7α-16 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子16
「・・・どうして? 統括のご子息として人望を集め、将来を嘱望されていたあなたに一体何が・・・」
呆然と口にするオルネッタにティーワはやはり変わらず穏やかに答えた。
「流石は『慧眼』、こちらの注文通りの質問をしてくれますね。意訳としては「何故こんな馬鹿な真似をしたのか」と聞きたいのですよね? 勿論お答えしますよ。・・・全てはヒストリアの為です」
ティーワは組んだ手の上に顎を乗せ、夢見る様な目で独白した。
「今から7年前、私がまだ15の時になりますか・・・。父上に連れられてヒストリアと出会ったのは。一目見たその時に私はヒストリアの世界を恨み、誰も信じていない瞳に恥ずかしながら・・・恋してしまったのですよ・・・。あんな美しい瞳を持った人間に出会ったのは初めてでした。その瞳を見た瞬間から私はヒストリアを私だけの物にしたいとずっと考えていました。その点ではギルド本部統括の息子に生まれたのは私にとって幸運でしたね、ずっと近くで彼女の事を見守るのだけが私の幸せでしたから・・・」
「どうかしてるわ!! その時のヒストリアはまだ5歳程度の外見でしかなかったはずよ!!」
「実年齢では私よりヒストリアの方が年上ですよ。それにオルネッタ統括代理、恋に年齢など関係ありません。あの瞳のヒストリアであれば、私は老婆であろうともヒストリアに恋をしたでしょう。真実の愛の前には全ては無意味。そんな些細な事で愛を否定するあなた方にはむしろ憐憫すら覚える」
オルネッタの弾劾にもティーワの笑顔は微塵も揺るがなかった。それどころか、理解出来ないといった役員室の一同を蔑む様な目で見下した。
「ヒストリアは飽いていました。この場所にではなく、生きる事に。ならば私は彼女を愛する者として、彼女の望みを叶えてあげなければならない。だけど私は死んでも彼女と離れたくはない。ならば彼女と一緒に死んであげなければ。それが愛という物でしょう?」
「狂ってる・・・あなたはどうしようも無く狂ってるわ、ティーワ!!!」
「ええ、狂っていますとも、ヒストリアへの愛に。ヒストリアは自分を止め得る者を求めて統括代理の案に乗りましたが、誰も彼女の下に辿り着く事は出来なかった。彼女がどうしようもなく絶望してしまったのには、あなたにも責任があるのですよ?」
「っ!」
ティーワの言葉にオルネッタは強く唇を噛んだ。ヒストリアを救う者を求めて行った事が、他ならぬヒストリアに更なる絶望を与えていたのだ。
「誤解しないで頂きたいのは、私はその事を責めているのではありません。むしろ絶望が深まるにつれて、彼女は昔よりももっとずっと魅力的になっていきました。私は統括代理にはとても感謝しているのですよ。だからこそ今まであなたに協力して来たのですから。本当にありがとう御座います」
「・・・ヒストリアの非業の円環を止めなさい。でなければ、今あなたを殺すわ」
オルネッタは右手をピタリとティーワに向けて固定した。この距離での魔法ならば絶対に外さない自信がオルネッタにはあったが、それを見てもティーワの笑顔は崩れなかった。
「嫌です。それに・・・ハハハ、今から死のうとしている者を殺すなどとは笑い話ではありませんか。喜劇の才能でも持っていらしたのですか?」
「でも今私があなたを殺せば、あなたはヒストリアと一緒には死ねない。それはあなたには不都合なんじゃなくて?」
オルネッタの言葉にティーワの目が出来のいい生徒を見る教師の様な色に変わった。
「なるほど、それは御免被りたい。ならばこちらも小細工を一つ。今『戦塵』の方々が居る閲覧室は少々改造を施していましてね、この非業の円環と同じ効果が部屋の中に織り込まれています。解除は私にしか出来ません。邪魔をすれば彼らにも一緒に死んで頂きます。邪魔をしなければ私が死ぬ寸前に解除してあげますよ。愛する2人の逃避行にあまり無粋な同行者を連れて行きたくはないですから」
ニコニコと楽しそうに笑うティーワにオルネッタは戦慄した。それは『戦塵』を罠に掛けた事に対してでは無い。この期に及んでも『慧眼』に映るティーワにはオルネッタに対する悪意が一切見られない事に対してであった。ティーワにとって、オルネッタなどは悪意など抱く対象にはなり得ないのだ。ティーワにとって、ヒストリア以外の全ては感情を抱く価値の無いただの塊に過ぎなかった。
「私とヒストリアか『戦塵』か、どちらかが死ぬ。これこそ試練という物ですよ、統括代理。これを乗り越えるならば、私はユウに伝説のⅩ(テンス)の称号を贈っても構わない。見ていようではありませんか、あなたが見込んだ最後の冒険者が見事この試練を乗り越えられるのかを。無駄と知りつつも彼も頑張って足掻いていますよ?」
オルネッタの噛み破った唇の端から血が溢れたが、オルネッタはゆっくりと手を下ろして映像に視線を戻した。そこでは悠がヒストリアを止めんとして決死の突撃を敢行している。
(・・・ごめんなさい、ユウ。もうあなたに頼るしか私には出来る事がないわ・・・。お願い、どうかヒストリアを救ってあげて!!!)
オルネッタは心からの祈りを込めて、心の中で叫んだ。
ティーワはロリコンでもペドでもありません。たとえヒストリアが同性であってもティーワはヒストリアを求めたでしょう。
自分の命すら興味が無い最高にサイコなのがティーワです。
少々短めですが、収まりがいいのでここで一度切っておきます。




