7α-33 多忙な日々6
さて、遂に待ちに待った開校式である。
会場は新設されたばかりの鍛練場が当てられる事になり、その内部では来賓席や後方に座った者にも見える様に幾つもの『遠隔視聴』が設置された。初等学校、高等学校の生徒は来賓が中に入るまで外で待機しており、その賑わいはちょっとしたお祭り騒ぎに近いものだ。
ちなみに鍛練場は一辺が100メートルほどの正方形であり、みっちり人間を詰め込むなら2万人は収容出来るサイズである。本校舎は200×50メートルほどの長方形をしており、教室の広さは一教室当たり25メートル四方で、後ろに行くほど高くなる段差構造になっている。
一足先に寮生活が始まっていた事もあり、既に気心の知れた者達はそれぞれグループになって談笑に興じていた。かと思えば誰も知り合いが居なくて所在なさげにウロウロしている者が居たり、肩が当たった当たらないで喧嘩を始める者も居たりと非常にまとまりが無かった。教師陣もあちらこちらで起こるトラブルの沈静化に必死である。
そんな中、ラナティは幼い妹と身を寄せ合って喧噪を遠巻きに見ていた。今年13になるラナティは実家が元騎士爵であり、それなりの教育を受けていたので初等学校では無く高等学校に入学していた。悠と話す前は少しでも長く学校に留まって衣食住を確保する為に初等学校に入るつもりだったのだが、今は早く高等教育を受け、仕事に就いて妹を養っていこうという目標が出来たのだった。
「イスト、危ないからはぐれちゃダメよ?」
「うん・・・」
妹のイストはラナティの服をしっかり掴んで不安げに答えた。ミーノスの街で育ったイストだが、これだけ多くの同年代の子供に囲まれた事は初めてであり、更にこの後姉と離れ離れになる事に不安を感じているのだ。現代でも初めて幼稚園や保育所に行く子供が泣き喚いたりする心理に近い物だろう。
「おい、ルーファウス王が来たぞ!!」
「スゲェ!! 王様が直々に来るのかよ!?」
「フェルゼニアス宰相も一緒だぜ!! もっと前で見ないと!!」
誰かが上げた声で人の波が一斉に動き出した。それは不運な事にラナティ達の後方からの様で、瞬く間に2人は人の波に飲まれてしまう。
「あっ、イスト!!!」
「おねえちゃーん!!!」
その人込みに引き剥がされる様にイストが人波に流されて行く。ラナティが咄嗟に伸ばした手も他の人間に遮られてイストとの距離が益々離れて行く。この人間の数では一度逸れたらそう簡単には合流出来ないであろう。ましてや皆同じ様な制服を身に纏っているのだから。それを思うとラナティの顔から血の気が引いていった。
流されながらも後方に手を伸ばすイストだったが、不意に人込みがバラけて空間が出来たせいでバランスを崩し地面に倒れそうになる。やって来る痛みを思ってギュッと目を瞑るイストだったが、やって来たのは痛みでは無く浮遊感であった。
「はわっ!?」
「大丈夫か、君。誰か知り合いと逸れたのか?」
「え、う、うん・・・」
「ユウ殿、この人数から探すのは骨が折れますよ?」
「ならば手っ取り早く行こう」
転び掛けたイストを助けたのはローラン達と共に会場にやって来た悠であった。悠は一人納得すると、イストをまるで人形であるかの様に軽々と肩に担ぐ。
「あわわっ!」
「君の探し人は見えるか?」
つまり高くて目立つ場所で探そうという事なのだろうが、イストは周囲の視線が全て自分の方に集中するのを見て顔を真っ赤にして悠の頭に抱き付いた。
だがそのイストの姿は幸いにも姉であるラナティの目に止まり、ラナティは必至に人込みを掻き分けて悠の下へ辿り着いた。
「その子は私の妹です!!! ・・・・・・え? も、もしかしてユウ様ですか!?」
「君は・・・確かラナティと言ったな? するとこの子が君の言っていた幼い妹という事か」
悠は担いでいたイストの両脇に手を伸ばし、そっとラナティの前に差し出した。そんなイストを抱き寄せながら、ラナティは様々な感情を抱えて震えていた。
「ご、ご無礼を働き申し訳御座いません!!!」
「いや、今のは事故であって2人に責任は無い。謝る必要などないぞ」
「そうですよ。むしろ野次馬根性で動き回る者の方が問題です。気にしないでいいですよ」
頭を下げるラナティだったが、悠もハリハリも迷惑と思わずに軽く返し、それを社交辞令では無いと感じたラナティはホッと頭を上げた。
「ありがとう御座います。イスト、この方が前にご飯をくれた冒険者のユウ様よ? ちゃんとご挨拶しなさい」
「・・・」
しかしイストはラナティの胸に真っ赤になった顔を埋めたまま放さなかった。
「イスト!」
「いや、急に担いでしまって怖がらせてしまったかもしれん。俺はどうも配慮に欠ける部分があってな。済まなかった」
「いえ! お陰でイストを見つける事が出来ましたから。ユウ様も今日は来賓としていらっしゃったのですか?」
「ああ、こちらのハリハリと共にな。柄では無いが、一言喋る事になりそうだ。無様でも笑わないでおいてくれると助かる」
「まあ!」
そう言ってようやく緊張が解れたラナティが口を押さえて年相応の笑顔で笑った。周囲の者達も悠の正体を知って遠巻きに見ていたが、それと同時に悠と談笑出来るラナティが何者なのかと困惑していたのだった。
「そうだ、遅れてしまったが、入学おめでとう。これからの生活が実り多い日々になる事を願っている」
そう言って悠がラナティに手を伸ばすと、それが握手を求めての事と悟ったラナティが再び緊張しながらもその手を取った。
「は、はい! 私の出来る限りの力で頑張ります!」
「学ぶ事は勿論重要だが、友人を作ったり遊びに行ったりというのも学校生活の潤いだ。よく学び、そしてよく遊んで楽しんでくれ」
握手をした悠の手は予想通り固く、そして少しひんやりと冷たかった。だがラナティはその手から別の意味で温かさが伝わって来るような気がしていた。
ラナティの体の力が抜けたのが分かったのか、イストもそっと悠を振り返った。
「・・・あ、ありがとう・・・」
顔を赤くしたまま、何とかそれだけを言ってイストも悠にてを差し出す。握手という事だろう。悠はラナティから手を放して今度はイストの小さな手を取った。
イストは巌の様な手を一生懸命に握る事で悠に自分の感謝を伝え、悠もそれを受け取って小さく頷く。
「ではそろそろ参りましょうか」
「そうだな。ラナティ、イスト、またな」
「はい、お世話になりました!」
「なりました」
ラナティはハッキリと、イストははにかみながら悠に答え、悠達は会場へと向かっていったのだった。
その場に残されたイストがラナティの手を握って呟いた。
「・・・おとうさんみたい・・・」
イストはただ照れていたのではなく、悠に父親の影を感じていたのだ。肩に乗せられた時、存命だった父親に肩車して貰った事を思い出してイストは懐かしさで感極まっていたのである。
「そうね。大きくて、そして優しくて・・・。イスト、せっかくユウ様や王様達が学校を用意して下さったんだから、楽しく過ごしましょうね?」
「うん、わたしがんばる。いっぱいおべんきょうして、いっぱいおともだちも作るの。ユウさまにも見てもらうの」
「ええ、私も頑張るわ。そして私もこの 国で少しでも力になりたい。そう思える様になれて本当に良かった・・・」
去り行く悠の背を潤んだ瞳で見つめながら2人はもう一度その背に頭を下げ、想いを新たにしたのだった。
久々のラナティと初登場の妹ちゃんのイスト。割といいとこの子なので礼儀正しい子達です。




