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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-18 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子18

「距離を詰めればひーの防御に綻びが出来ると思ったか!?」


「さて、色々試してみねば分かるまいよ」


手持ちの石を使い果たした悠は今度は床を殴って砕き、飛散した石を拾ってヒストリアの周囲を回り始め、360°からヒストリアを狙い撃つ。


「無駄無駄!! これでもひーは体も鍛えている、たとえゆーでもそんな攻撃は当たらん!!」


動く悠に合わせてヒストリアの『自在奈落ムービングアビス』も悠を追い掛けてヒストリアの姿を隠す。


「円の中心と外円では回転に必要な速度が違い過ぎるか」


また手持ちの石が尽きたので、悠は床から新たな弾を補充した。そして足と投擲のギアを一段上へと引き上げる。


「むっ・・・ふん、それでもまだひーの対応速度の方が早――くおっ!?」


自分の背後で弾けた地面にヒストリアは驚いた。悠の攻撃は確かに受け止めているはずなのにどこからと思ったヒストリアの頭上で何かが弾ける音がした。


「天井に当てて狙っておるのか!? 器用な真似を!!」


ヒストリアは悠が天井に石を投げつけた瞬間を見計らって『自在奈落』を解除し更に後方へと飛びずさる。


「ならばもっと広範囲を守るまでだ!!」


再び生んだ『自在奈落』は360°近い範囲を覆い尽くした。残った範囲は狭く、悠でもすぐに動かせる『自在奈落』のその隙間を狙う事は出来ないだろう。


「これで詰みだ。そして今、残り時間は一分を切った。・・・ゆー、誇っていいぞ。ひーを相手にただの石つぶてでここまで戦ったのはゆーだけだ。ゆーならきっと最高の冒険者になれるだろう。・・・だからもう・・・帰ってよ・・・ひーはゆーにボロボロになったひーの死体を見られたくない・・・」


ヒストリアの目から涙が零れた。悠はヒストリアの死体を見ればきっと救えなかった事を悔いるだろう。だからヒストリアは今の内に悠を遠ざけてしまいたかった。


だが悠の返答は変わらない。


「そうか・・・ならば約束しろ。俺がお前をこの手に抱く事が出来たら、俺と一緒に来るとな。出来なければ時間になったら俺もその『自在奈落』に飛び込む。守れもしない大言壮語を吐く事を俺は自分に許しておらんのでな」


「馬鹿な!? そんな事をして何になる!?」


「それはこっちのセリフだろう。今死のうとしているのはヒストリアの方ではないか。それは矛盾だぞ」


「いいから帰れ!!! 誰もひーを救えないのだ!!! 今までも、そしてこれからもずっと!!! 生まれた意味を感じ取れない様な人生など・・・もう沢山だ!!!」


ヒストリアの慟哭は見守っている冒険者達の心に響いた。禁忌指定は並の才能ギフト能力スキルでは行われる事が無い、特例中の特例である。幼さゆえに過ちを犯し、禁忌の烙印を押されたヒストリアの絶望の深さに心ある者達は涙した。


彼らにはヒストリアを止める力は無い。だからこそそれを諦めない悠に冒険者は祈った。どうかその子を救ってくれと。


声無き声を受け取り、悠は強く拳を握る。


「ならばこの一撃を持ってお前の籠を砕いてしまおう。明日からは新しい一日が待っている。目まぐるしい日々に目を回すなよ、ヒストリア?」


「ゆーーーーーーーーッ!!!」


ヒストリアの制止の声を引き千切る様に悠は大きく飛び上がった。そして一言呟く。


「俺がただ床を砕いて石を補充していたなどと思って貰っては困るな。行くぞ」


上昇する悠の手が組み合わされ、レイラが可能な限りの物質体マテリアル干渉の力をその手に蓄えて行く。


上昇が頂点に達した時、再び悠の口が言葉を紡ぎ出した。


「竜」


悠が下降に転じ目標地点を定めた。それは『自在奈落』に包まれるヒストリアでは無い。


「墜」


悠の視線はヒストリアの前方の床に固定されている。そして最後の一字を紡ぐと同時に、悠はその力を床に叩き込む。


「天!!!」




ドゴンッ!!!!!




悠のハンマーナックルの打撃力が床に浸透していく。そしてその威力はすぐに結果となって現れた。




ボゴッ!!!!!




厚さ1・5メートルの床に雷の如くヒビが走り、そして、抜ける。


「あっ!?」


『自在奈落』を置き去りにして中のヒストリアが落ちて行く。悠はヒストリアをこの崩壊に巻き込む為に床から石を補充するフリをして床を脆くしていたのだった。それはヒストリアの『自在奈落』の使い方を見て悠とレイラが立てた作戦だ。


最初に石を投げた時、不意を突かれたヒストリアは『奈落崩椀アビスアームズ』を解除した。別に回避だけなら解除する必要は無かったはずだが、その後のヒストリアを見ていて気付いた事は、ヒストリアは動きながら『自在奈落』を使えないのではないかという推測であった。そして防御に『自在奈落』を使いながら『奈落崩椀』を使って来ない事から、2つを同時に使えないという確信を得た。


最後のピースはヒストリアの防御した後の床である。もし『自在奈落』の防御範囲が自分の真下まで及ぶのなら、ヒストリアが存在した真下の床も抉られていなければならない。『自在奈落』が何者も防御出来ないのならそうなるはずなのだ。


それらの情報から悠はあれは地面に逆さに置かれたお椀と同じ状態だという答えを導き出した。幸運だったのは、もし塔という場所でなかったらこの策が使えず苦労しただろうという事だ。塔であり、下が空洞であったからこそ悠はこの策を実行出来たのである。そして・・・


ヒストリアは『自在奈落』を発動させかけて・・・果たせなかった。『自在奈落』は自分という基点を元して空間に干渉する能力だったのだ。ほんのゆっくりであればまだしも、自由落下の速度ではヒストリアに成す術は無かった。


まだ時間は30秒ほどあるはずだが、このまま落ちれば墜落死であろう。そんな事をぼんやりと考えていたヒストリアの頭が大きな手に掴まれる。


「捕まえたぞ、ヒストリア! レイラ、非業の円環サークレットを壊せ!」


《了解!》


レイラの物質体干渉で非業の円環が弾け飛び、押さえられていたヒストリアの髪が風を受けて広がった。悠は落ちて行くヒストリアをしっかりと左腕に抱き止め、そして右手を伸ばす。


突然体に急ブレーキがかかり、ヒストリアの体を強烈なGが襲ったが、それはやがて完全な静止へと移行した。


一瞬の間に起こった様々な出来事が消化しきれなくてヒストリアの口から無意識に言葉が漏れた。


「・・・どうして・・・?」


様々な意味を含んだ「どうして?」であったが、悠は直近の事として答えた。


「Ⅸ(ナインス)試験はその場にある全ての物を利用しなければならないと散々思い知らされたからな。利用させて貰った」


その悠の右手の先にあったのは、真っ赤な血に塗れたロープであった。それは四階層で途中で切れてしまったはずのロープである。悠はこれを掴む為にレイラに階下を探らせ、床を破る位置を調節したのだ。


「ばか・・・バカバカバカ!!! 一歩間違えば死んでいたのだぞ!? それなのに・・・それなのに!!!」


「約束だ、ヒストリア。俺と一緒に来い。もうお前に籠は必要無い。広い世界がお前を待っている」


命の危機をダース単位でくぐり抜けたばかりだというのに、まるで変わらない悠の胸に顔を押し付けてヒストリアは怒鳴った。


「もう何処へでも勝手に連れて行け!! どうせゆーは何を言っても諦めないんだろう!! い、言ったからには責任をとれよ!!!」


そう言ってヒストリアはキッと顔を上げて悠を睨み付けた。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、全てを諦めていた目はもう何処にも無い。


捕らわれの小鳥の籠は竜によって完膚無きまでに破壊され、小鳥の前には何処までも青い大空が広がっていたのだった。

ハッピーエンド。


そして次は後始末。

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