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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7α-6 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子6

「こ、こちらです」


受付嬢は緊張したままドアをノックし、入室の許可を得、ドアを開いて立ち去った。


「ようこそ、クォーラル冒険者ギルド本部へ。お会い出来て嬉しいわ、ユウ、シュルツ」


中で待っていた冒険者ギルド本部統括代理であるオルネッタは立ち上がって悠とシュルツを出迎える。


「こちらこそ。早めに来たが構わなかったか?」


「ええ、むしろ好都合だわ。明日には試験を開始するけど、構わないわよね?」


オルネッタの言葉に悠は頷いた。


「構わん。何か連絡事項はあるのだろうか?」


「普段通りで構わないわ。むしろ普段通りでないと困るわね。話したい事と・・・お願いしたい事はあるけれど・・・」


「それは?」


尋ねた悠にオルネッタは首を振った。


「お願いしたい事の一つは試験が最終段階になった時に教えます。試験の結果に影響するものでは無いから安心して」


「そうか。ならば今は聞かん」


オルネッタの声と表情から軽い内容では無いと悟った悠は追及せずに切り上げた。言うべき時に言うのなら、聞くべき時に聞けばいいのだ。


「少し話しましょう。2人とも楽にしてて」


そう言ってオルネッタは棚に保管されていた酒とグラスをサイドテーブルに置き、舐める程度の量を注いでソファーに腰掛けた悠とシュルツの前に差し出した。


「もう大分飲んだみたいだけど、このくらいなら構わないわよね?」


「頂こう」


「ご相伴に預かります」


グラスに顔を近付けると芳醇な香りが悠の鼻を刺激した。口に含むと先ほどの酒よりも雑味が無く、長い年月で練磨された味わいが悠の口に広がる。


「美味い酒だ。土産に持って帰りたいくらいだな」


「もしⅨ(ナインス)試験を乗り越えられたなら一本進呈するわ。それで、少しギルド本部の内情と今回の試験について話しておきたいの。聞いてくれる?」


童女の様に首を傾げて訪ねて来る仕草は柔らかい雰囲気を持つオルネッタにマッチしていて知らず知らずの内に首を縦に振ってしまいそうな巧妙さがあった。


「ああ、伺おうか」


「私の肩書に統括「代理」とついている様に、私はあくまでこの本部トップの代理に過ぎないの。もっとも、統括はお年だし、いつかはこの代理の文字も消えるでしょうけど、それでも私の独断で全てが決まる訳ではないわ。現在行われているⅨ試験に関しては内外からの批判もあるし。ここ数年、誰もⅨになれていない事をあなたは知っているかしら?」


「コロッサスから聞いている。ギルド本部としてはⅨの冒険者が必要な事もな」


悠の返答にオルネッタは満足そうに頷いた。


「この試験を考案したのは私なの。そして、それと同時に各地の冒険者ギルドの綱紀粛正に着手したのもね。今までのギルドの基準の冒険者では大きな脅威には対抗出来ないわ。金銭でランクが売り買いされているようではね」


「・・・それは『六眼』時代の経験からか?」


悠の言葉にオルネッタは苦笑した。


「ええ、その通り。・・・私達のパーティーは何者にも負けないと当時の私達は思ってた。皆が居ればたとえドラゴンが相手でも怖くなんてなかった。でも・・・それは若さゆえの誤りだった。『慧眼』なんて呼ばれているけど、あの時の私は客観ではなく主観で動いていたわ。それが原因でシュレイザは・・・」


過去の苦さをオルネッタは酒で飲み下した。


「・・・冒険者は強くなくてはならない。特にⅨを冠する冒険者はどんな相手でも生き残らなければならないというのが私の持論よ。だからこそ新規のⅨ試験の合格者は当時の私達以上でなくてはならない。シュレイザの二の舞にならない為にも・・・。こんな事はパーティーメンバーにだって言っていないけどね」


「しかし、厳し過ぎる試験は実力が低下していた冒険者達に突破出来る物ではなかった、か?」


「遺憾ながらね。早く私達程度は追い越してくれないと、人間は他種族に対応出来ない。一握りの強者だけでは人間を守れないのよ」


シュレイザはグラスを置いて悠を見た。


「でも私はそれにかこつけて幾つもの欺瞞を犯したのもまた事実。Ⅷ(エイス)とⅨの間が広過ぎて誰も突破出来ないのでは意味が無いのも確かよ。そこでユウに頼みがあるの」


「何だろうか?」


シュレイザの真剣な視線を受けて悠もグラスを置いた。


「今回の試験を何としてでも突破して。そしてその試験の様子を完全公開で見れる様にする事に承諾して欲しいの。必要ならそこに居るシュルツを試験に参加させる事も納得させてみせるわ」


「失礼だが、Ⅸ試験は完全非公開の上、参加者には緘口令が布かれると伺っているが?」


横から疑問を差し挟んだシュルツにオルネッタは頷いた。


「試験の内容が知れれば後の者が楽になってしまうからこれまではそうして来たわ。でもそれも突破者が出ればもう必要無い。・・・これは私の賭けなの。この試験は突破不可能な試験では無く、真に優れた者を選出する物であったと言う為の。この試験が衆人環視の中で達成されればそれは誰の目にも明らかになるわ。その結果を持って私は他の役員に対して譲歩の姿勢を見せ、現状のⅨ試験をもう少しだけ緩和する。そして役員会を掌握して真の統括となり、冒険者の実力の底上げに尽力したい。これが私の理想よ」


真剣に語るオルネッタの言葉には嘘は感じられなかった。だが、悠はその燃える瞳に僅かに別の匂いを感じ取っていた。


「・・・なるほど、それはオルネッタの本心なのだろう。だが、それが本心の全てでは無かろう?」


「・・・そんな事は無いわ。私は私なりの誠意を持ってあなたに事情を打ち明けたつもりだけど?」


「その瞳には覚えがある。それは改革者の物では無い。・・・復讐者のそれだ。仲間を、シュレイザを失った事はそこまで許し難い事だったのか?」


「!」


オルネッタの口が開いたが、そこから言葉は発せられなかった。他ならぬオルネッタ自身にその自覚があったからだ。やがて口から出た言葉は否定では無く別の事実であった。


「・・・シュレイザは私の妹よ。私はあの子の命を奪った魔族が憎い。そしてそれ以上にその魔族をどうにも出来なかった自分自身が許せなかった! ・・・だから何も知らないコロッサスやアイオーンを巻き込んででもいつか一矢報いてやりたかったの・・・」


悠は何も言わずにオルネッタの言葉に耳を傾け、そして言った。


「・・・個人的な復讐に手を貸す事は出来ない。だが、真実を吐露したその高潔さに免じて条件は全て受け入れよう。公開試験でも何でもするがいい。試験は推薦のある俺一人で受ける。強引にシュルツを参加させては批判も出るだろう」


「師よ、それでよろしいのですか?」


「誰に見られようとそれによって試験の合否が決まる訳ではあるまい。俺は構わん」


そう言って悠は席を立った。


「話はそれだけなら俺はもう行くが構わんか?」


「ええ・・・その、ありがとう」


礼を言うオルネッタに悠は首を振った。


「明日は全てを得るか、全てを失うかなのだろう? ならば今礼を言うのは早過ぎるな。それと・・・」


悠は同じく立ち上がったオルネッタの目を見据えて指摘した。


「コロッサスやアイオーンが何も知らないなどと思わん事だ。コロッサスはお前の真意を知ればこそ元リーダーとしての責任からお前に手を貸していたのだろうし、アイオーンはまさに志を同じくするからこそお前の要請に応えたのだろう。改革も復讐も個人の自由だが、いつまでも『慧眼』を曇らせたままにしておくと更なる後悔を呼ぶぞ。もっと腹を割って話し合うのだな。行くぞ、シュルツ」


「はっ」


「ではまた明日に」


言うべき事を言って悠はシュルツを伴い部屋を出て行った。後に残されたオルネッタは再びソファーに体を預け、片手で目を覆った。


「・・・ヒストリアの言う通り、ただ者じゃ無かったわね。・・・・・・・・・そっか、私は綺麗なお題目よりシュレイザの事が・・・ごめん、コロッサス、アイオーン・・・」


覆った手の隙間から一筋、透明な流れがオルネッタの頬を伝って滑り落ちて行った。

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