7α-29 多忙な日々2
「ご苦労だった、正体を現せねぇんじゃ流石のユウもキツイかと思ったが杞憂だったな。ミロやサイコも生身で倒したお前さんに賭けた甲斐があったぜ」
「他の試験は特にどうという事は無かったが、ヒストリアに勝つという条件はたとえⅧ(エイス)のパーティーであろうとも容易ではなかっただろうな。俺も遮蔽物の無い平原で戦えばもう少し手間取ったかもしれん」
「・・・いえ、ユウ殿、聞いた話ですが、三階層より上の階層に挑戦したパーティーは居ません。ですから、他の階層の攻略も決して楽ではなかったはずですよ。・・・と、1時間も掛からずにヒストリア殿の所まで辿り着いたユウ殿に言っても詮無い事ですが」
ハリハリの苦笑にコロッサスも追従した。
「Ⅸ(ナインス)試験は俺達『六眼』の身体能力を基礎に作ってあるからな。特に一階層は一番時間を使う様に設定したが、ユウの身体能力とレイラの探査能力があれば意味が無いのも当然だ。最初の階で時間を食って、後の階の攻略が疎かになるっていう算段だったのに・・・。オルネッタが珍しく興奮してたぜ? 罠という罠を蹴散らして進むユウは何かの冗談なんじゃないかってな」
「罠の反応速度が遅過ぎる。数よりも質を高めた方がいい。それに、連動性のある罠が殆ど無かったのも問題点だ。落とし穴の左右の壁に棘が生えるだとか、矢が飛んで来る最中に天井が落ちるだとかして来れば俺もそれなりに対処に手間取ったはずだ」
「・・・いや、Ⅸ試験はあくまで試験だからな? 挑戦して来た冒険者を確実にブッ殺す為のモンじゃないからな?」
悠の指摘する点を改良した塔を作れば生存率0%の要塞が出来上がるだろう。これまで成功率0%ではあったが、挑戦者はほぼ皆生きて帰っているのだ。冒険者を本気で殺す罠を作るのがギルドの目的ではない。
「実際の迷宮はそんな事は考慮してはくれん。殺されたからと言って誰かに文句を言う事も出来んぞ?」
「と言ってもユウ殿でもない限りは今の試練の塔は攻略するのは厳しいですよ。ワタクシとバロー殿、シュルツ殿で挑めば何とか攻略出来るとは思いますけどね」
「次回からのⅨ試験はもう少し緩くなる予定だから、次はお前らがユウ抜きで出ろよ。バローの分の推薦状はもう出してあるが、ハリハリとシュルツについてもミーノスから推薦状を出してやる。来月の頭までは新しいⅨ試験の考案で受ける事は出来んが・・・」
「ありがとう御座います。・・・ユウ殿だけがⅨになってると、多分バロー殿がむくれちゃいますから」
ハリハリの冗談にコロッサスが笑った。
「ハハッ、違いない! 当のバローが帰って来るまでまだ20日ほどあるんなら、ユウに頼みたい事も幾つかあるんだよ。当代きっての冒険者のお前にⅨ試験の考案に加わって欲しいってのが一つと、この5日、喪に服していたせいで学校の学舎の建設に遅れが出ててな、力自慢のお前さんに手伝いを頼みたいってローランから要請が来てるんだ。正直、Ⅸにまでなったお前に頼む仕事じゃないんだが、人助けと思って手伝ってくれないか?」
「構わんぞ。学校に関しては俺が言い出した事だ。それに、力自慢についても心当たりがある。ウチには多彩な人材が居るから力になれるだろう」
「そうか、受けてくれて助かる。この際、出来上がる物がどんな物になるかも見ておいてくれ。今年の学舎に関しては仮校舎でしか無いが、来年以降の学舎の建設にも応用出来る事もあると思う」
コロッサスは懸案の一つが片付いてホッとした様だ。土木工事の手伝いなどおよそⅨが受ける仕事ではないし、悠に断られたら工期に間に合わせるには相当な人員を新たに動員しなければならなかった。ただでさえ人手不足のミーノスでこれ以上冒険者が他の事に手を取られる事は死活問題に発展しかねないのだ。『戦塵』にはどちらにしても働いて貰わねばならない。
「建設に向いた能力となると・・・ユウ殿の他にはトモキ殿、ハジメ殿、ヒストリア殿が適任かと。トモキ殿の膂力はパーティーの中でも随一ですし、ハジメ殿の魔法なら石材の加工も穴を掘るのも自由自在です。ついでにヒストリア殿が廃材の処理を担当すれば、4人で100人分以上は働けるはずですよ。残りのメンバーは自由参加にして、依頼の消化に努めるのもいいですね」
「ならば依頼の方はハリハリ達に頼む。出来るだけいいものを学生には用意しておきたいからな」
「それと、ついでだがギルド本部の方でも調査に進展があったぞ。ホーロとザマランは秘匿していた非人道的な研究と横領、横流しが判明して罷免の上投獄された。それとティーワなんだが・・・」
そこでコロッサスはチラリとヒストリアの方を見た。
「・・・ヒストリア、ここからはちょっとお前さんには聞いても楽しくない内容が含まれてるが、聞きたくないなら聞かなくても構わないぞ?」
「もうひーは自分に関わる事に耳を塞ごうとは思わない。構わないから言っていい」
「そうか・・・。で、今回の妨害の首謀者とも言えるティーワだが、これまでにもヒストリアを狙う者達を表に裏に葬り去って来たらしい。ホーロやザマランとも協力関係にあって、これまでに行って来た所業の数々を詳細に記録して残していたんだ。暗殺、毒殺、謀略、脅迫・・・どれも一つ明るみに出るだけでとんでもない醜聞だが、何故ティーワがそれを残し、尚且つ最後にオルネッタに託したのか・・・」
腕を組むコロッサスには理解出来ない事なのだろうが、オルネッタから話を聞いていた悠達にはそれが何故なのか分かる様な気がした。
「・・・ティーワ殿は待っていたのでしょう、ヒストリア殿を籠から解き放つ者を。そして、解放されたヒストリア殿の障害になり得る者達が手を出せない様に記録を作成したに違いありません。そこに自分が加わっていても、彼にとっては何の問題にもならなかった。むしろ喜びを持って道連れになったはず。・・・恐らくは彼の信じる愛の為に」
「・・・理解に苦しむぜ。そこまでしてティーワは何を得る? いや、損得で考える事自体が意味が無いのか・・・。俺やオルネッタはティーワの信頼を得るには力が足りなかったんだろうな・・・」
「・・・てぃーはひーには優しかった。それがひーにはごく単純に嬉しかった・・・。でも、その優しさが他の者に向けられる事が無かったのは残念な事だ・・・」
在りし日のティーワを思い出してヒストリアは深い後悔を抱いた。ティーワのヒストリアへの献身はどこまでも本物であった。だがそれが他の者へ向ける分全てを注いだからだという事実は、事実であるからこそヒストリアを苦しめた。
「ティーワのやり方は間違っていた。だがヒストリア、お前だけはティーワを忘れないでやってくれればいい。ティーワもそれ以外は望んでなどおらんだろう。奴は自分の道を生きた。そこに後悔は無かったはずだ」
「・・・うん・・・」
ヒストリアが一応納得したのを見て、コロッサスは話を続けた。
「ティーワの残した記録でギルド職員の中にも非合法な手段に手を染めた奴らは軒並み捕まったとよ。お陰であっちも深刻な人手不足だ。ミーノスのギルドもギリギリで回してるのが現状で、とても本部に応援は送れない。学校の話にはオルネッタも飛びついたよ。是非あちらでも採用人員の枠を設けたいそうだ。受付期間中に大急ぎで告知して入学させたい者も多数居るらしい。将来の展望が無くて職にあぶれている人間ってのはどこにでも居るもんだ」
「必要とされて職に就くのが健全な社会というものだ。食う為に裏社会に身を落とさざる得なかった者達の受け皿になってくれれば治安や良識の向上も期待出来る。また、無理に冒険者になって命を落とす者も減るだろう。人には適材適所というものがあろうよ」
「・・・人間ってヤツは、どうやったら幸せに生きていけるんだろうな? ユウ、お前達の世界には答えはあるのか?」
不意に真面目な顔になったコロッサスの顔を正面から見つめ、悠は首を振った。
「俺の居た世界はそれこそ不幸な者が大半を占めていた世界だ。・・・人間が何故生きているのかという哲学的命題はいつの世でも答えが出ないが、持論で言わせて貰えば人間は究極の所、自分が幸せになる為に生きたいと願っている。そしてそれは死という絶対的な概念によって覆される。生きている間に満ち足りていればいるほど、死は耐え難い苦痛になる。それを踏まえると、生に救いを求めても人は幸せにはなれん。むしろ死によって完成される人生を歩まねばならんが、残念ながら人は中々その境地まで達する事は無い。誰かの為、何かの為、成して来た全てに感謝して死んで行ける人間は多くない。だから人は小さな幸せしか実感出来ない。そして死によって完成される人生を歩んでもそれを実感して人に伝える事は出来ない。詰まる所、人は幸せをごく狭い、刹那の時しか得る事は出来ないのだろう。結局幸せとは個人に帰属する物で、大多数が納得する答えなどありはしない。ティーワが不幸か? ヒストリアが不幸か? それは彼ら自身が答えを出すべきであって、他の人間が論じても意味は無い。それに対して人や国が出来る事は、不幸になる要因である貧困や飢餓、他者との不和を緩和する手段を設ける事だけだ。全ての人間を幸せに、などと吹聴する人間は詐欺師以外に存在しない」
「・・・驚きました、ユウ殿がそんなに死生観に通じているとは。短い生を生きる人間は刹那的にしか生きられないのかと思っていましたよ」
いつになく雄弁な悠にハリハリが少し目を見張って答えた。
「通じているのではないな。こんな事は一般論の内だ。それにただの持論であって唯一解でも無い。金、力、権能、美食、健康、恋愛と、幸せの条件を並べれば見えて来る物もある。それに死への覚悟を持てばある程度満足な人生が送れるだろう。最後の条件を満たせる者は稀だがな」
「まるで、人間は死ぬ為に生きてるみたいな言い草だな。理屈としては理解出来るが・・・」
コロッサスは悠の言葉に頷き難い物を感じているようであった。
「言葉で全てを表す事は出来ん。客観的幸福と主観的幸福は別だ。相対的な幸福はあっても、絶対的な幸福など存在しない。それが成せる者は人では無い」
「・・・ゆーの言っている事はひーにはよく分からん・・・」
「恥ずかしながら、拙者も・・・」
ヒストリアとシュルツには悠の言葉が難し過ぎたようだ。
「つまり、自分の幸せは自分で探しなさいという事ですよ。誰かに与えて貰うのを待っていても、それが自分にとって幸せかどうかはその人にしか分からないのですから」
「ガラにも無い事を聞いて悪かったな、ユウ。俺もたまにはこんな事で悩む事もあるって事で許してくれ」
自嘲気味に言ってコロッサスは苦笑した。人の上に立つ立場のコロッサスは悠と同じく色々な物を見て来たからこその悩みなのだろう。
「いや、生きていれば誰しも一度は考える事だ。特に人を主導する立場の者はな。その疑問を大切にしてくれ、コロッサス」
「ああ、この国の改革は始まったばかりだ。俺も微力を尽くすよ」
最後に悠と握手を交わしてコロッサスは話を締め括った。




