7α-19 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子19
崩落した床の石材と埃に遮られて悠とヒストリアの姿が見えなくなり肝を冷やしたオルネッタであったが、崩落した穴から差す光で闇を失った四階層の切れたロープの先に2人の姿を見つけて思わず椅子にへたり込んだ。
「やったか!?」
「凄い凄い!!! 本当にヒストリアを助けちゃったわよ!!!」
ロンフォスとリレイズの歓声が役員室の緊張感を緩和したが、オルネッタにはいつまでもその感慨に浸っている時間は無かった。ここには断罪すべき者達が居るのだ。
「・・・さて、ティーワ。あなたの狂った想いは打ち破られたわ。今日誕生した最高のⅨ(ナインス)ランク冒険者の手によってね。この上は大人しく罠を解除して・・・ティーワ?」
視線をティーワに移したオルネッタが見たものは、映像の中のヒストリアを見つめてとめどなく涙を流すティーワであった。その口が歌う様に呟いている。
「悲しみに暮れる君はとても素敵だったけれど、今はもっとずっと綺麗な瞳をしているね、ヒストリア。・・・ああ・・・やはり君は世界の誰よりも美しい・・・」
「・・・何を言っているの、ティーワ? ・・・まさかあなたは・・・!」
オルネッタの言葉を遮って、ティーワは独白する。
「『戦塵』の居る閲覧室に仕掛けた罠はハリボテだよ、それらしく装飾したに過ぎない。そもそもあの部屋は魔銀で覆われているから外から魔力を送っても解除なんて出来ないし、最初からする必要なんてなかったのさ。私が解除出来るのはヒストリアの分だけ。それももう必要無いね。全く、どうやって壊したんだろう?」
ティーワがローブの懐から丸い宝石の様な物を取り出してテーブルに置いた。その目は一瞬も途切れる事無くヒストリアに向けられている。
「これでヒストリアはこの世界で生き続ける事が出来る。ユウ、君に心から感謝するよ。ヒストリアを、私の小鳥を幸せにしてあげておくれ。それが叶うなら私の命など考慮に値しない」
「・・・あなた・・・これまでの事は本当にヒストリアの為だけに・・・」
何の邪気も無い顔でティーワは笑った。
「統括代理・・・いや、オルネッタ。これが、これこそが真実の愛だよ。他の全てを犠牲にしても、そこに自分自身が含まれていても、躊躇う理由は存在しない。誰を殺しても、どの国が滅んでも私はヒストリアの為ならばなんでもする。事実、私はそうして来たのだから。禁忌指定の件とギルド本部の今後は任せたよ。私が今までやって来た事は私の執務室の本棚の裏を調べるといい。・・・さて、さよならだ」
「待ってティーワ!!!」
「ヒストリア、先に行って待ってる。・・・出来るだけ遅れる事を願っているよ。誰よりも愛しい私の小鳥・・・」
ティーワが言い切った瞬間、ティーワの非業の円環が淡く光り、そして放電を開始する。強烈な雷がティーワを打ち、役員室に激しく響いた。
「キャアアアアア!!!」
「ひいいいいいッ!!!」
「わああああっ!!!」
「ティーワ!!! ティーワッ!!!」
「駄目だ!!! 巻き込まれるぞ!!!」
リレイズやホーロが悲鳴を上げ、オルネッタの伸ばされた手をロンフォスが掴んだ。その手の先でティーワが苦鳴一つ上げずに炭化していく。
ティーワの体が完全に炭化した所で放電は途切れ、後にはボロボロになって煙を上げるローブとティーワの死体だけが残された。
誰も声を発しない中、ロンフォスがポツリと呟く。
「・・・分からん・・・ヒストリアに尽くしたティーワは善だったのか、それとも悪だったのか?」
「・・・決まってるわ、紛う事無く悪よ。目的の為に手段を選ばない者を善とは呼ばない。でも・・・ティーワは笑って答えるでしょう。「善悪ではありません。愛です」って・・・馬鹿な人・・・」
ロンフォスの問いならぬ問いに、オルネッタも自分の苦い想いを吐き出した。どちらにせよ、オルネッタにはティーワを止める事は出来なかっただろう。
ヒストリアを止めた悠とティーワを止められなかったオルネッタ。その事実を前に、オルネッタはもう既に自分が冒険者として悠に及ばない事を理解した。
だがそれでいいのだ。それこそがオルネッタが望んだ未来なのだから。
そしてオルネッタには立ち止まっている時間など無かった。ティーワの死体から青ざめるホーロとザマランを正面から見据えて宣言する。
「・・・ホーロ、ザマラン、あなた達2人を拘束します。言っておくけど、今この瞬間から私が許可するまで指一本でも動かしたら裁きを待つ事無く私がこの場で殺すわ。いいわね?」
懐から焦げた非業の円環を取り出したオルネッタの殺気にホーロとザマランは震え上がった。言質だけならまだしも、物証まで握られていては言い逃れる事は不可能だったし、何より今のオルネッタであれば本当に2人を殺すだろう。2人は自分達の野望が潰えた事を嫌でも悟らざるを得なかった。
(ティーワ、最期の願いは聞き届けてあげる。ヒストリアは自由にするし、冒険者ギルドは私達が守る。だから・・・さよならよ)
ヒストリアへの想いに真っすぐに狂った男、ティーワ。彼の死をもってⅨ試験は終わりを告げたのであった。
「どうしたハリハリ? 何か不審な点でもあるのか?」
部屋の隅で首を捻っていたハリハリは頬を掻きながら答える。
「いや・・・この仕掛け、それらしく出来てますが、肝心な部分が記されていません。30分経過すると何かが起こる、の「何か」が記されていないんですよ。これでは時計と変わらないのですが・・・」
「ならば出ても構わないのか?」
「そうですね・・・ユウ殿も無事ヒストリア殿を助ける事が出来たみたいですし、構わないでしょう。ドアを切って下さい、シュルツ殿」
「応」
言うが早いか、シュルツは双剣を抜いてドアを対角線で交差に切り裂いた。魔銀が仕込まれているはずのドアは何の抵抗も無くガラガラと床に散らばって無用の長物と化す。
「全く遺憾だ。拙者達は最後まで蚊帳の外ではないか」
「ヤハハ、何も無いのが一番ですよ。さて、オルネッタ殿やユウ殿から話を聞きに行こうではありませんか。・・・そろそろ女の子達が限界ですし・・・」
ハリハリの視線の先には画面を睨み付ける女子達の姿が映っていた。
「・・・この子、いつまで悠先生にくっついてるつもり?」
「またしても悠先生の腕の中を奪われた。断固抗議する」
「いいなぁ・・・」
「う~・・・あたしもあそこに行きたい!!」
「ひーちゃん、助かって良かったね!!! 明も抱っこして貰いに行こっと!」
明が前向きな発言をして部屋から飛び出し、他の者達も慌ててその後を追って行った。
ギルド内では気の早い祝杯が交わされていた。映像を見る冒険者達の顔にあるのは興奮、感動、畏敬、そして安堵である。悠の超人的な活躍はクォーラルの新米から熟練の冒険者全てを虜にしたのだ。
「全くスゲェ男だよユウは!」
「この大馬鹿野郎、お前みたいな半人前が呼び捨てにしてんじゃねえ!!! あの人を呼ぶ時はユウさんと呼べ!!!」
「あたっ!? す、すまねえ・・・!」
既に一杯やって気持ちが大きくなった若い男が隣の年かさの冒険者に殴られる。それでもその発言には異議では無く賛同の声が巻き起こった。
「世界最高の冒険者だろうな、ユウさんは」
「当り前よ、誰が他にあんな事が出来るというの? あの極悪な試練の塔を1時間20分で攻略したのよ、ユウさんは!」
「へへへ、俺はあの人を知ってるぞ? ユウさんはミーノスで他の冒険者を相手に教官をしていた事もあったからな。聞いて驚け、教官は500人の冒険者をたった一人で全員ぶっ飛ばしたんだぜ? しかもその中には『双剣』シュルツや『外道勇者』サイコも入ってたんだ。その時にシュルツが教官に弟子入りしたのはミーノスじゃ有名な話さ!」
「何っ!? シュルツにサイコにって・・・とんでもねえお人だな・・・俺じゃ100回どころか1000回戦っても敵いそうにねぇや・・・」
「この本部でもやってくれねぇかな?」
「あ、言っておくが、教官はマジで厳しいぞ? 手を抜こうモンなら気絶するまでぶっ飛ばされっから覚悟して頼むんだな」
「ひえぇ、おっかねえ・・・」
冒険者達は知らない。今この本部で一人の男がその人生を終えた事を。彼らに分かるのは新たにⅨ(ナインス)の冒険者が誕生し、一人の禁忌指定者が救われた事だけである。そして、その興奮に酔えるという事はとても幸せな事なのかもしれなかった。
副題「一人きりのハッピーエンド」。
これは誰がどう言おうとティーワにとってのハッピーエンドなのです。




