7-55 御当主閣下の誤算16
ミリーを背負い、ソリューシャの街まで後少しという所まで帰って来た悠を待っていたのは腕組みして不機嫌そうに仁王立ちするヒストリアであった。
「ゆー、遅い!」
「済まん」
「ん、許す」
淡々、簡潔なやり取りは悠とヒストリア独特のものだ。ヒストリアとて悠がミリーの為に行動していた事は知っている。しかし、悠は確かにヒストリアと約束したのだし、約束に遅れた事は事実だ。だから悠も言い訳をせず謝り、ヒストリアもすぐに謝罪を受け取ったのだ。それらの事情を踏まえていないと茶番に見えるが、本人達は至って真剣である。圧縮言語のような物かもしれない。
「みりは寝ているのか? こんな時に外で寝たら死ぬぞ?」
「このマントは熱を遮る性質があるが、確かにこのままでは体に良くなかろうな。年長の女子に風呂と着替えを頼むか」
悠は周囲に人が居ない事を確認すると、『虚数拠点』を展開した。
「あ、悠先生! って、ミリー先生はどうしたんですか!?」
「ただいま。智樹、鍛練を邪魔して悪いが恵か樹里亜を呼んでくれるか? 服が濡れていてな、着替えなどを頼みたいのだ」
「わ、分かりました! すぐ呼んできます!」
庭で重力鋼の鉄棍を自主トレで振っていた智樹は慌てて屋敷の中に走り去っていった。その際に地面に突き立てた鉄棍が比喩では無く地面を揺らす。
「・・・相変わらず凄い膂力だな、ともは」
「能力込みの筋力ならばすでに生身の俺と同レベルだろう。それこそ鍛えるには重力鋼を必要とするくらいにはな」
智樹の突き刺した鉄棍には重力鋼を追加出来る仕組みが用いられており、そこには現在3つの重力鋼が追加装備されている。普段の生活でも智樹は両足に重力鋼を仕込んでおり、そろそろ両手にも追加しようかと考えている所だ。見た目はそんなに変わっていないが、服を脱げば引き締まった肉体が現れる。筋肉が付きにくいアルトあたりはそれを羨ましく思っていたりするのであった。
それほど待つ事も無く、恵と樹里亜が姿を現すと、すぐに悠からミリーを受け取った。
「お待たせしました、後は私達に任せて下さい」
「済まんな、俺が着替えさせる訳にもいかんからお前達に任せる」
「・・・ミリー先生は怒らないと思いますけど・・・あ、いえ、何でもありません!」
思わず素の発言をしてしまった樹里亜が慌てて訂正し、ミリーを担いで中へと戻って行った。
「悠せんせー帰って来てんの!?」
「おかえりさない、悠先生!」
「うわ、寒い~・・・朱音ちゃん、背中貸して~」
「綺麗な雪・・・って、離れなさいよ!!」
「わああ!! 雪だぁ!!!」
他の子供達も悠が帰って来た事に気付き、わらわらと玄関から湧き出して来た。
「皆も一緒に遊ぼう。今からゆーがでっかいカマクラを作ってくれるって」
遊びたい盛りの子供達にその言葉は爆発的に作用した。皆一斉に目を輝かせ、期待を込めて悠を見上げている。
「・・・そうだな、まずは風邪を引かぬように温かい服装に変えて来るんだ。恵に作って貰った防寒具があっただろう?」
「「「はい!!!」」」
言うが早いが、子供達は一陣の風となって屋敷の中に舞い戻って行った。
「子供は皆素直でいいな。大人はアレコレ悩み過ぎてダメダメだ」
「素直なまま成長出来る人間は少ない。本人よりも周りがそれを許さんからな。集団に生きるとはそういうものだ」
「・・・ひーは自分が思うように生きたい。もうオドオドして生きるのは嫌だ」
「生きればいい。その事についてはオルネッタとも話は付いている。今更四の五の言わせる気は無い」
「うん・・・」
ヒストリアは悠の服の裾を掴んで頷いた。
「お待たせしましたっ、悠先生っ!!! 今から遊ぶんですよね!?」
そして何故か一番最初にやって来たのは神奈であった。舞い上がる土煙からして、能力を用いたに違いない。
「・・・ヒストリア、この様にいくつになっても心のままに生きる者も居る。よくよく学ぶ事だ」
「なるほど、奥が深いな・・・。かんな、よしよし」
「??? 一体何の事ですか?」
悠の言葉に深く納得して、ヒストリアは手を伸ばし疑問符を浮かべる神奈の頭を撫でたのだった。
悠が和んでいる頃、ノワール家の屋敷は重い雰囲気に包まれていた。
「・・・じゃあ今の国王は傀儡か?」
「いえ、その体裁すら必要としていません。国王夫妻は軟禁状態で王宮を出る事は出来ませんし、実質的にアライアットを仕切っているのは聖神教の神官達、もっと言えば教主の考えで動いています。・・・既に王族で生き残っているのは国王夫妻のみで、ビリーウェルズ王子とミリーアン王女以外のご兄弟の方々は・・・その・・・」
言いにくそうにするクリストファーからバローはもう他の王族が誰も生き残っていないのだと察し、それを踏まえて主語を抜いて尋ねた。
「・・・ビリー達の他にも居たであろう隠された兄弟もか?」
「・・・はい」
もう誰も兄弟が生きていないという状況にビリーの顔が戸惑いに揺れた。記憶にも無く、名前も知らない兄弟であったが、自分の知らない内に身内が何人も亡くなっていたという事実がビリーを戸惑わせていたのだ。
「そもそも、ビリーウェルズ様とミリーアン様が生きていた事は青天の霹靂なのです。他のご兄弟は隠されたと言っても誰かしらその様子を窺っておりました。・・・もっとも、そのせいで所在が知られる事に繋がったのですが・・・」
「なるほどね・・・貧困にあえぐ孤児院で生きるか死ぬかって生活を王子と王女がしてるなんざ、誰も考えなかったんだな。案外ビリー達を孤児院に預けた奴はその辺を見越してたのかもしれねえ。単に何か事件があって預けざるを得なくなったのかもしれねぇが、まぁ、生きてたんだから今更だな」
「それ以前に俺達はユウのアニキやバローのアニキに会わなかったらあの護衛任務で死んでたと思います」
バローがビリーと出会ったのはローランとアルトが黒狼に襲われている時であり、もう少し遅れていれば当時の2人ではどうにもならなかっただろう。
「それに・・・薄情かもしれませんが、俺達は俺達なりに支え合って生きてきました。今更王族だのなんだのと言われても頷けません。兄弟が死んだと聞かされても、赤の他人が死んだと聞くのと変わりませんし・・・俺の血縁はミリーだけです」
「当然だわな。ユウだってお前ら兄妹に責任を丸投げしたりはしねぇだろうよ。クリスにゃ悪いがな」
「・・・致し方ないでしょう。アライアット王家も貴族も何一つあなた方をお助けしなかったのですから・・・」
そう言いながらもクリストファーの顔には落胆が透けて見えた。それに配慮した訳ではないが、ビリーはそこに言葉を重ねた。
「・・・ですが、俺とミリーが今生きているのは、俺達を逃がしてくれた王家のお陰と言えなくもありません。だから・・・一冒険者としてならお手伝いするのは吝かではありません。勿論、俺達兄妹の正体は公言しないようお願いします」
「かたじけなく思います。今はそれで十分です」
そこに部屋のドアがノックされ、レフィーリアの声が発せられた。
「レフィーリアです、入ってもよろしいですか?」
「いいぜ」
中に入ったレフィーリアはアイラの指輪を見せながらバローに報告した。
「ちょっとご報告が遅れましたけど、ユウがミリーさんを保護したそうです。今は自分の屋敷で眠っているって」
「短い家出だったな、ミリーには」
「ご迷惑を掛けてすいません。ちょっとミリーは感情が高ぶりやすい所がありまして・・・」
恐縮するビリーにバローは笑いかけた。
「いいんだよ、そのくらいの方が可愛げがあって。ウチの他の女共と言ったら可愛げがねえったら――」
ドスドスドス。
バローの言葉の途中で壁から剣が生えた。しかも3本。
「ギャアアアアア!!! お、俺んちの壁がっ!!!」
「陰口など叩くからだ。糞髭」
「女性を悪し様に言うのは紳士的では無いと思うぞ?」
引き抜かれた穴から漏れ聞こえる声にバローはがくりと膝を付いた。クリストファーは呆然と壁の穴を見つめ、ビリーは苦笑いを浮かべている。
そんなバローにレフィーリアはそっと寄り添い、肩に手を置いた。
「おおレフィー、傷心の俺を慰めて――」
「兄上、壁の修繕費は兄上個人に支払って頂きますから今日中に金貨3枚用意しておいて下さいね?」
今度こそバローは撃沈して動かなくなった。・・・一応空気は変わったが、その代償は中々高くつきそうであった。
そろそろ締めて7章閑章として悠サイドに話を切り替えます。




