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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-39 多忙な日々12

「よし、これなら間に合いそうだ!」


制服に身を包んだアルトは風の様に街中を駆けていく。走り込みは悠が散々全員に仕込んだ基本中の基本であるし、その中でもアルトは成長著しい優良児である。体が苦痛を感じると『勇気ヴァロー』も効果を発揮して更に速度を上げていけるのだ。


時速で表示すれば40キロに迫る速度で駆け続ければ学校が見えてくるのはすぐであった。後はこの目の前の十字路を駆け抜けるだけだ。


「よ、良かった、間に合っ・・・あっ!?」


「キャッ!?」


そこで気を抜いてしまったアルトは曲がり角から現れた人影に軽く接触してしまった。咄嗟に身をかわしたのでショックは少なかったはずだが、あちらも急いでいたせいかバランスを崩して転んでしまったようだ。


「す、済みません! お怪我はありませんか!?」


どうやらそれは同じく学校に急いでいた女生徒の様だった。立ち振る舞いから察するに貴族であろうその少女は微かに顔を顰めて足首を抑えていた。


「・・・何ともありませんわ、私も前方不注意でした。では失礼・・・っ!」


そのままアルトの方を見もせずにスカートの埃を払って立ち去りかけた少女だったが、歩き出した瞬間に足首に走った痛みに足を止めてしまった。


「このままでは遅刻ですわ・・・お父様が朝からつまらない事でお呼びになるから・・・」


独り言を呟き、それでも進もうとする少女をアルトは慌てて止めた。


「あっ、駄目だよ!! えーと・・・確か・・・」


アルトは筆記用具などが入った鞄を引っ掻き回し、万一の備えで持たされていた『治癒薬ポーション』を取り出して少女に差し出した。


「これを飲んで。すぐに良くなるから・・・」


「結構ですわ。誰とも分からない方から施しを受ける謂われはありませんから」


それでも少女は頑なに拒み振り向きもしなかったが、足は相当痛む様でその歩みは遅々として進まなかった。


「待って! 僕は怪しい人間じゃないよ! 僕は・・・」


アルトは一瞬、身分を明かすかどうか戸惑ったが、相手を安心させる為ならば仕方無いと割り切って言葉を続けた。


「・・・僕はアルト・フェルゼニアス。この国で宰相を務めているローラン・フェルゼニアスの息子なんだ。だから君に変な事はしないよ?」


「えっ!?」


そこで初めて少女はアルトに振り返った。その少女はローランと共に改革に努める同士、サフィリエ・ソートン侯爵の子女、エルメリア・ソートンであった。




何故寮に入ったエルメリアがこの場に居るのかと言えば、少し時間を遡る必要があった。


「・・・エルメリア、何故急にお前を呼び出したのか分かっているな?」


娘のエルメリアを前にサフィリエは渋面を作っていた。昨晩の騒ぎは既にサフィリエの耳にも入っており、その際にエルメリアがどの様に振舞ったかも詳細に把握していたのだ。


「・・・」


対してエルメリアは特に気圧された風もなく自然にサフィリエの前に立っていた。その顔には疚しさは感じ取る事は出来ない。


「どうした? 釈明があるのなら自分の口から言いなさい」


先に痺れを切らせたのはサフィリエの方であった。正直、子育てに関してはあまり手を出していないサフィリエは仕事ならいくらでも出る叱責の言葉がエルメリアを前にすれば鈍りがちで、その辺の父親と大差は無い。精神的に不利なのはむしろサフィリエの方なのだ。


「釈明する様な事は何も御座いませんわ、お父様。私は貴族として当然の様に振舞っただけです。それについて何を叱責なさると仰るのです?」


「学校の理念はお前にも散々言い聞かせたはずだぞ! むしろ率先して庶民との融和に努めるのがお前の役割だと何度言わせる気だ!」


テーブルを叩いて一喝されてもエルメリアは整然と言い返した。


「貴族と庶民の融和・・・そんな物が必要だとは私は思いません。結局どこまで行っても貴族は貴族、庶民は庶民ですわ。仮に友誼を結ぶにしても我々貴族が庶民に合わせる謂われは無いはずです。それに卒業してしまえばまた貴族と庶民に別れるのですし、それならば学生の内にありのままの貴族を知っておくべきですわ。学生の内だけ自分を偽る様な真似、私は好きません」


エルメリアは貴族はいかなる時でも貴族たるべしという確固たる思いを抱いていた。別に庶民を嫌悪する訳では無いが、両者には厳然とした身分差があるのも事実なのだ。上に立つ者として努力を欠かした事も無く、後ろ暗いものも無いエルメリアにとって、意味なく他者にへつらうのは耐え難い事であった。


「別に自分自身を偽れとは言っておらん! ただ、もう少し建て前を持つのも貴族の処世術であろう! そんな旧弊の貴族を体現している様ではお前に付いて来る者は同じ性質の者だけだぞ!」


「貴族は貴族らしくあるべきと仰ったのはお父様ですわ。それこそお父様は周りの下種な貴族にどれだけ蔑まれても己を貫いて財務大臣にまで上り詰め、侯爵位を戴いたのではありませんか! それが間違っていたと今更私に仰るのですか!?」


「む・・・」


エルメリアの反論にサフィリエは口を噤んだ。サフィリエ自身反骨精神を多分に併せ持ち、マンドレイク家の圧力にも屈さなかった人物である。ただ、サフィリエ自身ならばその生き方に省みる所は無くても、娘がその事で苦労するのは忍びないと思う程度には彼は子煩悩であった。


「・・・お話しが終わったのなら私は失礼させて頂きますわ。そろそろ学校の始業時間ですから」


言うだけ言って、エルメリアは踵を返した。サフィリエはその背に口を開き駆けたが、言うべき言葉が見い出せず機会を逸している内にエルメリアはサッサと部屋を後にしてしまい、一人部屋に残されたサフィリエは忌々しそうに髪を掻き乱して独白した。


「情けない・・・宮中では鬼だのなんだのと言われても、所詮家では年頃の娘に振り回されるただの父親か・・・。職場の者達が見ればさぞ滑稽だろうな・・・」


しかし学校の中でも特に爵位の高い貴族の子女であるエルメリアをあのままにしてはおけないのも確かである。エルメリアに言うのは憚られたが、あまりに学校での態度に問題があればそれはサフィリエの責任と見なされるのだ。それについて叱責される事は覚悟しているが、このままではエルメリアの将来にも影を落とすかもしれない。


「・・・ここは恥を忍んでフェルゼニアス公のお力を貸して頂くしかないか・・・重ねて情けないな、年下でも公の方が余程良き父親をしておられるとは・・・」


自分の考えに落ち込むサフィリエだったが、ローランが既に手を打っているとまでは流石に気付く事は無かったのだった。

ただ叱って治るものでも無い問題に頭の痛いサフィリエなのでした。


そして恋愛物の王道パターンでしたが、下手に走ってるアルトに直撃すると重傷になりかねなくて匙加減が大変でした。

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