7α-9 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子9
悠と2人だけになったオルネッタが口を開いた。
「・・・ユウ、ごめんなさい。あなたを妙な陰謀に巻き込んでしまったわね」
「それよりも相手に心当たりは?」
悠の質問にオルネッタは少し考えて口を開いた。
「・・・何人かは。財務統括官ザマラン、開発統括官ホーロ。組織的な影響力を持っていて、なおかつ私と反目しているのはギルド本部ではこの2人よ」
「犯人はギルド本部の誰かだと?」
「少なくとも私はそう考えているわ。むしろ、それ以外にⅨ(ナインス)試験を妨害する理由がないもの。他の冒険者集団の誰かという線も皆無とは言えないけれど、やり口が徹底し過ぎてるし」
オルネッタの答えを受けて、悠は懐から円環を取り出してオルネッタに提示した。
「これは?」
「握り潰される可能性を考慮して渡さなかったが、犯人達が唯一共通して身に着けていた品だ。起動させて30分すると『電撃』が発動し、装備者を殺す仕組みになっている。迂闊に外しても同じ結果になるそうだ」
「なんて残酷な・・・」
受け取ったオルネッタは顔を顰めて円環を握り締めた。
「・・・ユウ、これは預からせて貰っても?」
「ああ、今から試験に行く俺が持っていても意味が無いからな」
「ありがとう。・・・それと、今回の試験は私の手が及ばない部分もあるわ。何があってもおかしくないと思って決して油断しないで。・・・降参してもいいと言えないのが歯痒いけれど・・・」
先を行くオルネッタの肩が下がったが、悠はいつも通りの口調で返した。
「最初から降参するつもりはない。試験中の妨害も考慮済みだ。相手もここを最終防衛線と思い定めているだろうし、覚悟は決めている」
「試験中は私達役員は動く事は出来ないからあなただけが頼りよ。それと、これは試験の最終段階まで進んでから中を見て」
オルネッタは後ろの悠に小さな紙を手渡した。
「その中身は私の個人的な要望が書かれているの。もし承服出来ないなら出来ないでも構わないわ。でも出来れば叶えて欲しいと思って・・・。籠の鳥の幸せを願う者として」
意味不明な一言を付け足したオルネッタに悠は頷いた。
「分かった、これはその時になってから検討しよう。・・・そろそろか?」
「ええ、ここが会場よ」
オルネッタと悠が歩いた通路の先には広い空間があり、そこには立派な塔が屹立していた。高さは60メートルほど、幅は100メートルはあると思われる。
「Ⅸ試験の舞台、試練の塔よ。ユウ、あなたはこの塔を独力で攻略しなければならない。最上階以外は私の管轄ではないから分からないし、立場上助言も出来ないけど、気を抜かないでね?」
「承知した。時間までここで待てばいいのか?」
「ええ、後1時間くらいは時間があるわ。あそこの控室の中に塔に入るに当たっての注意事項が書かれているから。それと、ここから先はギルド内で公開されているからそのつもりで。声も届くわ」
(ユウ、あちこちに魔力を感じるわ。多分映像や音を伝える魔道具ね。やり取りは『心通話』でやりましょう)
(ああ、了解だ)
悠はオルネッタに頷きながら、レイラにも了解を返した。
「私も役員室に行くわね。・・・ユウ、幸運を」
「運では道は開けまい。己の力で切り開いてこその人生だ。そちらも何があっても取り乱すなよ」
歩み去る悠の背を見て、オルネッタも決意を新たに役員室へと移動して行った。
「あっ、ユウ先生が映りましたよ!」
「どうやら今の内に試験の説明がなされるようですね」
観覧室に詰めたハリハリ達は映し出された悠を注視していたが、画面が二分割され片方に原稿を持った職員の女性が映し出され、試験内容の説明が始まった。
《試験開始まで、今回の試験に関する情報をご覧の皆様にお知らせします。なお、受験者であるユウ殿にはこの内容は伝わっておりませんので、予めご了承下さい》
「・・・今からの説明を悠先生に『心通話』で伝えたら有利になる?」
「止めときましょう。ユウ殿はそういう不正は好まないでしょう」
職員の言葉を聞いた蒼凪がハリハリに尋ねたが、ハリハリは首を振った。蒼凪には言わなかったが、ハリハリが思った通りそもそも今はそれが出来る状況でもない。
《Ⅸ試験は今回を最後に内容を一新されます。ゆえに、これまで幾多のⅧ(エイス)ランク冒険者を退けた同試験をこの機にその内容を皆様にお伝えする運びとなりました。冒険者の実質的最高峰であるⅨを得るための試練とは如何なる物なのか、皆様の目でお確かめ下さい》
そこで職員は別の原稿を手に取った。
《試験は試練の塔と呼ばれる場所で行われます。この五階層から成る塔には各階に趣向を凝らした試練が用意されており、これまでに制限時間内に三階層以上を攻略したパーティーは存在しません。ちなみに制限時間は昼の鐘から夜の鐘が鳴るまでの6時間です》
「・・・この規模の場所で6時間というのはどの程度ですか、ミリー先生?」
樹里亜の質問にミリーは即答した。
「短過ぎると言っていいわ。何があるのか分からない塔で魔物や罠を警戒しながら進むのに普通なら一階層あたり2時間は掛けるはず。私と同程度の冒険者がフルパーティー6人で挑むとして、やっぱり三階層で時間切れね」
「それを一人で6時間って・・・」
「普通なら一階に居る間に時間切れですねぇ」
見守る一同の心配を他所に、職員の説明は続く。
《また、塔に持ち込める品物にも制限を設けさせて頂きます。身に着けられる範囲の品物のみ塔に持ち込んで下さい。『冒険鞄』は持ち込めません》
「これは厳しいですよ。ユウ殿は一人、他の者の能力で補えない分は道具で補いたい所でしたが・・・」
「この条件だとほぼ個人の力しか使えない事になります。拡張機能の無いバッグを使うとしても、大した量は持ち込めませんし・・・」
「何だか条件が厳し過ぎるような・・・」
そして職員は新たな原稿に移った。
《各階の最初にその階で行わなければならない目的が示されます。受験者はそれをクリアしつつ次の階を目指していき、更に大枠の制限時間以外に各階毎にも制限時間が設定されておりますので、あまり一つの階に時間を掛け過ぎると自動的に攻略は不可能となります》
「時間と目的、両立させなければならないのですね・・・」
「まさに超難関ですよ。しかも情報が何も無いのに・・・」
そこまで説明した職員は横からの声に反応し、口調を改めた。
《・・・どうやらそろそろお時間の様です。今後の解説はその都度必要に応じてさせて頂きたいと思います。皆様、ユウ殿のご健闘をお祈り下さい》
固唾を飲んで見守る中、ハリハリは暗い部屋の中を立ち上がり、あちこちをウロウロし始める。
「ふ~む・・・・・・・・・」
「ハリハリ、少しは落ち着いたらどうだ? 普段は冷静なお前がそのザマでは子供達が緊張するだろう」
そんなハリハリを見かねてシュルツが苦言を呈するが、当のハリハリはあっけらかんと言い返した。
「ん? ああ、お構いなく。色々懸念はありますけどね、基本的にワタクシはユウ殿が試練の塔を攻略する事自体は全く疑っていないのですよ。むしろそれ以外の部分に気を払うのがワタクシの務めですからね」
「どういう事だ?」
「その内分かります。とにかく皆さんはユウ殿の応援をしてあげて下さい。ユウ殿が中に入りますよ」
ハリハリの言う通り、控室から立ち上がった悠は幾つか必要な物を身に着け、試練の塔へと向かったのだった。




