7α-4 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子4
「おい、あれって・・・」
「まさか、噂の『戦塵』!? って事はあれが『戦神』ユウか・・・」
「おい、『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』バローはどこだ?」
「へぇ・・・流石『双剣』シュルツ、隙がねぇや」
「『勇者の歌い手』ハリハリも居るな。一曲頼んでみるか?」
食事を終え子供達を部屋に返した後は宿の食堂は酒場へと変化していた。そもそもこの食堂というのが広く、100人程度は楽々収容出来るサイズなのだが、どこからか『戦塵』の噂を聞きつけた者達が続々と押し寄せて立って酒を煽っている者まで居る始末であった。
「ヤハハ、これはただでは返して貰えそうにありませんねぇ・・・」
「拙者は御免被るぞ。ハリハリに任せる」
「俺も今の内に街の地理を頭に入れておきたいので遠慮しよう」
「お任せあれ。さあさあ皆さん、そんな遠巻きに見ていないで一曲拝聴して下さいな! ハリハリの歌う『戦塵』の足跡、今を逃すといつ聴けるか分かりませんよ!!」
ハリハリが軽くリュートを爪弾いて注目を集めると、その途端にテーブルの周囲は人だかりで埋め尽くされた。悠とシュルツは顔を見合わせると、シュルツの手を強く引いてその反動で人だかりを飛び越えさせ、悠は独力で彼らの垣根を飛び越えた。
「「「おおっ!!」」」
「ハリハリの歌を聞いている最中に俺達はいらんだろう」
「では行きますか、師よ」
呆気に取られる冒険者達が立ち直る前に、悠とシュルツはその場を後にしたのだった。
「冒険者が多いせいでしょうか、夜も遅いのに随分と人通りが多いですね」
「冒険者も夜は体と心を休める事が多いだろう。この街はそれに合わせて動いているという事だな」
時刻は午後九時前後であろうか、まだ外には大勢の人間が闊歩しており、すれ違った赤ら顔の者達は酒も入っているのだろう、次なる店の名前を口にしながら賑やかに歩いて行った。
大通りを南に向かって歩いて行くと、やがてクォーラルの街の中心に辿り着いた。
「ふむ・・・南が冒険者ギルド本部、東は住宅地、西は歓楽街か。入り口に近い北側は宿や飲食店が集まっている様だな。行ってみるとすれば南か」
「住宅地や歓楽街に用はありませんからな。・・・あの髭が居れば目の色を変えて西側に走ったでしょうが」
街の中央にある案内看板を見ながら説明した悠にシュルツも頷いた。シュルツは当然娼館などに用は無いし、悠も女を金で買う様な場所へ行く事は無い。精々が雪人に付き合って酒を供する場所に行く程度である。
「あれでも随分とまともになった。それに男にはたまには発散する事も必要だろう。・・・という趣旨の事を俺の悪友が言っていた。多分言い訳だが」
「・・・その、こんな事を聞くのは失礼かと思うのですが・・・師も女が欲しくなったりする事があるのですか?」
《随分直接的な質問じゃない、シュルツ?》
レイラに強めに問われ、シュルツは顔の前で手を振りながら弁明した。
「あ、いや、別に他意は無く・・・ただ、師は拙者よりも禁欲的な生活をしている様に見えますし、強い欲望を感じさせません。やはりそれも鍛練の結果なのかと思った次第であり・・・」
「自分だけ例外だと思った事は無いな。長く続けて来た鍛練の結果として欲求はほぼ完全に抑制出来るが、疲れれば睡眠欲もあるし、腹が減れば食欲も湧いて来る。ただ、性欲に関しては俺は元々薄い性質なのかもしれん。美しい女を美しいと感じる心はあっても、それが直接的な性欲に繋がる事は殆ど無い。或いは時の流れか・・・」
《・・・》
最後の意味が掴みにくい一言以外は悠はほぼ隠す事無く事実を口にした。
「左様でしたか・・・不躾な事を聞いてしまい申し訳ありません」
「構わん。シュルツこそもう少し年頃の欲求を追及しても構わないと思うが?」
聞き様によってはかなり直接的な悠の発言にシュルツは慌てて手を振った。
「せ、拙者は男など必要ありません!! だ、第一、未だ修行中の身であり、そういう事は、その、も、もっとお互いを良く知ってから行うべきで・・・」
「・・・いや、別にそういう事を言っているのではなく、年相応に着飾ったりする事を俺は言っているのだが・・・」
シュルツの思い違いを正す悠の言葉にシュルツは硬直し、赤面して俯いた。
「あ・・・・・・そ、そういう事でしたか・・・拙者はてっきり・・・」
《・・・ユウ、それこそ年頃の女に直接言うのは感心しないわよ》
レイラの呆れた声に、悠はすぐに謝った。
「済まん、どうにも俺はこの手の話題では配慮に欠ける様だ」
「いえ・・・拙者が始めた話ですから・・・」
《シュルツもいつかはその覆面を外す時が来るんでしょう? そもそも一体いつ外す事にしてるの? もう一人前になってると思うけど?》
レイラの質問にシュルツは首を捻った。
「・・・改めて聞かれると・・・既に父は超えたと自負しておりますが、何分周りに居る者達から抜きん出たという印象が無いので・・・」
「ただ漠然と強くなる事を目指すだけでは達成感は得られまい。何か目に見える目標を持つべきだな」
「目標と言えば師に認めて貰うのが拙者の目標ですが?」
シュルツの即答に悠は首を振った。
「俺が一人前だと言えば一人前になるという物でもあるまい。現に今お前に勝てる剣士が殆ど居ないという現状は既に一人前だと言う事も出来る。それに、それでは俺が居なくなればお前は一生一人前になれないではないか。自分の心を納得させ得る目標を持たねばならんぞ」
「納得・・・」
シュルツはどうなれば自分が納得し得るのかを考えたが、元々考えるのが得意ではないので、頭の中には何も浮かんでは来なかった。・・・というより唯一浮かんで来た答えがあまりに非現実的で思考が中断されてしまった。
(・・・もし師に勝つ事が叶えば拙者も一人前と胸を張って覆面を外す事が出来るのでは・・・いや、それが出来るならば師を師と仰いでなどおらぬな・・・)
《・・・シュルツ、ユウに勝てたらとか考えてちゃ一生覆面を外せないからやめなさいよね?》
「そ、そ、そんな大それた事は、か、考えておりませぬ!!!」
図星を指されて大いにシュルツは慌てた。
「・・・勝ち負けで納得を得るつもりならせめてバローやコロッサスを目標にしておけ。俺は本気で挑まれたら加減出来ん。・・・ふむ、あれがギルド本部の様だな」
そうやって話ながら歩いている内に悠とシュルツは冒険者ギルド本部の建物に辿り着いていた。その建物は街のどの建築物よりも立派な造りで大きな門と塀を備え、それに比例するように本部の建物自体も巨大と称して差し支えない威容を誇っている。
「冒険者用の建物のせいか、まだ営業自体は終了していないな」
「冒険者は基本的に朝出て夜帰るものですから、割と遅くまで業務を行っているのでしょう。喧噪からして酒場もやっているのではないでしょうか?」
「その辺りはミーノスの規模拡大版と捉え・・・」
そこで悠はふと視点を前からギルド本部の奥にある背の高い建物に移した。その建物は尖塔のような形状をしており、悠の目はその最上階の窓辺に向けられている。
「如何されましたか、師よ?」
「いや・・・何でも無い」
悠の視線に気付いたシュルツに尋ねられたが、悠は首を振った。悠の鍛えられた視力と気配察知能力はその窓辺からこちらを見る何者かを捉えていたが、悠と目が合うとすぐに部屋の中に姿を消してしまったからだ。ただ見られるだけならばもうこの街に来てから何度も経験しているので特筆すべき点は無い。
だが悠の目にはその人物の表情までもが見えていた。それはどこか悲しそうな、そして羨ましそうな少女の顔であった。
「今晩は、ヒストリア。今回の試験の相手の資料に目は・・・って、どうしたの?」
「・・・おるねー、今その相手を見た。今回の男は確かにただ者では無い様だ。門の外からひーが見ているのに気付いた。あれが『戦神』ゆーか・・・」
「見間違えでは無いの? 門からでは昼でも顔の判別は出来ないと思うけど・・・」
「いいや、しっかりとひーと目を合わせて来たから間違いない」
「そう・・・思ったより早いわね・・・明日は試験になると思うけど、大丈夫?」
「問題ない、それでもひーに勝てるはずが無い。・・・勝ってはくれない・・・」
「ヒストリア・・・」
「もう寝る。お休み、おるねー」
「・・・お休みなさい、ヒストリア」
ヒストリア登場。本筋よりもまだ暗いです。




