7α-38 多忙な日々11
「・・・という訳なんだ。お前の力を貸してくれるかい、アルト?」
翌朝、早速アルトは完成したばかりの新しいフェルゼニアス邸で昨夜議論した内容を聞かされていた。
「僕に出来る事でしたら喜んで! ・・・でも、僕は何をしたらいいんでしょうか?」
「うん、少しの間学校で生活して欲しいんだ。と言っても精々1週間、長くても10日ほどでいいさ。その間、アルトは積極的に周囲と交流して欲しい。ただし、なるべく庶民の人とね」
「庶民の人と? ・・・ああ、分かりました。僕は貴族と庶民の橋渡しをすればいいんですね?」
「流石我が息子、理解が早くて助かるよ」
多少の情報を入手すればアルトなら解答に辿り着くのは容易であった。
「しかし当然ながらそこではお前はただのアルトであって、公爵家の看板は使ってはいけないよ。今回アルトには高等学校の1年生として仮入学して貰うけど、高等学校には大人の生徒も当然居るし、アルトに取り入ろうとする者も居るかもしれない。いや、きっと居るだろう。金銭や暴力、果ては色仕掛けまでしてお前を篭絡しようとするかもしれないけど、毅然として振舞うんだ。そして目に余る者は教師に報告する様に。証拠などは気にしなくていいよ。メロウズの所から腕利きを借りて見張らせておくから」
「責任重大ですね・・・」
神妙に頷くアルトにローランは笑って言った。
「と、言うのは大人の事情であって、アルト、お前は学校生活を楽しみなさい。剣に魔法に勉強にと頑張っている事は知っているけど、年相応に友人を作ったり笑える悪戯をするのもいい経験だよ。・・・ふむ、なんなら女の子の友達でも作ってはどうだい? アルトなら引く手数多だと思うなぁ」
「・・・父様、からかってますね?」
ブスッとむくれるアルトであったが、確かにどんな表情をしていてもアルトの別の角度の魅力が掘り起こされるばかりで、同年代のみならず入学即アイドルとなるのは間違いないだろう。しかも文武両道で性格的にも隙が無い。さぞ女性陣には騒がれ、男性陣には妬まれるだろうなとローランは自分が通って来た道を懐かしく思い出した。
「ゴメンゴメン、でもさっき言った事を踏まえれば、アルトは好きに動いて構わないよ。この事だけで全てが上手く行くなんて私も考えていないさ。今後の為の参考にもなると思うし、どういう風に一日を過ごしたかという日記形式でいいから後で報告しておくれ」
「分かりました、ではいつからですか?」
「今日」
「え?」
「だから今日から」
「ええっ!?」
どういう風に周囲に溶け込もうかと考えていたアルトはその急な展開に驚いて2回尋ねてしまった。
「今日って・・・が、学校の始業は何時からなんですか!?」
「8時だよ。今が・・・7時30分だね。まぁ、まだ30分あるし・・・ハハハ」
「何笑ってるんですか父様!! せ、制服は、制服は何処です!? それに他に持っていく物は!?」
ローランの肩を掴んで前後に振りながらアルトは普段の様子からは考えられない剣幕で問い質した。
「それがさぁ、制服は人数分を揃えるので精一杯だったからアルトの体に合う制服が無かったんだよね。だから今ケイに頼んで縫って貰ってるんだ。急いでもどうしようもないから落ち着きなさい。筆記用具とかはここに用意してあるよ」
「あと30分しか無いんですよ!? どうせならせめて略式の正装で・・・」
「ダーメ。いいかい、アルト。制服を着る事には意味があるんだ。服装というのはその人間の分かりやすい目印なんだから。同じ制服を身に纏ってこそ連帯感も培われるというものだよ。それが一人正装なんかで行ってしまったら、いかにも権力を濫用していそうな馬鹿貴族の息子と思われてしまうじゃないか。だから大人しく待ってなさい」
そう言われるとアルトに反論の言葉は無かった。渋々腰を下ろしたアルトはせわしなく時計とドアとを見比べ、時には立ち上がって外を気にしながら必死に焦燥を押し殺して待ち続けた。
それから10分。
「あっ、ユウ先生!?」
「アルト、窓を開けて離れろ!」
土煙を上げて屋敷に向かって走ってくる悠の姿を見つけたアルトに悠は大声で指示した。流石にアルトも手馴れたもので、即座に悠の指示を実行に移す。
「はい!」
「済まん、緊急ゆえ邪魔するぞ」
そう言って手刀を切り、悠は驚いた門番の頭上を飛び越えて塀に足を掛け、そのままアルト達が居る部屋の方へと大ジャンプを敢行した。
「「おおっ!!」」
その獣の如き身のこなしに門番達は職務も忘れて感嘆の声を漏らした。しかし塀から屋敷までの距離は30メートルはあり、しかも高い場所にある部屋に到達する事は厳しい。そこで悠は上昇が最高点に達する前にマントの裾を両手で掴んで持ち上げ、鳥の如く羽ばたいた。
バッという大きな音が鳴り、悠の体を更に上へと飛び上がらせる。そうして高さと距離を稼いだ悠はギリギリの所で窓の淵を掴んだ。
「お見事!!」
思わずローランは今のアクロバットに拍手を打って褒め称えた。
「話は後だ、アルト、これが制服だ」
片手で体を引き上げた悠は部屋に入るなり鞄からアルトの制服を取り出した。
「ありがとう御座います、ユウ先生!!」
「その制服には幾つか仕込みがしてある。詳しい事はメモを付けておいたから後で読むといい。行け!」
「教室を間違え無い様にね!!」
「はい!! 行って来ます!!」
制服を受け取ったアルトは筆記用具などが詰まった鞄を持ち、すぐに部屋を後にした。
「最悪、遅刻しても事情が事情だけにそう怒らないんだけどなぁ・・・」
「子供達には散々時間励行と言って来たからな。特にアルトは几帳面で真面目ゆえ、俺が言いつけた時間に遅れた事が無い。間に合うのなら間に合わせたいだろうと思ったからこそ、俺も急いで持って来たのだ。もっとも、一番働いてくれたのは恵だがな」
恵は昨晩悠に制服を頼まれ、そこから朝までに一着仕上げたのだった。その際、特注品ゆえの細工も施したのだ。恵はこれまでの疲労から今はぐっすり眠っており、朝食も今日は皆で手分けして作ったのだった。
「・・・実はね、ケイに関しては色々な所から縁談が舞い込んで来ているんだよ。制服を作る作業に貴族の家に勤めている者も何人か混じっててさ、それがどうやらその主人に伝わったらしい。恵は私の子供でも、ましてや親戚ですら無いんだけど・・・」
「悪いが全て断ってくれ。恵は自分の世界に帰る決意を持っているからな」
「それは勿論さ。でもあまりケイを大っぴらにしない方がいいかもしれないよ。あの才能は有能過ぎる。同じ家事を持っている者でも普通あそこまで多才じゃない。ユウ、君が冒険者としてその強さで一目置かれている様に、一般生活的にはケイがユウの立場に居るといっても過言じゃない。生半可な相手じゃケイをどうにかは出来ないだろうけど、悪くて強い奴っていうのはちゃんと居るものだ。気を付けてあげておくれ」
ローランの言葉に理があると認め、悠も首を縦に振った。
「うむ。実はギルド本部でも恵は引く手数多でな・・・今後は気を付けよう。恵がやりたいというのなら止めんが、俺からは控える様にする」
「と言っても『戦塵』の一員かつミーノス、ギルド本部と活躍しているからもう情報は出回ってるかもね。大人気だ」
「それは恵の人徳でもあるな。妹の明にも言える事だが、あの姉妹には角が無い。それはアルトも同じだがな」
「そこは父親に似ず嬉しく思うよ。・・・さて、ウチの息子はどんな体験をしてくるのかな? 今から楽しみだ」
少し人の悪い笑みを浮かべて、ローランは学校のある方向を見やり呟いたのだった。
ギリギリ帰って来れて良かった!




