7α-7 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子7
微グロ注意報です。一応お気を付け下さい。
宿ではまだハリハリがリュートを片手に歌を披露していた。どうやら今はドラゴン退治の終盤が語られているようだ。
ハリハリは最近益々吟遊詩人としての腕を上げたようで、周囲の冒険者達は固唾を飲んでその行く末に聴き入っていた。
バローの剣で遂にドラゴンが倒されると冒険者達から拍手喝采が巻き起こり、新たなお捻りがハリハリの帽子に投げ込まれる。宴はまさに最高潮の盛り上がりであったが、悠は少々悪いとは思いながらも一つ柏手を打って場の注目を集めた。
「済まんが今日はこれでお開きにしてくれ。明日は朝から多忙になりそうだ」
「そりゃないぜ!? せっかく盛り上がって来た所なのによ!!」
「この街じゃまだ宵の口ってなもんだ。兄さんも座って一杯やろうや?」
「申し出は有り難いが、明日はⅨ(ナインス)の試験を受ける事になった。これ以上深酒すると明日に差し支えるのでな」
最初は渋っていた冒険者達だったが、悠の言葉が浸透するにつれて別の意味で盛り上がった。
「Ⅸ試験!? 久しぶりだなぁ!!」
「だけどよ、もうちょっとくらいは・・・」
「明日はギルド本部で大々的に宴会があるらしいぞ。上手く行けばタダ酒も飲み放題だ。今日潰れてしまうのは惜しいのではないかと思うが?」
尚も渋る者も居たが、悠が言葉を重ねると何とか納得したようで席を立った。
「そういう事なら、まぁいいか」
「俺が受かるか落ちるかで賭けも行われている。興味があるなら本部へ急ぐんだな。明日は朝からギルド本部自体も催し物を企画しているとの噂もある」
「へぇ、そりゃ面白そうだ! おい、ちょっと覗いてから帰ろうぜ!」
「そうだな! 最近パッとしねぇ話ばっかりでウンザリしてたんだ。行くか!!」
人の流れが出来始めると後は雪崩式に冒険者達は席を立ち、ギルド本部に場所を目指して立ち去っていった。
「ヤハハ、ユウ殿も中々口が上手くなったではないですか」
「嘘は好かんが事実であれば特に苦労はせんよ。女将、騒がせたな」
冒険者達が残していった食器を片付ける女将に悠が声を掛けると、女将は両手に食器を満載して貫禄のあるウィンクを送ってきた。
「なぁに、千客万来は願ったりさ。何ならそこの兄ちゃんをここの専属にしたいくらいだよ! 気にしないでおくれ!」
「女将殿、場所を貸して頂きありがとう御座います。借り賃はテーブルに置いていきますから」
タップリと稼いだハリハリは帽子の中の銅貨混じりの銀貨の山をガバッと一掴みし、テーブルの上に小山を作って席を立った。
「悪いね! その代わり明日の朝飯は期待しな、特別に一品増やしてあげるよ!」
「それはどうも! ではお休みなさい」
帽子の中身を鞄に流し込み、優雅に一礼すると、ハリハリは悠達と共に部屋へと引き上げたのだった。
「・・・そうですか、公開試験とはまた思い切った真似を・・・」
悠はオルネッタと話した内容をハリハリ達にも話し、その上で付け加えた。
「ハリハリの懸念は分かる。公開試験という事は、俺も『竜騎士』の力は殆ど使えないという事だ。あくまでオルネッタの思惑を満たすには試験を受けるのは人間でなくては意味が無いからな」
「大丈夫でしょうか? Ⅸ試験は過酷という噂を聞いています。昇格者が出ていないのは当然ですが、中には大怪我をした者も居ると・・・」
「『再生』すら使用を憚るとしても、『簡易治癒』なら使えよう。それにレイラの探査くらいなら他の者には分かるまい。そうそう大怪我にはならんよ」
冒険者の力量を確かめる試験であるならば、魔法の使用にも制限はないと考えられる。『火竜ノ槍』があれば大抵の敵ならば一掃する事も可能だ。
「パーティー単位の試験を一人でどこまで出来るかという懸念もありますが・・・ユウ殿には頑張って貰うしかありませんね。成功すれば我々は冒険者ギルド本部と強い繋がりを得る事になります。この小国群でギルド本部は国の首脳部に他なりません。ここを押さえれば今後の活動もやり易くなるでしょう。・・・逆に失敗すればオルネッタ女史は失脚し、我々の評価もこれまで通りにはいかなくなり、ユウ殿の目的を達するのも遅くなってしまいます。機会はただ一度しかありませんよ?」
「それでもやらなければならない。ミーノスで萌芽した更生の芽を世界に広めるには、国々を股にかける冒険者の意識改革は必須だ。オルネッタの考えは俺の構想とも合致する。是非とも成し遂げねば」
懸念を口にしたハリハリは悠の言葉で相好を崩した。
「勿論、ユウ殿であればどのような困難であろうとも退けると信じておりますよ。明日はワタクシも一観客として応援します。心理的な誘導はお任せ下さい」
「俺も応援します! ユウのアニキだったらきっとⅨになれますよ!」
「私と兄さんの言った事を思い出して下さいね、ユウ兄さん。Ⅸ試験ともなれば、きっと色々な面から資質を確かめられると思いますから」
「師であれば、たとえどの様な試練が待ち受けていようとも乗り越えて行かれるはず。明日は勉強させて頂きます」
一同の激励を受け、悠は頷いた。
「期待には応えるつもりだ。今日はもう休もう」
それでその日は終わりを告げたかに見えた。が、オルネッタとは別の思惑を持つ者が居る事をこの晩、悠は否が応でも知る事になるのであった。
「・・・この宿か?」
「ああ、人目につくと不味い。サッサと火をつけちまおうぜ」
時刻は午前三時。悠達が眠る釣魚亭の裏手には黒ずくめの男が3人、人目を憚る様に宿の壁に張り付いていた。話に参加していない男は残り2人を壁にし、油を宿の壁に塗布していく。
「何が『戦塵』だ、テメェらは朝日を拝む事無く黒焦げになっちまえ」
「これで俺達は・・・」
呪うような口調で呟き、男の手に魔力の光が宿った瞬間、上の階の窓が破られ、落下して来た物体に男の体が潰された。
「げえっ!!!」
「ヤバい!! 感づかれたか!?」
「ち、畜生!! せめて火だけでもブッ!?」
暗くて男達には分からなかったが、最初の男を潰した物体は良く見ると人型をしており、そこから生えた影が尚も火をつけようとした男の鳩尾に深々と突き刺さる。失神した男を地面に放り投げ、その影――悠は最後の一人と向き合った。
「最初から黒焦げの様な格好をしている貴様らの同類に見られるのは御免被る。さて、残りは貴様一人だがどうする? 先に言っておくが逃げられはせんぞ?」
「く、クソが!!! それでもやらないと俺達には時間が・・・あ? ま、待て!!! それじゃ約束が違――」
焦った様子の男の頭が薄く光り始め、次の瞬間、周囲を眩く照らすほどの電撃を放出した。
「アギャバババババババババババババババババババ!!!」
見ると他の2人の頭からも激しく電気が放出されており、周囲に肉の焦げる匂いが充満する。電撃は他の誰でも無く、男達自身の頭を焼いていたのだ。だが悠が着目したのはそんな物よりも宿の壁の方であった。
「いかん、引火するか」
最初に踏み潰した、壁に一番近い男の頭が今にも壁に触れそうになっているのを見た悠は物質体干渉を行いながらすんでの所で男の頭を掴んだ。
《抑え込むわよ、ユウ!》
「頼む!」
レイラが干渉を強め内側に電撃を抑え込んでいくとそれは急速に光を失い、後には焼け爛れ、眼球を沸騰させた男の頭だけが残った。
「・・・これでは情報を聞き出す事は出来んな。他の2人も同じか」
《もっと酷いわね。顔が炭化してるわよ。言ってる自分達が黒焦げになってちゃ世話無いわ》
そこに新たな人影が舞い降りた。
「師よ、賊の気配を感じましたが?」
「どうやら放火を企てた様だな。シュルツ、表通りで街の警備に当たっている兵が居たら呼んで来い。俺はもう少しこいつらを調べる」
「御意に」
走り去るシュルツから悠は再び半分顔を崩壊させた男の頭を調べると、そこには焦げた木製の円環が嵌っていた。他の2人の頭にも同じ物があったのだろうが、そちらは最後まで効力を発揮した後に燃え尽きたのかどこにも残っていない。
「こいつらの頭を焼いたのはこれか・・・魔道具の類か?」
《会話の内容から推測すると、一定時間を経過するとこの円環が持ち主に致死量の電撃を流すみたいね。使い捨て要員みたい。多分、生きてても情報は得られなかったでしょうね》
《人族も中々惨い事をするな。あんな短時間で発動するようでは元々助ける気も無かったのだろう》
レイラとスフィーロの推測に悠も同意した。あの程度の時間で発動するのならば、首尾よく火をつけられても逃げる途中で仕掛けは発動していただろう。とりあえず唯一の証拠品を悠は懐に収めた。
「師よ、連れて来ました!」
「い、一体何が・・・うげっ!?」
まだ年若い様に見える巡回の兵士は手にした明かりで現場の惨状をモロに見てしまい、その場で胃の中の物をぶちまけてしまった。
「どうしましたか、ユウ殿?」
「大丈夫ですか、ユウのアニキ!?」
「ん? ・・・キャッ! な、何ですかこの死体・・・」
そこにハリハリ達もやって来たが、ミリーは人間の肉が焼ける匂いに思わず鼻を押さえて悠に尋ねた。
「この宿に放火しようとした連中だ。取り押さえようとしたら電撃で自決した。いや、させられたと言うべきか・・・。3人は子供達がここに来ない様に付いてやってくれ。そろそろ騒がしくなって来た」
「分かりました。ビリー殿はワタクシと、ミリー殿は女の子の方をお願いします」
「「はい!」」
ハリハリ達が立ち去ると、悠は地面でえづいている兵士を引き起こした。
「ひっ!?」
「いつまでも怯えていられては困る。自分の目で見られんのなら応援を呼んで来い」
「は、はいいっ!!!」
兵士を口元を拭うと、そのまま脱兎のごとく駆け出した。
「シュルツ、周辺の警戒を。俺は兵士が来るまでこの場で待機する。・・・どうやら今晩はもう眠る暇はないか」
「了解しました」
シュルツが去り、死体と残された悠はこの陰謀が何者の手によって行われたのかを考え、兵士を待つ間、壁に体を預けて思索に耽るのであった。




