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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-21 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子21

悠はヒストリアと歩きながら口を開いた。


「ヒストリア、詳しい事は後々話すが、俺にも込み入った事情がある。後ろ暗い物では無いが、簡単に飲み込める話でもなくてな。この街を離れてから話しても構わんか?」


悠は自分達の事情を知らぬままでは都合が悪かろうとヒストリアに軽く事情を説明したが、ヒストリアの答えは明快であった。


「構わない。ひーはゆーについて行くと言った。それにゆーならひーを悪い事に利用したりはしないと思う」


「勿論その様な事に利用するつもりは無い・・・が、己の正義が世間と食い違う事もある。完全に無謬な人間などおらん。それは当然俺も例外では無いし、妄信しろと言うつもりも無い。ヒストリア、俺が保護しているからといって、俺に遠慮はするな。俺には俺の、ヒストリアにはヒストリアの考えがあろう」


「・・・分かった。もしゆーのやろうとしている事が間違っていると思ったらひーは遠慮なく言う事にする。・・・もう言わずに後悔はしたくない・・・」


ヒストリアが悠の服を強く握る。後悔の多い半生であった。だからこそこれからは悔いの無い生き方をしようとヒストリアは心に強く誓った。


「人間の一生は他の知的種族に比べれば決して長くは無い。後悔などしていたらあっと言う間に過ぎ去ってしまうぞ。前を向け、ヒストリア。下を向いても見えるのはほんの狭い範囲だけだ。心まで『自在奈落ムービングアビス』に閉じ込めてしまってはならん」


「・・・うん・・・そうだな、そうしよう。・・・でも、ちょっと心配な事がある」


ヒストリアがちょっと困った様な顔をして続けた。


「知っての通り、ひーは大勢に混じって生活した記憶が5歳までしかない。その後の22年は殆ど人と接していないのだ。『戦塵』の皆はひーを受け入れてくれるだろうか? 禁忌指定されているひーの事を怖がるんじゃないだろうか?」


ヒストリアは無邪気な子供では無い。自分に課せられた禁忌指定者というレッテルの意味を十分に理解しているし、ごく少数の例外を除いて他人が禁忌指定者をどの様な目で見ているのかも知っていた。いくら悠の率いる集団とは言え、そう簡単にヒストリアの事を受け入れるとは思えなかったのだ。


だがその懸念に悠は首を振った。


「ヒストリア、そんな事は憂慮に値しない。ヒストリアが禁忌指定された経緯は幼さゆえの制御力不足が大きな原因であって、ヒストリア個人に含む物では無いのだからな。・・・それに、大きな声では言えんが、俺の家にはお前より禁忌指定が上の者も居る。今更限定的第二級禁忌指定のヒストリアが来たからと言って取り乱す者はおらんよ」


ヒストリアは驚愕して思わず口を差し挟んだ。


「ひーより上!? そ、それはまさか第一級禁忌――」


だが悠がヒストリアの口を塞いで全てを言い切る前にその言葉を遮断する。


「それ以上はここでは言わぬ方が良かろう。・・・そもそも俺は禁忌指定という物自体が気に食わんのだ。ヒストリアの様に制御力が上がれば問題無く暮らせる者も居るはず。それを臭い物に蓋をする対応で済ませるのは為政者の怠慢だ。今後も生まれて来る者達の為にも、禁忌指定を受けた者でも生きていける社会を作らねばならん」


「もご・・・ゆー、そんな事を言っていてはゆーこそ捕まってしまうぞ!?」


「それが何だ? 少数派だから、普通とは違うから善であっても差別されるのが当然と黙って従うのか? 俺ならば戦うぞ。画一的な者しか受け入れない狭量な場所ならば器の方を広げるしかあるまい。生きる権利は平等だ」


ヒストリアは悠の目から伝わる苛烈な意志の光に言葉を失った。そこには後ろめたさなど欠片も存在しておらず、どこまでも澄んだ黒が佇んでいた。


「今言った禁忌指定の者は普通の社会では生きていけない事を知りながらも、それでも一歩ずつ前に進んでいる。ヒストリアもほんの少しでいい、前に進む勇気を持って欲しい。それだけは俺にもどうしようも無いのでな」


「勇気、か・・・」


ヒストリアは悠の言葉が一つだけ間違っていると思った。自分は悠に勇気を貰ったからこそ今ここに居るのだ。きっとその禁忌指定者も同じだろう。今も悠から伝わって来る温もりが自分の足を進めているとヒストリアは感じていた。


いつかこの温もりが失われても、自分の足で歩いていこう。少なくともそう出来る様に努力しようとヒストリアはまた一つ誓いを重ねたのだった。




「待たせたな」


ヒストリアと共にギルド本部内に戻った悠を迎えたのは『戦塵』の仲間達と冒険者達から巻き起こる大歓声であった。


「お疲れ様でした、ユウ殿。お早いお帰りで」


「お帰り悠お兄ちゃん!!! ・・・あれ? ひーちゃんは?」


大勢の前であろうと物怖じしない明が悠に突進して抱き付き、同行していたはずのヒストリアの姿を求めてキョロキョロと首を動かす。


「後ろに居るぞ。ヒストリア」


「わ、分かっている」


固い声がして、覚悟を決めたヒストリアがフードで顔を隠しながら前に出た。


「・・・その、ひーは・・・」


これまでに感じた事の無い緊張感にヒストリアの口が鈍るが、ヒストリアの姿を見つけた明は何の裏も無い満面の笑顔でヒストリアの手を取った。


「ひーちゃんもこれから一緒に行くんだよね? 明は明だよ!!!」


「めー? よ、よろしく・・・」


しっかり手を掴まれたヒストリアはオロオロしつつ悠を見上げたが、悠は頷くだけで何も言ってはくれなかった。


「ヤハハ、メイ殿は流石です。・・・さあ皆さん!!! 今晩は宴会ですよ!!! お金は賭けでたんまり儲けたユウ殿が全部持ってくれるそうです!!! という事で本日の酒場は貸し切り!!! ついでに不詳ワタクシハリハリの弾き語りもお付けしましょう!!! 朝まで騒ぐ準備は出来ていますかーーーっ!?」


ハリハリの煽動によって生まれる数瞬の静寂。引き潮の様に静まった後に押し寄せるのは突き上げられた拳と耳をつんざく賛同の嵐だ。


「「「ウォーーーーーッ!!!」」」


「あ、でも15歳未満は夜9時までです。子供はちゃんと早寝早起きして健やかに」


「「「え~~~~~~っ!!!」」」


一斉に不平を鳴らす子供達に冒険者達から笑い声が起こる。そこからはもうなし崩し的に大宴会となった。実はまだ昼下がりであり、宴会をする様な時間では無かったのだが、一度導火線に火がついてしまえばもう誰にもその流れは止められなかった。


「おーい!! 酒と食いモンをありったけ用意してくれ!!! 金ならこの兄さん・・・いや、Ⅸ(ナインス)冒険者、『戦神』のユウが金貨50枚を供出してくれたんだ、構わねぇからジャンジャン持ってこいよ!!!」


賭けの胴元をしていた男が高らかに金貨の詰まった袋を掲げると、僅かに悠の成功に掛けて儲けた者達も幾分か差し入れし、更に小金を持っていた者達も気が大きくなって男に使ってくれと寄付をし始めた。


「ハッハッハ、これじゃ何人居ても飲みきれねぇ!!! おい、手の空いてる奴は街の連中にも触れ回ってこい!!! 今日は祭りだぜぇ!!!」


「俺、宿で休んでる連中を起こして来る!!」


「私は近所の人に声を掛けて来るわ!!」


「走れ走れ!!! 急がねぇと乗り遅れるぞ!!!」


「参ったな・・・おい、緊急で仕入れだ!!! 何人か食材と酒を仕入れて来い!!! 残った奴は全員全力で料理に掛かるぞ!!!」


「流石に手が足りませんよ!! 誰か料理出来る奴は下拵えだけでいいから手伝ってくれ!!!」


「そいつは依頼か?」


「バカヤロー!!! 可愛くねぇ事言ってっとお前の分のメシはねぇからな!!!」


数百人単位の冒険者、それにギルド職員までドタバタと駆け回る様は祭りというよりも戦争に近かった。舞い上がる埃で遠くが霞むほどである。


「悠さん、私もお料理のお手伝いをして来ます」


「いいのか? 今日は何もしなくても大丈夫そうだが・・・」


「えへへ・・・旅している間は簡単な料理しかして来ませんでしたから落ち着かなくて・・・」


そう言って腕まくりをしたのは恵だ。確かに恵がいれば普通の料理人10人分の働きは出来るだろう。恵もそれを望んでいる様なので、悠は頷いた。


「分かった、行って来るといい。疲れたら戻って来て休むんだぞ?」


「はい、分かりました。・・・ヒストリアさん、ウチの明と仲良くしてあげて下さいね?」


「あ、ああ・・・仲良く、する・・・」


喧噪に戸惑い明の手を握るヒストリアは何とかそれだけを口にした。


「じゃあ私も特訓がてら、恵を手伝いましょうかね。ヒストリアさん、これからよろしくお願いします」


「あ、じゃああたしも――」


「神奈は来ないで。冒険者が次々倒れちゃギルドが困るから・・・」


「どーいう意味だよ!!! 全く・・・こうなったらしこたま食ってやる!!! 明、ひーさんに場所取りすっぞ!!!」


「あいさー!!!」


「え? え?? ちょ、ちょっと待っ・・・」


ヒストリアは明と神奈に連れられて空いているテーブルを探して走り始めた。子供に手を引かれて目を白黒させるヒストリアはもう彼女らの仲のいい友達にしか見えなかったのだった。

天使な明と煽るのが上手いハリハリが居れば大体の場面は乗り切れそうですね。


この後無茶苦茶宴会した、で締めるのもアレなので、もう少し引っ張ります。

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