7α-5 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子5
ギルド本部は内部も支部ギルドより随分と広かったが豪華という印象は無く、年輪を積み重ねた風格漂う佇まいであった。
マントを翻して悠が扉を開いても最初に注目したのは大勢の中のほんの一握りであったが、悠の気配に気が付いた数人の手練れの冒険者達は酒が入っているにも関わらず思わず悠を凝視してしまった。
「・・・何者だ? 実力の底が見えん・・・」
「虹色の小手・・・『戦神』か!?」
「おい、急にどうしたんだよ? あいつらがどうかしたのか?」
「知らんのか、『戦塵』を? ミーノスに彗星のごとく現れ、たった二月でⅧ(エイス)に登り詰めた名うての冒険者だぞ!」
「フェルゼニアス家の家紋が刺繍されたケイブクロウラーのマント・・・間違いないわ」
酒場の喧騒が別のざわめきに徐々に変化していったが、悠もシュルツも好奇の視線程度で恐れ入る、または舞い上がるような可愛げのある性格はしていないので、冒険者達の間を平然とカウンターに向けて歩いていった。
しかしそこは流石にギルド本部という事であろうか。中には度胸のある者も居て、その内の一人が悠に話し掛けてきた。
「よう! あんた『戦神』ユウと『双剣』シュルツだろ? ちょっと一杯やってけよ!!」
冒険者の不躾な口調にシュルツが前に出ようとしたが、悠は素早くそれを制して口を開いた。
「済まんが俺とシュルツは口下手でな。北の『釣魚亭』で歌い手のハリハリが一曲披露しているから、興味があるならそっちに頼む」
「一杯くらいいいじゃねぇか。それとも下っ端の冒険者の杯は受け取れねぇってのか?」
「ば、バカ、やめとけよ・・・!」
話し掛けてきた男よりは多少冷静だった仲間の一人が男を止めにかかったが、熱くなった男はその程度では止まらなかった。
「うるせぇな! へっ、『戦神』も酒には弱いってか? 思ったより大した事ねぇな! 奢りの酒も飲めねぇなんてよ!」
「貴様・・・」
今度こそシュルツは怒気を滲ませて前に出ようとしたが、悠はその肩を掴んで止めた。
「酒の席での事だ。このくらいは大目に見ておけ。・・・ふむ、では一杯貰おうか」
すると悠はまだ手付かずで栓のされている酒瓶を一本手に取った。どうするつもりなのかと注視する周囲の者達の前で悠の右手が霞み、遅れて酒瓶の首がコトンとテーブルに転がると、呆気に取られる冒険者達を尻目に悠はその酒を一息に嚥下していく。
「そ、その酒はそんなに軽い酒じゃ・・・!」
その酒はいわゆる蒸留酒であり、度数も50度近い高濃度なアルコールを含んでいたが、悠はきっかり10秒で一瓶を腹に収め、空になった瓶を男の前に置いた。
「中々いい酒だ。だがせっかくなら酒は味わって飲むに限るな。楽しく飲まねば酒にも失礼だろう?」
「あ、ああ、そう、だな・・・」
悠のパフォーマンスですっかり酔いの冷めた男はカクカクと悠の言葉に首を振るだけであった。
「馳走になった。これは俺からの返杯と思って楽しくやってくれ」
悠は自分の荷物から常備していた酒瓶を一本取り出してテーブルに置き、シュルツを伴ってその場を離れて行く。その足取りには全くアルコールの影響は感じられなかった。毒物に非常に強い耐性を持つ悠はこの程度のアルコールで前後不覚になる事は無いのだ。
「・・・ハハ、何だよ、話せるじゃねぇか・・・。悪かった兄さん! もし機会があったら次は楽しく飲もうぜ!!」
その声に悠が手を上げると、酒場の各所から悠への称賛の声が上がった。
「粋だな兄さん! 今度は俺とも飲んでくれ!!」
「こっちもだ! 飲み比べしようぜ!!」
「いつでも酌をしてあげるわよー!」
それを自然体で受け止める悠にシュルツは自分の小ささを思い知らされていた。
(師は自然と人から尊敬を集める事が出来る人徳があるようだ。それに引き替え拙者はいつまでも抜き身の剣の如き。未だその背中は遠い、か・・・)
しかし、悠が自分の遥か先に居る事がどこか嬉しく感じるシュルツであった。
「失礼する。試験の受け付けはここでいいのだろうか?」
「昇格試験は午後六時まで・・・あっ!? もしかして、『戦塵』のユウ様でしょうか!?」
少し気怠げに書類を書いていたその受付嬢は悠の顔を二度見すると口調と態度を改めて切り出した。
「ああ、尊称で呼ばれる様な者では無いが、確かに俺はユウだ。Ⅸ(ナインス)の試験について伺いたいのだが・・・」
「な、Ⅸですか!? し、少々こちらでお待ち下さい!!」
受付嬢はカウンター越しである事を差し引いても少々大き過ぎる声で言い置いて、蹴躓きながらカウンターを離れていった。
(ちょっと迂闊な娘ねぇ・・・今のを聞いてまた後ろが騒がしくなったわよ?)
(どの道明日には知れる事だ。構わんよ)
悠達の背後では冒険者達がⅨ試験と聞いてまた盛り上がり始めていた。
「Ⅸ!!! たった2ヶ月でⅨ試験かよ!!! どこのギルドの推薦だ!?」
「ミーノスだろ。しかもミーノスと言やぁ『隻眼』コロッサスの推薦だぜ?」
「そいつは本物だな。あのコロッサスに認められたなんて・・・」
「・・・もしかして、数年振りに出るか? Ⅸが!!!」
「いやいや、流石にそう簡単じゃねぇよ・・・何なら賭けるか?」
「「「乗った!!!」」」
あっという間にそれは大規模なトトカルチョへと変貌し、酒場に金貨銀貨が乱舞する。
待っている悠の元にもお調子者が寄ってきて、賭け表を見せながら悠に問い掛けてきた。
「兄さん、今の所9:1で兄さんが失敗すると思ってる奴が多いんだが、ここでちょいと男気を見せちゃあくれねぇかな? 兄さんは試験を受ける側だから失敗にゃ賭けられねぇがよ?」
「ふむ・・・良かろう」
軽く応じて悠がその男に金貨の入った袋を投げ渡した。
「おわっ!?」
「金貨50枚ある。それで賭けは成立するか?」
一瞬酒場が静まり、その後大きな歓声が弾けた。
「へ、へへへ!! 流石Ⅸになろうってお方は剛毅だねえ!! もし落ちてもここの奴らが一杯奢ってくれるはずだからあんまし気を落とさねぇでくれよ!!」
「ならば俺が勝ったら勝ち分で皆に酒でも振る舞おう。楽しみにしているんだな」
悠の言葉がリップサービスだと思ったのだろうか、酒場に割れんばかりの拍手と笑い声が鳴り響いた。
「おっ、お待たせ致しました!!! 統括代理のオルネッタ様がお会いになるそうですので、奥にいらして下さい!!!」
そこに先ほどの受付嬢が急ぎ足でやってきて、喧騒に負けないように大声でまくし立てた。
「ああ、行くぞシュルツ」
「はい、師よ」
カウンターから出てガチガチに緊張しつつ先導する受付嬢の背について、悠とシュルツはその場を後にしたのだった。
悪意が無いなら悠の対応も緩めです。バローやハリハリならもっと柔らかく対応するでしょう。




