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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-41 多忙な日々14

最初の授業は歴史についての授業であった。最初こそ浮ついた雰囲気の教室内であったが、渦中のアルトが真剣に授業を受けている事、また高等学校に入る生徒は少なからず向学心がある事などからしばらく経つと教室内は完全な授業モードになった。


内容は個人的な勉強でアルトも知悉していたが、担任は歴史に造詣が深いらしくアルトが知らない様な事柄にも話が及び楽しむ事が出来た。


さて、授業を含めた学校に必要な道具であるが、制服を含めて全て学校からの支給品である。筆記用具としてペンとインク、それを記す為の紙束のみならず履いている靴や下着、そして当然三食の食事や福利厚生として保健室すら完備されている。今まで底辺の生活を味わって来た者達にとっては夢のような環境であろう。


これらは全て王国から資金が提供されている。その費用は莫大な額に上り、学生一人当たりに掛かった費用は金貨3枚ほど、合計で金貨2万枚以上であり、更に工事費用、資材を集めた冒険者への報酬、職人への手当てなどを引くと金貨30万枚に及ぶ巨大な支出であった。更に毎月の教職員への給与や食料品、住環境に伴う出費が毎月金貨1万枚は必要だ。


それらを可能にしたのはなんと言ってもマンドレイク家から没収した財産が非常に巨額だったからである。ディオスは例に漏れず国に申告しない巨万の富を各所に分散して隠し持っており、その額はざっと計算しただけで金貨数百万枚に及び、豪胆なサフィリエをして報告書が誤りでは無いかと何度も見直しをしたくらいである。


自らが王国を手中にした時の為に蓄財した金銭が次世代の為の投資に使われていると知ればディオスは怒り狂ったかもしれないが、死人は文句を言わないのでありがたく使われているのだった。


しかしその財貨を持ってしても学校が金食い虫なのは間違い無い。仮の校舎や寮の建設にすら莫大な予算が掛かったのだ。来年度の本校舎と寮の建設には更に倍以上の予算が見込まれており、生徒数も増大すると考えられていた。学校は単体では金銭を産まず、しかも学費も支度金も全て国が負担している事を考えれば、どれだけの財貨があっても多いという事は無いだろう。


本題の授業に話を戻すが、歴史の授業と言ってもこれまでの歴史とは王侯貴族の歴史に他ならない物である。庶民などはいくら活躍したからといってもそれが記録に詳細に残る事は無く、ごく僅かの貴族にまで上り詰めた者が昔話として残るのが精々であった。それも見出した王族や貴族を褒め称える内容が大きい。


その様な歴史を教える事に意味を感じなかったローランは一般王国史よりも違う視点から歴史を教えられる教師を求めたのだが、ハッキリ言ってほぼ皆無に近い状態であった。そもそも歴史学者などという仕事は王侯貴族の後援者パトロンから金銭を貰ってその人物が如何に優れているかを捏造する詐欺師に近い職業だったのである。数十名の上る自称歴史学者の中でローランの目に止まったのはたったの3人だけであった。


残念ながら初等教育に回す教員は一人しか確保出来ず、残り2名はより実践的な事を学ぶ高等教育に回すしかなかったのだった。


その価値ある一人が1-1担任であるオランジェ・ナルトレイン教諭である。


姓がある事から分かる通り、オランジェはれっきとした貴族の一員である。しかし、伯爵家の次男坊として生まれた彼の興味は女でも金銭でも美食でも無く何故か歴史に向けられた。父親が見栄で買い揃えた書斎の蔵書の数々はオランジェにとってこれ以上無い宝物であった。


一通りの歴史知識を得たオランジェだったが、貴族の視点からしか語られない歴史に違和感を持つ様になるまでそう長い時間はかからなかった。


オランジェはその内自ら書を求める様になり、その中には内容が不適切という事で発禁処分を受けた物まで含まれていたが、王国の法では作成した者は罪に問われるが所持しているだけなら罪に問われないという点を突き、自分の権力の及ぶ限りに書物を集め続けたのだ。


周囲からは変人の類と見なされ、伯爵家でありながら縁談すら舞い込む気配の無い彼を家族は心配したが、本人は至って飄々と人生を渡り歩いていたのである。


その内家族も本人が妙な思想に感化されて染まるでもなく楽しそうに過ごしているのを見せ続けられて嫁捜しを諦めた。一人くらいは食わせてやってもよかろうと本人抜きの家族会議で決まったのはオランジェ自身の人に憎まれない人徳の様な物かもしれない。


「・・・で、初代から続くミーノスは前国王陛下であらせられるルーアン様からルーファウス殿下・・・今では陛下の御代が訪れた訳だね。ルーファウス様は様々な改革を志してらっしゃるし、この学校もその一部であるんだけど、この一事だけで後世において名君と賞されるに値する出来事だと私は思うよ。何せこの先ルーファウス様に落ち度があれば、それはあまねく後世にまで語り継がれる事になるんだ。これは相応の覚悟が無ければ出来る事じゃない。これまでの歴史では都合の悪い真実は闇に葬られて来たんだし、亡くなった王侯貴族は全て聖人君子ばかりだ。そんな訳ないのにね」


生徒達の中には公然と権力者をこき下ろすオランジェを呆気に取られて見る生徒も多数居たが、オランジェの授業は進んでいく。


「そのルーファウス様と、現在新設された王国宰相の地位にあるフェルゼニアス公がこの国の支柱と言っていいだろう。フェルゼニアス公は現在王国にただ一つの公爵家の御当主でもあり、王都と領地を隣接するフェルゼンの御領主でもある。そしてそこに居るアルト君のお父上でもあるね」


オランジェがアルトの名を口にするとアルトに視線が集中し、アルトはそんな皆にニコリと笑って軽く会釈した。


「そしてその2人の案を現実の物とする為に働いてらっしゃるのが王国の財政を司る財務大臣のサフィリエ・ソートン侯爵だ。そちらもこのクラスに子女であるエルメリアさんが居たね。中々豪勢なクラスだと思うよ」


ソートン侯爵の娘という事でアルトが皆の視線を追うと、そこには今朝背負った女生徒が居たのだった。


(あっ、あの子、サフィリエ様の娘さんなんだ・・・)


アルトは相手が誰だか分からないまま背負って来たのだ。何分急いでいたのでゆっくり自己紹介を聞く暇も無かったのだから仕方が無い。


そんなアルトの視線に気付くと、エルメリアは泰然と受け流していた余裕もどこへやら、顔を赤くして視線を逸らしてしまった。


(恥ずかしい思いをさせて嫌われちゃったかな?)


むしろ逆なのだが、素直に見たままを受け取ってしまったアルトはもう少し落ち着いたら改めて謝ろうと心に決めたのだった。


そこまでオランジェが語った所で教室に鐘の音色が響き渡った。


「おっと、それでは20分休憩だ」


オランジェの言葉で教室がざわつき出した。実質的には今日が初めての授業だが、大体皆感覚は掴めただろう。高等学校の授業は4時限制、朝2時限、昼2時限、各授業は100分、朝8時20分に始まり夕方5時に終了する。授業と授業の合間に20分の休憩を挟み、昼は1時間の昼休みが与えられている。8時から8時20分、4時40分から5時までは連絡の時間である(日本風に言えばホームルームの時間)。


100分の授業時間は長く感じられるが、その分は週休2日であるので仕方が無い。休日の2日も在学中に労働で金銭を取得したい者の為に設けられた時間であり、学校に入れない訳では無かった。


幸いにして大きな反発も生む事無く、学校は順調に滑り出したかに思えた。

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