優秀なアルトだが、まだ女性に対しては免疫が無いのだ。友達感覚であれば触れ合う事も平気だが、男女の営みとなればアルトとしてはひたすら恥じ入るしかない。


「・・・あん? もしかしてアルト、お前そんな顔しててまだ経験がねぇのか? 女とヤッた事くらいあんだろ?」


「あ、あ、ある訳無いじゃないか!!! 一度バロー先生が連れて行ってくれるって言ったらその後ユウ先生にボコボコにされてたし・・・」


「勿体ねえ!! お前くらいのツラしてりゃ選り取り見取りだろうがよ!! 一回ウチに来い!! 勿論金を持ってだぞ!!」


「いいい行かないよ!! そ、そういうのはまだ僕には早いから!!!」


そう言ってアルトは走る速度を引き上げた。残念ながら学校内を走らない様にという忠告は今だけは眠って貰った様だ。


「クソっ速ぇ・・・。フン、どうにも純なヤツだな。娼館がどういう商売なのか分かっててただ恥ずかしがるだけかよ。こりゃあやっぱり俺が世話してやんねぇとな!」


ジェイは心のどこかでアルトがただ取り澄ましているのではないかという疑いを持っていたが、今ではそれは消え去り清々しい物を感じていた。偽悪的に振る舞うのも蔑まれる事の多いジェイなりの処世術であったが、それに満点に近い答えを出した者は今までに居なかったのだ。良い答えを出した者には褒美が必要なはずである。


ジェイはアルトが自分の家にやって来たら誰を紹介するべきかを吟味しつつ遠ざかるアルトの背にニヤリと笑い掛けたのだった。


ジェイの実家は本人の言う通り娼館です。幼い頃から世間の裏側を見て来たジェイは近所の子供や孤児達のリーダー的存在でした。命の危機を感じた事も1度や2度では無く、頼れる兄貴分だったのです。


父親が誰かは知りませんが、母親が割り合いまともで豪快な人物だったのでひねくれてはいても悪には染まりませんでした。もう少し成長していたらヘイロンの目に止まったかもしれません。


そして割とお節介です(笑)

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