7α-1 Ⅸ(ナインス)試験と奈落の申し子1
時はバローをノワール領に置いて一人悠が帰った時まで遡る。
『分体』と書き置きを残し、悠はそのままミーノスへと舞い戻った。夜も遅い時刻の為、その晩は自分の屋敷で過ごし、明くる日に報告しにミーノス王宮に顔を出した。
「やあ、ノースハイアはどうだった?」
「終わったぞ。アグニエル王子は叩きのめし、ヨークラン公は失脚した。ラグエル王が復権し、サリエル王女も無事だ。だがやはり一国の王、中々に強かだな。俺を利用して反体制派を排除し、期限を理由に追い出されてしまった」
「・・・流石は腐っても世界最大の国家の王という事か。武力で対抗出来ないなら出来ないなりに策を講じて来るとは。まだまだ私の及ぶ所ではないなぁ・・・」
ラグエルの老獪な手口にルーファウスは素直に称賛を送った。成り立ての王であるルーファウスと、幾多の修羅場を潜り抜けて来たラグエルとではまだまだ年季が違うという事だろう。
「今回の事で逃れて来た兵士や官吏、貴族を匿ったミーノスはノースハイアに恩を売ったはず。少し落ち着いたら特使を派遣して今後の両国の関係について意見を交わしたいね。今なら実りのある話も出来そうだ」
「冬のノースハイアは国土広しと言えど、生産能力は高くありません。これを機に貿易活動を活発化させたい所ですね」
「うん、だからそういう事を向こうの担当者とよく話し合って来るんだよ、ヤールセン君」
「え!?」
何気なく言い返された言葉にヤールセンが固まった。
「何を驚いているんだい? 私の副官なんだから、君が一番私やルーファウスの言葉をよく聞いているだろう? だったら君が行かなくて誰が行くのさ?」
「あの、俺はまだ宮仕えして日も浅く、政治への理解も深いとは言えませんし、ここは宰相閣下御自ら・・・」
「何を言ってるのかな? 私に今ここを離れられる様な時間があると本気で思ってる? 愛しの妻や生まれたばかりの双子達とも新年にユウに送って貰って1日過ごしただけの私にノースハイアに行けって言うのかい? その間の仕事は全部滞りなく君がやってくれるの?」
怒涛の様に質問攻めされ、ヤールセンは黙らざるを得なかった。ヤールセンの学習能力は非常に高いが、ローランの代わりを務めるにはまだまだ役者不足と自分でも認めない訳にはいかなかったからだ。
「まぁ、苦労ばかりじゃないさ。ここで君が有意義な結果を持ちかえれば、それはミーノスのみならず、世界的にも快挙だよ。もしかしたら50年、100年先にも偉人として君の名が残るかも。ご両親も鼻が高いだろうねぇ!」
「・・・もし俺がとんでもない失態を犯したら、世界的な愚挙です。50年、100年先まで俺の名前は愚物として残るでしょう。両親が泣きますよ・・・」
「暗い、暗過ぎるよヤールセン君! 昔の君はもっと自信過剰で自惚れ屋でいけ好かない奴だったそうじゃないか! 少しは昔の自分を取り戻してはどうだい!?」
「止めて下さい、人の恥ずかしい過去を蒸し返すのは!!」
「とにかく、そうならない為にも往年の才気を早く取り戻すんだね。・・・ところでユウ、バローはどうしたんだい? 一緒に報告に来ると思っていたのに・・・」
言うだけ言って反論を受け付けないローランにヤールセンは恨みがましい目を向けたが、ローランはさっくり無視して悠に矛先を変えた。
「長らく留守にしていた実家に置いて来た。いい年をして醜い兄妹喧嘩をしていたので少々手荒になったが・・・」
「・・・バロー生きてるの?」
「『中位治癒薬』を置いて来たから死にはせん」
普通、多少の怪我で『中位治癒薬』は使わない。
「そ、そう・・・で、バローの妹ってどんな風だった?」
色々聞きたい事はあったが、ローランはその中でも特に気になる事について悠に尋ねた。
「そうだな・・・バローを美形にして髪を伸ばし、性格を正反対にして女になればレフィーリアになるかと思う」
しばしの沈黙。その後はルーファウスとローランの爆笑に場は取って代わった。
「アッハッハッハッハッハッハ!!! そ、それは是非一度お会いしたいものだ!!!」
「ククク、こ、こらローラン、笑っては失礼・・・ブッ、ハッハッハッハッハ!!!」
「いや、本当に失礼ですからお二方・・・」
呆れた顔で諫言するヤールセンにローランは何とか笑いの波動を堪えて謝った。
「い、いや失敬・・・で、でもさ、そこまで真逆だとそりゃあ相性も悪いだろうなって思ってね?」
「単に両方とも引っ込みがつかなかっただけだ。今のバローなら関係の修復も可能だろう」
「それは重畳。でも困ったな・・・バローには月末に学校の武術学科で演武をやって貰おうかと思っていたんだけど。シュルツは口下手な上、使っている流派は一子相伝で門外不出だし、まさかギルザードに頼む訳にもいかないし・・・」
悠がウェスティリアとサイサリスに襲撃を受けた際にローランはその事を話そうとしていたのだが、襲撃のせいでうやむやになってしまい、これまで話す機会を逸していたのであった。
「バローは一月前後は戻らん予定だ。・・・どうしても必要ならば俺がやってもいいが?」
「ユウは剣も使えるんだったかい? ・・・っと、これは愚問だったか」
悠は武芸百般なんであろうと達人以上に扱えるが、普段は最も基本である徒手で戦っているに過ぎない。当然剣も扱う事が出来るのだ。
「ならばユウにお願いするよ。既に生徒はミーノス全土から続々と人が集まっている。我々が集めた講師陣と軽く手合わせも予定しているからそのつもりでいてくれ」
「分かった、詳しい日時が決まれば教えてくれ。それまでに俺も行っておきたい場所がある」
「今度はどこに?」
悠は南を指差しながら答えた。
「小国群にな。コロッサスにもギルド本部を訪れる様に念を押されている。Ⅸ(ナインス)の試験を受けに行かねばならんのだ」
「そうか・・・あちらは王を戴いていない国でね。実質的には冒険者ギルド本部が首脳部と言えるだろう。ミーノスとは国境を接している関係で色々やり取りもあるんだ、私かルーファウス陛下のお名前を出せばそれなりに自由も利くと思うよ」
「何かあったら頼らせて貰う事にしよう。と言っても長逗留するつもりもない、試験が終われば昇格しようが落ちようが戻って来るつもりだ」
そこでローランが苦笑を浮かべた。
「ユウ、Ⅸ(ナインス)は完全な実技試験だよ。誰が落ちてもユウが落ちるとは思えないな」
「内容は秘匿されているゆえどうなるかは分からんぞ。俺とて万能では無い」
「それを差し引いても、さ。冒険者が集まる国だから色々荒っぽい事もあると思うけど・・・ほどほどにね?」
ローランは悠の心配などしても無駄なので、悠に絡むかもしれない冒険者の方を心配しておいた。
「俺は別に揉め事を起こしに行くのではないが?」
「残念だけど、揉め事と君は不分離だよ。それこそ私達の名を使ってでも避けられる物は避けた方がいいね」
「そうだな。どれ、一筆書いておくから持って行くといい。たかが紙一枚でもそれなりに役に立つはずだ。本部の上役にも舐められる事は無いだろう」
「では有り難く貰っておこう」
話ながらルーファウスが認めた書類にローランも連名で名を書き連ね、悠に渡した。これは使い様によっては下手な貴族よりも強力な権限を発揮する為に迂闊な人物には渡す事が出来ないレベルの書類である。それだけルーファウスもローランも悠を信じている証であろう。
「そうそう、出発前にコロッサスに会って行くといいよ。今本部に居る『慧眼』オルネッタ殿はコロッサスの元パーティーメンバーだし、副リーダーも務めた切れ者だからね。話を通しておいて貰えば余分な手間が省けるよ」
「そうだったな、一度ギルドに行ってみる事にしよう。学校関連の連絡はギルドに頼む」
「ああ、行ってらっしゃい。お土産は南方のお酒でいいよ」
「酒量が増えるとミレニアを悲しませるぞ。ほどほどにな」
「ご忠告感謝」
肩を竦めるローランに軽く手で応え、悠はコロッサスに会いに冒険者ギルドへと足を向けたのだった。
悠との対話はヤールセンを弄る事は忙しいローランやルーファウスにとっていいストレス発散となっている様です。
この後舞台は小国群に移るのですが・・・相当分量が嵩みそうでして、7章は多分一番長い章になりそうな予感。




