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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-40 多忙な日々13

振り返ったエルメリアはアルトの顔を見るなり固まってしまった。その噂だけはよく耳にしていたが、実際に見ると桁が違う事を思い知らされたのだ。


(こ、この方、本当に男性ですの!? 睫毛も細いし、輪郭も柔らかで・・・無駄な贅肉なんて無いみたい・・・。指も長いし目も綺麗ですわ・・・)


普段は己を律しているエルメリアとて結局の所、今年13歳になるのを待っている思春期真っ盛りの女子である。恐らく世界でも最高峰の同年代の男子を見れば胸がときめく事もあるのだ。


しかし、相手がそんな事を考えているとはまるで思っていないアルトは黙り込んで身動き一つせず見つめてくるエルメリアに首を傾げるしかなかった。


「・・・あの、本当に遅刻しちゃうから・・・」


そうアルトに言われてようやく我に返ったエルメリアは何とか表面上は冷静な風を装いつつ、アルトから『治癒薬ポーション』を受け取った。


「あ、アルト様ご本人に間違いは無い様ですわね。せっかくのご厚意ですから、う、受け取って差し上げますわ!」


「そう? ありがとう」


受け取った『治癒薬』の小瓶に残るアルトの温度を頭の何処かで名残惜しく思いながら、エルメリアはそうと悟られぬ様に一息に『治癒薬』を飲み干した。


「でもどの道遅刻かなぁ・・・しばらくしたら治ると思うけど、すぐには痛みは治まらないし・・・」


「困りましたわ。私もあまり遅刻はしたくありませんのに・・・」


「う~ん・・・そうだ! あなたは何年生ですか?」


アルトの突然の質問にエルメリアは内心の動揺を抑えて答えた。


「私ですか? 私は高等学校1年生の1組ですけど?」


「ああ、良かった! 僕も短い間だけど1年生の1組なんだ」


「そ、そうですの?」


同じクラスという事にエルメリアのときめきは更に加速していった。しかもアルトは王族を抜かせば唯一エルメリアを凌ぐ家格の持ち主である。そんな相手が絶世の美少年で、かつ穏やかな人柄であればときめかない方が難しいだろう。


自らの幸運を噛み締めているエルメリアを余所に、アルトはエルメリアの前まで行くと眼前でくるりと背を向けてしゃがみ込んだ。エルメリアはアルトの意図が掴めずに頭が真っ白になっていたが、普通に考えればその意図は明らかだ。


「もし嫌じゃ無かったら僕の背中に掴まってくれないかな? 君は幸い僕と同じクラスだし、僕が負ぶっていけばまだ間に合うと思うんだ。嫌なら・・・残念だけど、僕と一緒に遅刻しようか? 先生方には僕から理由を話すから――」


「行きます!」


殆ど本能でエルメリアはアルトに皆まで言わせずに即答してしまった。特に「僕と一緒に遅刻しようか?」とアルトが言った時にその言葉に耐え難い魅力を感じてしまったのが大きい。芽生えかけた恋愛感情と貴族の規範、年頃の女子としての矜持など、様々な事がエルメリアの脳裏に渦巻いて飽和状態になっていた。こんな事は12年生きて来て未だかつて経験した事の無い状態であった。


それでも状況は留まる事無く動き続けるのだ。


「うん、じゃあしっかり掴まって。ちょっと本気で走るから」


「し、し、失礼しますわ!」


ガチガチになってエルメリアはアルトの首に恐る恐る手を回した。最早その顔色は桜色どころではなく真っ赤である。後ろに居る為、アルトにその顔色と表情を見られなかった事にエルメリアは心底ホッとしていた。


そのままアルトはエルメリアの膝裏に手を回し、何の負荷も感じていないかの様にスッと立ち上がった。


「じゃあ行くね。途中で喋ると舌を噛むかもしれないから口を開けないでね?」


早鐘の様に打つ心臓の鼓動がアルトに伝わらないだろうかと考えていたエルメリアはアルトの言葉を肯定する様に首を上下させるのが精一杯であった。


それを了解と取ったアルトは一気に足のギアを入れ替え、学校に向かって走り出す。エルメリアという荷物を背負って若干速度は落ちていたが、それでもエルメリアの全力疾走よりもずっと早くアルトは駆け抜けて行った。


(は、速いですわ!? と、殿方というのは皆この様に力強いのでしょうか? まるで私の重さなんて感じてらっしゃらないみたい・・・。それともアルト様が特別ですの? ・・・やだ、私ったら、もしかして・・・)


アルトの声が心地良かった。伝わってくる温度が切なかった。その笑顔を前にすると思考が上手く働かなかった。この短い邂逅の間に、エルメリアは恐らく自分が初恋をしたのだと、そう悟るまでに教室までの距離は長過ぎるくらいであった。




後ろのエルメリアがそんな事を考えているとは露知らず、アルトは愚直に教室を目指している。校内は土足OKなのでそのまま正門を抜け正面玄関を通って素早く案内板を確認、1-1の教室は幸い2階であると突き止め、そこからまた一気に駆け出した。最初に目についた階段を5段飛ばしで駆け上がり、強烈な横Gを殺しながら方向転換して最後の直線を踏破する。その視線の先には1-1の担任教師が今まさに教室に入った所であった。始業10秒前、何とかアルトは間に合わせた。


「済みません、入ります!!」


「え? うわっ!」


引き戸を閉めようとした教師の脇をすぐってアルトはエルメリアを担いだまま教室に滑り込んだ。そのまま沈黙の数秒間が過ぎ、教室に始業の鐘が響く。


「・・・はぁ、間に合った・・・」


「あ、アルト様、下ろして下さいませ。・・・その、皆さんが見てますわ・・・」


「え?」


教室には当然他の生徒が存在する。しかもかなりの数が。具体的には200人ほどが。その全員が凄まじい勢いで教室に貴族の女子を担いで滑り込んだアルトとエルメリアを見ていた。


「・・・・・・・・・あの、おはよう御座います・・・かな?」


痛いほどの沈黙の中、エルメリアを下ろして挨拶しても誰もアルトに返答出来なかった。理解が追いついていない事やアルトが見た事も無いほどの美しい少年だった事も関係していたかもしれない。が、一人だけ義務感を盾にアルトに声を掛けてくる者が居た。


「・・・アルト・フェルゼニアス君だね? 朝から元気なのは結構な事だが、学校内は走らない様に。もし誰かが曲がり角から出てきたりしたら危ないだろう?」


渋面を作ってそう諭してくるのは担任教師であった。先ほどエルメリアとぶつかって遅刻しかけたアルトには全く返す言葉が無く、ただ平謝りする事しか出来なかったのだった。




「さて、一日遅れかつ短い間になるらしいけど、皆に新しい仲間を紹介しておこう。アルト君、自己紹介をしてくれるかな?」


「はい、先生」


既に全員がアルトの顔を完璧に記憶していたが、仕切り直しという事でアルトは教壇に担任と並んで立っていた。担任の言う通り自己紹介の為だ。


「皆さん初めまして。僕の名前はアルト・フェルゼニアスです。趣味は読書で特技は剣術です。・・・と言ってもユウ先生やバロー先生に比べたら全然で特技と言えるのかどうか自信が無いですけど・・・。今回は仮入学という事で皆さんより一日遅れましたし、一緒に居られる時間もそんなに長くないと思いますが仲良くして貰えたら嬉しいです。よろしくお願いします!」


アルトのパーフェクトな笑顔と優等生的な挨拶に女生徒は軒並み顔を溶け崩れさせた。父親や公爵、本人は眉目秀麗にして文武両道、おまけに性格も朗らかであれば女生徒には貴族、庶民を問わずアイドルとなるのは当然の流れであろう。そんなアルトにおんぶして貰っていたエルメリアには羨望の眼差しが注がれている。


逆に男子生徒は全てにおいて自分を上回る相手が面白いはずがない。アルトを見る男子生徒の目は大半が非好意的で舌打ちすら聞こえてくる始末であった。・・・そんな事だから外見だけでなく中身でもアルトに劣る事を自ら証明してしまっているのだが、それを指摘しても素直に直せる年齢では無いだろう。むしろ余計に意固地になるに違いない。


「うん、しっかりした挨拶だね。では早速授業を始めるから席に着きなさい」


「はい、先生」


担任もアルトが貴族特有の癇癪を持っていない事に内心で安堵していた。理事長の息子たるアルトにごねられると担任としても中々処置し難いのだ。良識の許す範囲であれば何をしても構わないとローランから伝言を受け取ってはいたが、それでも実際に対峙するまではヒヤヒヤしたものである。


アルトは教室を見回し自分の席を探した。男子生徒は露骨に「自分の隣は空いてない!」とアピールをして目を逸らし、女生徒はもっと露骨に「自分の隣は空いてるよ!」と目で訴え掛けて来た。その中には控え目であったがエルメリアも含まれている。


しかしアルトはそんな中で誰かを探している様で、女生徒の中にその人物を見つけて近付いていった。


「あの・・・もしかしてラナティさんですか?」


「・・・ふぇ? え、ええっ!? は、は、はい、わ、わた、私がラナティですが何か粗相をしましたでしょうか!?」


気後れするほど世界観が違うアルトにアピール出来ずボーっとしていたラナティが名指しで呼ばれて思わず椅子から落ちかけたが、ギリギリで持ち直して何とか言葉を返した。・・・内容は少々トンチンカンだったが。


「いえ、ユウ先生にお話を伺った事がありまして。凄く妹想いのいいお姉さんだって言ってましたよ?」


「ととととんでもありましぇん! わ、私こそユウ様にはご迷惑をおかけっ放しで非常に申し訳無く思っている所存でありまして・・・!」


「ユウ先生は気にしていませんよ。それより普通に話して下さい。僕達は短い間でも同じクラスの仲間なんですから。よろしくお願いしますね、ラナティさん」


そう言ってアルトはラナティに手を差し出した。その意図はラナティがどう自分を卑下してみても握手を求めている様にしか見えず、先ほどのエルメリア以上に混乱したラナティは咄嗟に自分の隣に居るエクレアに助けを求める視線を送った。が、隣のエクレアはそれをニヤニヤと見守るだけで何ら助けてはくれなかった。あまつさえ、アルトの手を指差してラナティを急かして来る始末である。


最高位の貴族であるフェルゼニアス家の事はラナティですら知っている。いや、ミーノス広しと言えど、フェルゼニアス家の親子を知らない者の方がずっと少ないであろう。そんな最高位の貴族の、しかもこんな綺麗な男の子の手を自分などが握っていいのかとラナティは葛藤したが、いつまでも手を差し出させたままというのも非礼極まるので最終的には全精力を振り絞ってほんのりとアルトの指を握った。


(うわっ、長いけど結構固い! ちゃんと男の子なんだ・・・)


ちらりとアルトの方を見ればアルトもラナティと目が合うと微笑んで見せ、周囲の女生徒も残らず骨抜きにされてしまった。ラナティはこの時点で軽く気絶している。


「はは、ごめんね。この子はあんまり男の子に免疫が無くてね? 私はエクレア、エクレア・ファーロードよ。私とも仲良くしてね?」


「ああ、あなたがジェラルドさんの妹さんですね? こちらこそよろしく」


ついでに便乗してやれとエクレアもアルトに自己紹介しつつ握手を交わす。美少年に触れたいのはエクレアだって同じなのだ。


エクレアとも握手した事で周囲の女生徒も自分も行けるのではないかと思い順番を虎視眈々と狙ったがそこに担任が冷や水を浴びせかけた。


「・・・あー、悪いが親睦を深めたいなら休み時間か放課後にしなさい。これじゃいつまで経っても授業が始められないから。いいね?」


そう言われてようやく教室は落ち着きを取り戻したのだった。若干女生徒の不満は残ったが、それは些細な事だろう。

世界観が違う(笑)


ラナティの立ち位置は冴えない系のヒロインって感じですね。遠くではエルメリアがメラッとなってます。

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