7α-26 禁忌の子ら
クォーラルの街を後にした悠達の姿は街道から外れた平地にあった。周囲を林に 囲まれたこの場にやって来た理由をヒストリアだけが理解していなかったが、事前に悠から説明をする為と聞いていたのでその顔に不満はない。
そもそもヒストリアは悠の下に自分より上の禁忌指定を受けている者が居る事を匂わせられて居るのだから、人目を憚るのも当然と受け取っていた。
「ゆー、ここにこの前言っていた者が居るのか?」
どこにも注目すべき物が見当たらないヒストリアが悠に尋ねた。
「居るとも言えるし居ないとも言えるな」
「なんだ、謎掛けか?」
悠の言っている意味が分からず今度は不満を漏らすヒストリアだったが、悠はすぐに答えを提示する事にした。
「こういう事だ。レイラ、『虚数拠点』展開」
《了解、『虚数拠点』展開》
悠のペンダントが光り平地に大きな屋敷が現れるのを見てヒストリアは呆気に取られ、悠の服を掴んで激しく揺さぶった。
「ゆ、ゆー!! これはゆーの能力か!? それに今の声は何だ!?」
「今からそれを説明するからまずは中に入れ。ここで逐次説明しても始まらん」
「久々の我が家ですね。アオイ殿に頼んで姿を隠して一休みしましょう」
「むぅ・・・分かった、早く行こう、ゆー!」
ヒストリアに手を引かれ、悠達は数日ぶりに『虚数拠点』へ戻ったのだった。
「・・・という事だ。理解出来たか、ヒストリア?」
「・・・出来るはず無い。異世界や『異邦人』までは分かるが、神などと言われてすぐ信じる方が変だ。たとえゆーが嘘をつかないと分かっていても」
《と言っても信じて貰わないと始まらないのよねぇ・・・》
「れーらやすひーだってそうだ。そんな姿でドラゴンだと言われても説得力が無い」
《ドラゴンじゃ無いわ、竜よ》
《・・・すひーとは我の事か・・・》
ドラゴン呼ばわりに憤るレイラと妙な呼称に脱力するスフィーロだったが、悠は手っ取り早く証拠を見せる事にして、数人の名前を挙げた。
「・・・ハリハリ、ギルザード、サイサリス、一緒に表に出てくれ。それとシャロンもな」
「それが一番早そうですね。参りましょう」
悠の挙げたメンバーから意図を察したハリハリが席を立ち、名前を告げたメンバーとヒストリアがそれに続いて行く。そして外に出た悠は順に正体を明かして行く事にした。
「まずは・・・サイサリス」
「ああ、『変化』を解くぞ」
サイサリスが念じるとその体が光り、人型の輪郭が崩れていく。それは前後に伸長し、たちまちドラゴンとしての本来の姿を取り戻した。
「うあっ!?」
「驚くのはまだだ、ハリハリ、ギルザード」
「はいはい」
「心得た」
至近距離にドラゴンが現れて尻餅を付きそうになるヒストリアを支え、悠は更にハリハリとギルザードを促した。
ハリハリが指輪を外してエルフとなり、ギルザードが首のスカーフを取り払ってデュラハン(首無し騎士)らしく接合していない首を晒す。
「ドラゴン! デュラハン!! エルフ!!! な、なんで・・・!」
「説明しただろう、俺は世界の全てを繋ぐつもりだと。彼らはそのほんの一部に過ぎんよ」
「信じられない・・・皆ゆーが力づくで従わせているのでは無いのか?」
呆然とするヒストリアの呟きにハリハリ達は三者三様に首を振って否定した。
「ワタクシはユウ殿らと同行すれば世界の改革の先端に居られると思ってここに居ます。お陰で楽しい日々を送らせて貰っていますよ」
「私は夫のスフィーロと共に居たいから居るだけだ。事が終わればスフィーロを元に戻してくれると約束したのでな」
「私は主であるシャロン様をユウに救って貰ったからだな。それに、私個人もユウに助力したいと思っている」
「彼らがここに残っているのは基本的には自由意志だ。どうしても出て行かなければならない事情があるのなら止める事は無い。本気で語り合えば同じ知性体同士、交渉が出来ないという事はないはずだ。それがドラゴンや魔物だろうとな。無論、問答無用で襲って来る者に手心などは加えんが」
「・・・」
悠に言われて改めてヒストリアは正体を現した面々を見渡した。そのどれもが人間が出会ったらその場で戦闘に突入してもおかしくはない、むしろ普通は敵対するはずの種族であった。
「・・・ゆー、この場に居るという事はしゃろもなのか・・・?」
唯一人、この場に呼ばれただけで正体を現して居ないシャロンに視線を定めてヒストリアは悠に問うた。
「ああ、彼女こそギルザードの主にして第一級禁忌指定『真祖』の才能を持つ吸血鬼のシャロンだ」
「吸血鬼!? そ、そんな・・・!」
「・・・やっぱり怖いですよね? 元人間とはいえ、吸血鬼と言えば恐ろしい魔物達の中でも特に悪名高いですし・・・」
「あっ・・・ご、ごめんしゃろ、別にしゃろが怖いんじゃない・・・ちょっと、驚いただけで・・・」
「いいんです、吸血鬼が恐ろしい魔物なのは本当の事ですから。もう・・・慣れました」
そう言うシャロンが自分よりもずっと深く傷ついていると感じたヒストリアは言葉を失った。
「ヒストリア、お前は死ぬ事でこの世の苦しみから抜け出そうとした。だが、シャロンの吸血鬼の力はそれすらも許されない。胸を突いても死なぬ、頭を潰しても死なぬ、全身が炎に炙られようとも死なぬ。そして半端に傷付くとシャロンは自我を失い暴走する。親しい者であってもその手が止まる事は無い。・・・彼女には安住の地が無いのだ。本人は至って平和的な性格をしているが、それが逆にシャロンを傷付ける。暴虐の痕跡が彼女を苛む。体の傷は治っても、心に刻まれた傷は吸血鬼にも癒せぬのだ。そうして彼女は迫害されつつ1000年の時を彷徨い生きて来た」
「せんっ!? しゃろ・・・!」
泣きそうな顔で立ち尽くすヒストリアにシャロンは悲しみの混じった顔で微笑んだ。
「・・・ヒストリア様、これが第一級禁忌指定者の成れ果てです。私やギルは普通の人と生きる事は出来ないでしょう。ユウ様にお救い頂いてこうしてこの場に仮の住人として住まわせて頂けているのが奇跡なんです。・・・それでも今、私は幸せですよ? ここでは私は吸血鬼のシャロンじゃない、ただのシャロンで居られますから。願わくは、ヒストリア様もここではただのヒストリア様として暮らせる事を祈っています」
「しゃろ!!」
ヒストリアは堪らなくなって駆け出し、正面からシャロンを抱き締めた。
「ヒストリア・・・様?」
「ごめん・・・本当にごめん・・・禁忌指定者の苦しみを一番深く理解していたのはひーなのに、ひーはしゃろを傷付けた。ひーはしゃろの10分の1もこの苦しみに耐えられなかった・・・。しゃろは凄い、偉いんだ! だからしゃろは怖くなんかない!!!」
ヒストリアも27年生きて来た大人である。この世で自分が一番不幸な生い立ちであると自虐に浸る事は無いが、それなりに不運であるとは思っていた。せめて今ならば暴走などさせないのにと思う事もあったが、そんな薄っぺらな自己憐憫などは第一級禁忌指定の前には子供の慰めだと思い知らされていた。
だからヒストリアはあらん限りの力でシャロンを抱き締めたのだ。シャロンはヒストリアだ。ギルドに保護されなかったヒストリアだ。オルネッタにも、ティーワにも出会えなかったヒストリアだ。命を絶つ事すら許されない、逃げ場のないヒストリアだったのだ。だからこそヒストリアはシャロンを慰めなくてはならなかった。
「怖くない・・・怖くなんてないんだ・・・ひー達は化け物じゃない・・・!」
「ヒストリア様・・・ありがとう御座います・・・。そう言って下さる方が居るから、私は幸せなんですよ? だから泣かないで下さい」
大粒の涙を零すヒストリアをあやすシャロンの目からもいつしか涙が零れていたのだった。
シャロンとヒストリア、禁忌指定者同士の邂逅。実際、シャロンとヒストリアの辿った道は近しいものです。だからこそ互いのその痛みが分かるのでしょう。




