7α-15 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子15
(ギリギリで足りたか。もう2本ほど持って来るべきだったかな)
(仕方ないわ、矢なんて嵩張る物を沢山は持ち歩けないもの。渡る分には足りたんだから良しとしましょう)
天井を伝って向こう岸まで辿り着いた悠はボロボロになった矢を手放して半円の足場に降り立った。そのまま感慨に浸るでもなく、悠は明かりの漏れる入り口を通って最終階層へ向かう。掛かった時間は20分ほどだろう。
そこで悠はオルネッタから受け取ったメモを取り出し、自分にだけ見える様に手で隠してそれを広げた。
そこに書いてあった事はただ一言である。
その子を救ってあげて、ユウ。
(・・・救ってあげて、と言われてもねぇ・・・これだけじゃ意味が分からないわよ)
(確かに試験とは何の関係も無さそうだ。レイラ、最上階に誰か居るな?)
(居るわ。正確に言えば子供が一人。性別は女。それ以外に目立った仕掛けは無し。・・・こっちはこっちで意味不明ね。子供に何をさせるつもり?)
(行ってみるしかないな。看板を見れば何か分かるかもしれん)
メモを仕舞い、悠は最上階の入り口に辿り着くとすぐに立て看板を見つけ、そこに書かれている内容に目を通した。
ヒストリアに打ち勝て。
制限時間:30分
非常に簡潔な一文が記されていた。悠とレイラは記憶からその名を呼び起こす。
(ヒストリアと言えば・・・)
(確か、人間五強の一人よね? じゃあミロやサイコなんかと同格の相手っていう事? まぁ、30分あればいけるわよね?)
(さて、こうも自信満々にこの一文だけが記されているという事は余程の事だぞ。相当厄介な才能か能力の持ち主なのか・・・)
それに、気がかりなのはオルネッタの一言だ。救ってあげて欲しいというのはヒストリアの事で間違い無いだろう。それに途中で言っていた「籠の鳥」という言葉からして、ヒストリアはここに捕えられているのだろうか?
そこまで考えて悠は首を振った。
(これ以上ここで考えても答えは出んな。後は本人に聞くとしよう)
(それしかないわね、時間も短いし)
(面白い、人族の最高戦力の力、見せて貰おう)
悠は最上階の入り口に目を向けると、躊躇う事無くその中へと入って行った。
薄暗い最上階の壁一面には白い布が張られ、そこには最上階に入室した悠を正面から捉えた映像が映し出されていた。
その悠と壁との間にポツンと障害物が存在した。椅子に腰かけたその姿は小さく、レイラが探知した子供に間違いないであろう。彼女こそがヒストリアなのだ。
腰掛けたままヒストリアは映像の悠に向かって話し掛けた。
「・・・よくここまで来た、ゆー。『戦神』とまで言われるその力に偽りは無いようだな。褒めてやる」
「お初にお目に掛かる。俺の名を知っているのなら自己紹介の必要は無いか、ヒストリア?」
「愚問。ひーがする事はただ一つ。ゆー、お前に触れさせない事だ」
「・・・お前の事はオルネッタに頼まれている。救ってくれとな」
悠の言葉にヒストリアの言葉が途切れたが、すぐに嘲る様な笑い声が口から漏れ出した。
「クッ・・・クックックックックッ・・・無駄だ。ゆー、お前も、誰もひーは救えない。誰もひーに触れられない・・・」
「どういう事だ?」
聞き返す悠にヒストリアは鼻を鳴らした。
「ふん、時間が無いというのに悠長に話などしていてもいいのか? 語り出せば20分は掛かろうぞ」
「それがお前を救う糧になるのなら俺は構わん」
「っ・・・バカめ・・・いいだろう! 少しひーの事を話してやる」
即答する悠に一瞬言葉に詰まったヒストリアはそれを誤魔化す様に口調を強めて語り出した。
ひーには生まれついての能力が宿っていた。『自在奈落』と名付けられたこの力は、名付けられたという言葉通り、これまで世界に発見された事の無い能力だ。
『自在奈落』は最強の矛であり盾だ。誰もひーの攻撃を防げないし、ひーを傷付けられない。
・・・だが昔からひーは『自在奈落』を自分の意のままに使えた訳ではなかった。そして、その制御がまだままならない時にその事件は起こった。
ひーはこの国のとある町に住んでいたが、その街に魔物の大軍が押し寄せたのだ。
ひーの父はその町の町長だった。だから父は町を守る為に、ギルド本部から応援が駆け付けるまで町を、人を守る為に必死に戦った。
しかし魔物の数は桁違いで、町の防衛戦力は瞬く間に飲み込まれて行った。元来大きくも無い町だ、戦える者など女子供を合わせても200人ほどか。ひーの両親も必死に戦ったが、焼け石に水だったな。
ひーは絶対動くなと言われて家の2階でそれを見ていた。でも、2人が魔物に包囲されたのが見えて、ひーは家を飛び出した。
父と母はひーを見つけると、自分達は満身創痍なのに言ったよ、逃げろとな。
ひーは逃げなかった。だってひーには最強の矛と盾があるのだから。
ひーは初めて全力で『自在奈落』を解き放った。結果として言えば、それで町は救われた。
・・・そうだ、「町は」救われた。でもひーの両親は救われなかった。
だって、ひーの『自在奈落』に食われてバラバラになってしまったから。今でも食い破られた腹から零れて湯気の立つ両親の臓物の色をひーは覚えているぞ。
しかもひーは一緒に戦っていた他の町の人間も沢山道連れにしてしまった。魔物だけを狙って攻撃するにはひーの制御力では全く足りなかったのだ。
助けたはずの町の人に追われてひーは逃げた。逃げて逃げて逃げて逃げて・・・足が動かなくなるまで逃げて、そしてひーは武器を持った町の人達に包囲された。
皆がひーを悪魔と呼ぶ。人殺しと罵る。生まれるべきでは無かったと詰る。
疲れ果てたひーは無意識に『自在奈落』で全身を包んだ。もう誰もひーを傷付けられないように。
不思議な事に、『自在奈落』に包まれていると全くお腹も減らなかったし、そして年も取らなかった。多分、全部『自在奈落』に食われたのだ。
ゆーよ、ひーが幾つに見える? 10か? 12か? 違う、ひーは今年で27歳だ。5歳の時、『自在奈落』に包まれたままひーは15年の間一人で過ごした。20の時、気紛れに『自在奈落』を解いたら、いつの間に作ったのかひーを中心に牢獄が出来ていた。あの時は思わず笑ったな。
ひーが現れたのを見てすぐに見張りをしていた者がギルド本部に報告し、そしてわざわざギルドの統括がやって来たのだ。
ひーを化け物の様な目で見る者達ばかりで一瞬バラバラにしてやりたい気持ちになったが、当時の事を知っていた統括とその息子だけはひーに親身に接して来たのでひーは大人しく付いて行く事にした。殺すのはいつでも出来るから。
その統括が言うには、ひーの『自在奈落』は第二級禁忌指定を受けたらしい。つまり、一生飼い殺しだ。
だが、統括はそれに条件を付けた。
もしひーに打ち勝つほどの者が現れたら、その者の保護を得る事でひーを自由にすると。それ以外の方法で自由を得ようとしたら、遺憾ながら永久指名手配にしてでもひーを殺さなければならないと。
ひーはその条件を飲んだ。そろそろ『自在奈落』の中も飽きたし、外の事にも興味があった。
特に本は面白かったな。今までの鬱憤が晴れる気分だ。何より、読んでいる間は下らない事を考えなくていい。
だが統括がどんな者を連れて来てもひーの相手にはならなかった。売名目的でやって来る者にはキツイ罰を与えてやったよ。それが嵩んで、いつしか五強の一角に数えられる事になったのはひーにとっては残念な事だ。
その内、おるねーがギルド本部に入って来て、メキメキと頭角を現し、年で体の弱った統括の代わりに統括になってこの塔を作った。もしこの塔を登り切るほどの者が現れたらひーに勝つ事が出来るかもしれないと言ってな。・・・結局、今日まで誰一人現れなかったが。
そこまで語って、ヒストリアは立ち上がった。その体はくたびれたローブに包まれており、体の小ささのためか引きずってしまい端はボロボロになっていた。
「・・・後10分。そろそろいいだろう、ゆー。やるならやるぞ。怖くなったなら帰れ」
そう言って振り向いたヒストリアは確かに27には到底見えなかった。精々外見は10歳前後であろう。その目だけが外見に似合わない擦り切れ果てた目をしていた。
「何もせずに帰る事は出来んな。俺にも約束がある」
「これを見てもそんな大口が叩けるか?」
ヒストリアが椅子を蹴り飛ばし、その転がった椅子に向かって手を交差させた。そしてそのまま腕を左右に振り抜く。
すると異様な色の亀裂が空間に走り、瞬く間に椅子を飲み込み触れた部分を消滅させた。
「見たか、これが『自在奈落』だ。触れなば落ちん、必殺の矛と盾にどうしようもあるまい、ゆー。・・・もう、帰れ」
フードの下で何かに耐える様に眉を顰めてヒストリアは再度悠に警告した。
だがヒストリアは悠という男を知らない。やると決めた事に対して悠は絶対に退かないのだ。
「今の話を聞いて益々お前をここに置いておく事は出来んと判断した。ヒストリア、世界はお前が思っているよりもずっと広い。お前一人程度を受け入れられないなら、それは世間の常識とやらが間違っている。悪いが必ず連れて帰るぞ。お前に世界の広さを見せてやる」
「・・・そんな綺麗事に絆されるほど、ひーは青くない。それに・・・もう遅い」
ヒストリアは被っていたフードを取り払った。そしてその頭に嵌っている物を見たオルネッタの口から悲鳴が上がる。
「キャア!!! な、何で・・・何でヒストリアがそれを・・・!」
ヒストリアの頭には悠にも見覚えのある品が嵌っていた。それはオルネッタに渡した円環に酷似していたのだ。
「・・・それをどこで手に入れた?」
「知っているのか、この非業の円環を? ふふ、既に作動している。ゆー、お前がこの部屋に入った時にな。つまり後10分足らずでひーは死ぬ。もう誰にも止められん」
その円環の正式名称を聞いたオルネッタはそんな名前を付けそうな人物に心当たりがあった。
「ホーロ、あれはあなたが作ったのね!!! ヒストリアに被せてどういうつもりなの!!!」
「あ、あれは・・・その、た、確かにワシが開発したが、ヒストリアに渡したのはワシじゃない!!! こ、この期に及んで嘘はつかん!!!」
「白々しい・・・あなたじゃ無いならザマランがやったと!?」
名指しで非難されたザマランは細い体を震わせて立ち上がった。
「わ、私は金を融通しただけだ!!! そ、それにあんな危険な小娘などには近付きたくも無い!!!」
「じゃあ誰よ!!! 他にも協力者が、居ると・・・でも・・・」
そこまで言って、オルネッタは顔から血の気が引いていくのを感じていた。ヒストリアは第二級禁忌指定者であり、気軽に会える者など殆ど存在しないのだ。そしてホーロとザマランはヒストリアを恐れて近付こうとはしない。ヒストリアを恐れず接する者など、自分の他には・・・
「・・・ま、まさか・・・そんなはずは無いわ!!! お願い、違うと言って・・・ティーワ殿!!!」
「・・・・・・ハハ・・・」
柔和な顔を崩さぬままティーワの口から笑いが漏れた。それはどこか地の底から響いて来る様な、恐ろしい狂気を孕んでいた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! いいですね、最高の盛り上がり方だ!!! 統括代理には演劇の才もあるらしい!!! 物語の最後はやはりそうでなくてはならない!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
そう言ってティーワもフードを取り払うと、そこにはやはり非業の円環が嵌っていた。
目まぐるしく移り変わる状況に、誰も止める者が居ないまま、ティーワは狂った様に笑い続けた。
時間が掛かってしまった・・・。
少々長いので後々改稿するかもです。




