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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-23 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子23

手合わせを終えた悠とシュルツはそれぞれヒストリアと明を担いでギルド内へ戻ると、流石にタフな冒険者達も酒と大騒ぎのダブルで体力を使い果たしたのか、起きている者は殆ど居なかった。


その数少ない起きている一人が朝の爽やかさに合う、柔らかな旋律を奏でている。


「おはよう御座います、ユウ殿。600人抜き出来なくて残念でしたね」


ハリハリである。彼もまた一睡もせず歌い続けていたはずなのだが、テーブルに置かれた空の『治癒薬ポーション』瓶から察するに途中で休憩も入れたのだろうと悠は推察した。


「ああ、おはよう。俺もまだまだ甘いという事だな」


「ハリハリ、見ていたなら分かっているだろう。師は手加減して下さったからああなっただけだ。拙者の手柄では無い」


「それを差し引いても、ですよ。ユウ殿とまともに剣の手合わせの体を保てた者が他に居ましたか? シュルツ殿はもう少しご自分に自信を持たれた方がよろしいかと。我が勇者殿くらいでちょうどいいと思いますよ」


「アレは調子に乗り過ぎだ」


空いているソファーにヒストリアと明を寝かせ、悠は枕として鞄とマントを頭の下に敷いてハリハリの前に腰掛けた。


「皆さん、朝食をどうぞ。残った材料をかき集めて作ったものですけど・・・」


そこに温かい朝食を持って恵と樹里亜がやって来た。その顔には笑みはあるが、それ以上に疲労の色が濃く出ていた。


「ありがとう。恵、樹里亜、もう十分働いただろう。お前達もこっちで休め」


「大丈夫と言いたい所ですけど、そうさせて貰います・・・流石に疲れました・・・」


「目を閉じると食材が浮かんで来るんですよね・・・。一生分の野菜や肉を刻んだ気がします」


恵と樹里亜は精根尽き果てたと言った風情で悠の両隣りに腰を下ろした。料理が得意な事が災いし、いつの間にか料理を主導する立場になってしまっていた恵とその片腕として延々と下拵えをしていた樹里亜は15時間の間、殆ど休まず働き続けたのだ。いくら鍛えているからといってもまだ16歳の二人にとって楽な作業ではなかった。


「もう今日は働かなくていいぞ、ゆっくり休め。ハリハリ、他の者達はどうした?」


「夜9時になった時点でビリー殿とミリー殿が宿に連れて行ってくれましたよ。メイ殿だけはヒストリア殿が見ているという事で一緒に居ましたが。全く、メイ殿は人と仲良くなる天才ですね。人に限らずかもしれませんが」


ギルドに設置されている時計を指差した後、少し声を潜めてハリハリは笑った。他ならぬ彼自身が人間では無いからだ。


「人としては得難い才能だ。少々腕が立つ事や頭脳が優れているなどよりも余程な」


才能ギフト能力スキルばかりがその者の全てでは無いという事でしょうね」


「拙者もメイを見ていると羨ましく思う時がある。人付き合いが得手ではないゆえな。是非このまま健やかに育って欲しいと思わせてくれる」


「そういうシュルツ殿も最初に会った頃に比べれば随分穏やかになったと思いますよ? 最初はワタクシが何かしでかさないかと目を光らせていたではありませんか。いつ斬られるかとワタクシも肝を冷やしたものです」


「あ、あれはハリハリが妙な演出をするからだ!」


未熟さを晒されているようで声を荒げたシュルツだったが、悠がそっと口の前で人差し指を立てて窘めた。


「静かに。2人が起きる」


そんな悠の両隣では恵と樹里亜がいつの間にか寝入っており、互いに悠の肩に頭を預けていた。


「「すー・・・すー・・・」」


「あらら、よほどお疲れだったらしいですね」


「仕方あるまい。これだけ働ける人材は他にもそうそう居るはずも無いからな」


「あの・・・その事でご相談が・・・」


雑談に興じる悠達の下に白い帽子を被った初老の男性がやって来て、帽子を取り頭を下げる。


「どなたかな?」


「ワシはこのギルドで厨房を取り仕切っているジスカと申します。不躾な事とは重々承知しているのですが、そこのケイ殿とジュリア殿をウチで預からせて頂く事は出来ないでしょうか?」


緊張しながらもジスカは言葉を続けた。


「ワシももう厨房を切り盛りするのが辛い年になりましてな・・・。後継者について頭を悩ませておったのです。ケイ殿は教えれば綿が水を吸うかの如く覚えていきますし、ジュリア殿は黙々と作業をこなす実直さがあります。特にケイ殿は今からでもワシの代わりが務まるでしょう。正直申しまして、腕前はワシより上です。待遇面も十分に考慮しますので、ご一考下さらんか?」


「この子達の能力を買って頂けたのはとても有り難いが、お断りさせて頂く。彼女達は我々にとっても大切な存在なのだ。出来れば本人に確認を取ってからお答えしたいが、返答は変わらぬと思う。残念だが諦めて頂く他ない」


相手も十分に敬意を払っている事が分かったので、悠も言葉を尽くし、しかし断固とした否を返した。恵と樹里亜は生活と戦闘の要である。また、彼女達も特別な時くらいは手伝ったとしても、ずっとここに居る事を望まないのは分かり切った事だ。それに待遇と言っても恵ですら単体でⅣ(フォース)を超える能力があるのだから、冒険者として依頼でもこなしていた方が稼げるのは自明である。


そして2人は何よりも悠と離れる事を望まないだろうとハリハリは心の中で付け加えた。


「そうですか・・・いや、無理を言って申し訳ない。ただ、あまりに得難い輝きにワシも目を奪われておったようです。この先長くない老人にとって、若さも伸びしろのある才能もどちらも手の届かない物でしたから・・・」


「彼女達には彼女達自身が選択する未来がある。今はまだそれを探し、自分を磨く時間であるとご理解頂きたい」


「ご丁寧にお答え頂き、ありがとう御座います。・・・実はもっと恐ろしい方かと思っていたのですが、ケイ殿やジュリア殿から聞くに道理を弁えた方だと伺いましたので、先にお声を掛けさせて頂きました。これに懲りず、またいらして下さい」


悠の理性的で整然とした答えに緊張を解いたジスカは納得のいった表情でもう一度頭を下げ、厨房へと引き返していった。


「将来有望ですね、ウチの子達は」


「まだこの子らの先は長いのだ、無理に今すぐ決めなくても良かろうよ」


「ええ。しかし、望む未来ですか・・・フフ、それは既に一つは決まっていそうですがね」


ハリハリは悠の肩に頭を預ける樹里亜と恵の年齢を思い出して微笑んだ。この世界では15歳からが一般的だが、樹里亜の話ではそちらは16歳かららしい。そして『竜ノ微睡オーバードーズ』を経た恵、樹里亜、神奈はもう16歳なのだ。


「なんだハリハリ、知っているのか?」


「シュルツ殿も素直になれば出来ますが・・・まぁ、言わぬが花と濁しておきましょう。下手に焚き付けて怒られるのはワタクシも御免ですから」


「?? たまにお前はよく分からん事を言うな・・・?」


シュルツが不審の目を向けてもハリハリは至って冷静に話題を変えた。


「ところで、そちらのお2人はいいとして、ヒストリア殿とメイ殿は宿で寝た方がいいと思います。私とシュルツ殿で連れて帰りますから、ユウ殿にお任せしても構いませんか?」


「ああ、そうしてくれ。同じ街の中、『戦塵』のメンバーと行動している分にはオルネッタも煩くは言わんだろう」


悠が言っているのはヒストリアの事だ。流石に悠抜きで街から出すのはまずいだろうし、そもそも門で止められるだろう。


「では朝食も頂いた事ですし、ワタクシ達も行く事にします」


「しかし師を置いていっていいのでしょうか? 不埒な輩が何かせぬとも・・・」


「自分で言っていておかしいと思いませんか、シュルツ殿? 一体誰がユウ殿を害せるのかむしろ心当たりがあるならワタクシも伺いたいくらいなんですけど?」


そう言われてはシュルツにも返す言葉は無い。ユウならたとえ眠っていても暗殺など出来る隙は全く存在しないし、何よりレイラもスフィーロも居るのだ。今ならと襲って来る程度の相手ならコンマ以下で自分の愚かさを悟る事になるのは間違いない。


「その内オルネッタが声を掛けて来るかもしれんからな、構わず行け」


「・・・ではお先に失礼します」


「昼過ぎになったらこちらに戻りますよ。・・・お2人とも、良い夢を」


眠っている2人に片目を閉じ、ハリハリ達はヒストリアと明を連れて宿へと戻って行った。


《長い一日だったわねぇ・・・幸い、今日はあんまり冒険者も来そうにないし、しばらくここで休みましょう》


《ならばその間にレイラには我の鍛練に付き合って頂きたい。いい加減、契約から先に進みたいのでな》


《いいわよ、そろそろユウの役に立って貰いたいしね》


それから昼まで、恵と樹里亜は本人達にとっては不本意な事に、何も気付かぬまま昼まで眠りこけるのであった。

ようやく長い一日に区切りがつきました。といっても七章はまだまだ続きます。

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