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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-17 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子17

(レイラ、『自在奈落ムービングアビス』の正体が分かるか?)


(・・・)


悠の質問にレイラはいつもの様に即答しなかった。悠はヒストリアから距離を置きつつレイラからの返答を辛抱強く待つ。


(・・・解析に長けてはいない私には確かな事は言えないけれど、ヒストリアの話と実際に見た『自在奈落』からの推論ならば。あれは物質体マテリアル制御の一種だと思う。詳しい原理は分からないから省くけど、効果としては『竜ノ爪牙マテリアルコラップス』の効果に酷似しているわ。恐らくユウの真龍鉄の小手ガントレットでも防ぎ切れない。精々一撃を受け止めるのが限界だと思う。・・・いえ、それすら無理かも。試しちゃ駄目よ)


(『竜騎士』と同等の力を振るうか。確かに規格外の力だ)


(あれで全身を覆えば、たとえ『火竜クリムゾンスピア』でも貫けない。『竜騎士』にもならずに相手をするのは危険過ぎるわよ)


(だがヒストリアを打ち破るのはあくまで「人間」としての俺でなければならん。『竜騎士』ではヒストリアが自由を得られないかもしれんのだ)


ただヒストリアを抑えるだけならば悠が『竜騎士』になれば可能である。しかし、それでは逆に悠の力が問題視され禁忌指定を受ける恐れが出て来る。あくまで鍛えた「人間」にヒストリアが制されたという事実が必要なのだ。誰も見た事が無い『竜騎士』の力を振るっても、ヒストリアの安全弁にはならない。


「どうした? やはり怖くなったのか? このまま時間切れを待ってもひーは一向に構わんぞ?」


詰まらなそうに言うヒストリアに死を恐れている気配はない。事実、死を恐れては居ないのだろう。ただほんの一欠片ほど、悠にはその声に落胆が混じっている様な気がした。


「子供を見捨てて逃げる大人にはなりたくないのでな。特に泣いている子供は放ってはおけんよ」


「・・・訂正しろ、ゆー。ひーは子供では無い。ましてや泣いてなどいない!」


「そうかな? 俺の目には子供が癇癪を起こして泣いている様に見えるが?」


「黙れっ!!!」


あえて大振りに放った『自在奈落』が悠の居る場所を薙ぎ払ったが、悠はそれを後ろに跳んで回避した。途中で床に触れた『自在奈落』の抉られた傷跡がその威力を物語っている。


「・・・どうだ、恐ろしいだろう? 死にたくはないだろう? ひーと戦えばゆーもこんな風に――」


「それがどうした? 戦いにおいて死ぬのも恐怖を感じるのも人間である以上当然の事だ。ヒストリアよ、お前こそ恐れているのではないか? 戦う事に。そして、生きる事に。そんな示威目的の適当な攻撃で俺を殺れるなどとは思わない事だ。全力を出せ!!!」


ヒストリアの翻意させるセリフを遮って悠はヒストリアを一喝した。ビリビリと震える怒号にビクリとしたヒストリアだったが、その顔が怒りに染まっていく。


「・・・人が優しくしていれば付け上がって・・・! よかろう!! ひーが死ぬまでの間、本気で相手をしてやる!!!」


ヒストリアが叫ぶとその手の先の空間に亀裂が入り、名状しがたい色をした2本の触手として宙をうねった。


「『自在奈落』の変化、『奈落崩腕アビスアームズ』。一撃必殺の自在に動くこの死神のかいな、かわし切れるものならかわしてみせろ!!!」


ヒストリアが腕を振ると、『奈落崩椀』が今度は左右から高さを変えて悠に迫った。


(レイラ、戦いながらヒストリアの隙を探る。レイラも情報収集に努めてくれ)


(了解・・・ユウ、時間は後5分ほどよ。出来るだけ急いで!)


(ああ、分かった)


迫る『奈落崩椀』の僅かな合間を縫って回避しながら悠とレイラはヒストリアを分析し始めたのだった。




「・・・ハリハリ、ここは任せる。拙者は今からでも師の下へ行ってくるゆえ」


言い捨てて部屋を出ようとしたシュルツの前にハリハリが立ち塞がった。


「何の真似だ?」


「冷静になりなさいシュルツ殿。ユウ殿を信じるのです。今から行ってもどうせ間に合いません」


「拙者は冷静だ。もうあれは試験の範疇を越えている。師は死ななくても、ヒストリアは死ぬぞ」


強く睨むシュルツの視線にハリハリは真っ向から言い返した。


「ユウ殿はやると口にしました。そしてこの場を任されている者として今動く事は許しません。・・・そもそも、今ここを出ようとすれば死にます」


「どういう事ですか!?」


アルトの問いにハリハリは勿体ぶる事無く答えた。


「ワタクシ達は今何者かの罠の真っただ中に居るのですよ。あのヒストリア殿の非業の円環サークレットと同じ物がこの部屋に仕掛けられています。シュルツ殿も最初の職員から漏れる殺気に気付いていましたよね?」


「ああ・・・」


シュルツはここに案内した職員の事を思い出していた。その職員からは確かに殺気が感じられ、だからこそシュルツはハリハリに警戒を促す為に名を呼んだのだ。


「どうしてわざわざ敵の罠の中に?」


「時間が無かったからです。あの時点で職員を捕まえても私達を害しようとする黒幕に辿り着けないかもしれないし、無用に警戒させたくありませんでした。だからこそ今まで待っていたのです。これであの円環がギルドの役員の誰かが作った物だと確信出来ました」


「それなら私が悠先生にそう連絡すれば・・・」


蒼凪の言葉にハリハリは首を振った。


「この部屋に入るなり外に影響する魔法を使ってみましたが、遮断されました。丁寧に魔銀ミスリルで覆ってある様です。『心通話テレパシー』は届きませんよ」


「ならば斬ってしまえば良い」


「事はそう簡単では無いのでね。迂闊に部屋を傷付けると、即仕掛けが作動します。もう少しで終わるので待っていてくれませんか?」


そう言ってハリハリは部屋の隅に跪く。


「ワタクシもただボンヤリと部屋をウロウロしていたのでは無いのですよ。この仕掛けを構成している『魔法言語マギコード』を解析していたのですが、それももう終わりです」


振り返ったハリハリが気障な仕草で片目を瞑ってみせた。




悠は手首を内側に折ってシールドを展開すると、その内側に仕込まれている投げナイフを取り出し、ヒストリア目掛けて投げ付けた。


「そんな鉄屑がひーに効くか!!!」


2本の狙いが異なるナイフの射線に『奈落崩椀』を割り込ませてヒストリアはナイフを消滅させた。


「この程度の数では足らんか。ならば・・・」


悠は適当に壁を殴り付けて砕き、その破片を手に取る。


「こういうのはどうだ?」


悠の体が霞み、次々と石つぶてがヒストリアに投げ付けられる。単に同じ攻撃の数が増えただけと見て失望したヒストリアだったが、射線に割り込ませた『奈落崩椀』からズレて自分に迫る石つぶてを見て慌てて『奈落崩椀』を解除し、その場から飛び退いた。


「な、何だ今のは!?」


「単なる投法・・・と言ってもお前には分かるまい。しっかり守らねば痛いぞ?」


言うなり悠はまた幾つもの軌跡を描く石つぶてをヒストリアに投擲していく。だがヒストリアは今度は『自在奈落』を結界の如く自分の前方に出してその悉くを防いだ。


悠がやったのは智樹に習った変化球の投げ方であった。智樹も授業でスポーツをやっていた者に聞きかじった程度であったが、悠がその身体能力を用いて試したそのエセ変化球は魔球と化した。何度か改良を重ね、今ではカーブもフォークも思いのままだ。


それでも全面で防御されればそれまでである。


「・・・ふん、多少面食らったが、もう驚かんぞ。こうして180°防御すれば意味が無い」


「さて、どうかな?」


口でヒストリアに返しながら、頭ではユウはレイラと話していた。


(レイラ、今のを見たか?)


(ええ、見たわよ。そうすると・・・うん。ユウ、一つ思い付いたわ。聞いてくれる?)


(拝聴しよう)


適当に壁を砕き投げ付けながら悠はレイラと一つの作戦を練り上げた。


(・・・という感じなんだけど、どう?)


(なるほど。しかし、幾つか下準備が必要だな。それに位置も重要だ。レイラ、逐一報告してくれ)


(了解、それじゃ行くわよ!)


悠は砕いた石を幾つか手に取り、ヒストリアに接近して行ったのであった。

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