7-51 御当主閣下の誤算12
重くてグロくて救いの無い話です。100%シリアスなので、苦手な人は覚悟して下さい。
彫像の様に固まる兵士の中を悠は一顧だにせず歩みゆく。兵士達は悠が近くを通り過ぎる時には目を閉じ、どうか何もありませんようにと必死に神に祈り続けた。
悠はまずクレロアに近寄ったが、クレロアは悠を見ても恐怖を表さず、むしろ嬉しそうに相好を崩した。
「・・・おお、神よ・・・我を、救いたもう・・・」
「レイラ」
《・・・強い薬物による多幸感と幻覚、現実からの乖離。脳内物質の過剰分泌で神経系と内臓全般の機能不全。もう手遅れよ・・・》
「神とやらも期間限定か。世知辛い事だな」
泣き笑いのクレロアから悠はロッテローゼとガルファに視線を移した。
「薬で作り上げた神で他人の人生を操るなど、真っ当な宗教の行いでは無いな。死ぬ前に言いたい事があれば一応聞いてやろう」
最初から助けるつもりも交渉の余地も全く感じさせない悠の口調にロッテローゼとガルファの顔色が土気色になった。しかし黙っていても殺されると感じたガルファは何とか糸口を見つける為に口を開く。
「わ、我々は争いを望む者ではありません! 聖神様の敬虔なる僕たる我々に危害を加えれば天の裁きがくだっ!?」
最後まで聞かずに悠はガルファを殴り飛ばした。勿論悠が力を少しでも込めればガルファの首から上は吹き飛んでしまうので、撫でる程度の力であるが。
「・・・別に何も起こらんが? 似非宗教家気取りは不快だ、次は手加減せんぞ」
「はっ、はぎっ!? ぼ、僕の顔がぁっ!!」
「ガルファ!」
「動くな。どうやら貴様がアライアットの頭らしいな。貴様らの企てを洗いざらい話して貰おうか。言っておくが、俺は敵対する相手は女であっても容赦せんぞ。戦場で性別など考慮に値せんからな」
悠の暴力的な雰囲気はそれが偽りなく真実であるとロッテローゼに告げていた。悠の仲間達は悠が口で言うよりも女子供には甘いと思っているが(それでも辛口だが)、悠は本気の相手ならば女でも殴る。それはサイコの例を見れば分かる事であるし、敵対したドラゴンに雌が居なかった訳でもない。ましてや悠を知らぬロッテローゼは頭からその言葉を信じるしかなかった。
「ご、拷問などに私は屈さぬぞ!!」
「最初から震えている様では強がりにしか聞こえんな」
悠の手がロッテローゼの頭を鷲掴みにする。慌ててロッテローゼは悠の手を掴んだが、その手には恐ろしいほどの力が込められていて両手で全力を振り絞っても一ミリたりとも拘束を緩める事は出来なかった。
「レイラ、読み取ってくれ」
《了解。『強制解読』》
レイラが何事かの力を発した瞬間、ロッテローゼの頭に耐え難い激痛が走った。それは一過性には終わらず、尚もロッテローゼを苛み続ける。
「あああああああああああああああっ!!!」
「ろ、ロッテ!!!」
絶叫するロッテローゼにガルファが這いずりながら近寄って行くが悠はそれに頓着せず淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「・・・なるほど、貴様の侵攻の動機は恨みとその男への愛ゆえか。真っ当と言えば真っ当な理由だが、それに巻き込まれる民は堪らんな」
ズバリ言い当てられたロッテローゼの顔が驚愕に引き攣った。『強制解読』は相手の精神に直接侵入し情報を引き出す技であり、生きている相手にしか効果を及ぼさない。だがその性質上嘘を吐く事は不可能である。
痛みも忘れ、ロッテローゼががむしゃらに悠の手の中で暴れ回った。
「やめろ!!! 私の心を見るなぁ!!!」
「在りし日のダーリングベル家は伯爵家では無く侯爵家であった。それがノースハイアの侵攻により領土を削られ、父兄は戦死。そして・・・」
「言うなああああああああっ!!!!!」
悠が読み取ったのはロッテローゼの半生である。ロッテローゼが幼い頃、まだアライアットはノースハイアよりも大きな国であった。しかし、ノースハイアが『異邦人』を戦線に投入し拡大するに当たってその領土は激減する。ロッテローゼの父はその侵攻を食い止める為に戦場で命を落とし、後を継いだ兄もまた同じ運命を辿った。
敗戦に次ぐ敗戦は決して父や兄のせいでは無かったが、現実問題として領土を削られているアライアットは貴族に広大な領地を与えたままにしておけず、敗北の責任と称してダーリングベル家を伯爵家へと没落させる。
10代で後を継がざるを得なくなったロッテローゼは妹を守る為、戦場へと出る事になる。
そこでロッテローゼを待っていたのは話に聞くよりも更に過酷な現実であった。自分の身を守る事もままならないロッテローゼは早晩敗戦を経験し、ノースハイアの兵に嬲り者にされたのだ。
ロッテローゼは自身が女として生まれた事を心底恨んだ。せめて男であれば尊厳ある死を与えられたはず。女である事で辱めを受けるのであればいっそ自ら死のうと思ったほどだ。
しかしそれを実行する直前にロッテローゼは友軍に救出され命を長らえたが、そこにはもうノースハイアへの無限の恨みに飲まれた鬼が誕生していた。
そんな風に恨みに生きていたロッテローゼの前にやがてガルファが現れる。どこかロッテローゼを敬遠していた他の者と違い、ガルファは女の身でありながら戦場を居とするロッテローゼを称賛し、そして協力を申し出た。
最初からロッテローゼもガルファを信頼していた訳では無かったが、やはり心のどこかで人の温かさを求めていたロッテローゼはやがて献身的に尽くしてくれるガルファを愛するようになる。
正直、聖神教には何の信仰も持っていないが、ロッテローゼはガルファが望む未来の為に尽力する事に生き甲斐を感じる様になっていったのであった。
「・・・お前の人生には同情すべき点もあろう。恨みが、愛がなければその身を支えられなかったとしてもそれ自体は謗りを受けるいわれもあるまい。だが、お前が誰かを殺す度にお前の影法師は増え続けるのだ。恨みと憎しみの果てには完全なる無しか有り得んのだぞ?」
「したり顔で私を語るな!!! 私の影法師が増える? ならば全員殺してしまえば後腐れもあるまい!!! ノースハイアの住人など私の知った事か!!! 全員身を引き裂くような苦しみの果てにくたばってしまえ!!!」
「ノースハイアは最早以前のノースハイアではない。この先アライアットに攻め込む事もなく、対等な国家として交渉を持つようになるだろう。『異邦人』部隊も既に存在せん。この上まだノースハイアと敵対し続けるなら、それは逆恨みだ」
「ノースハイアはノースハイアだ、何も違わない!!! 私とガルファだけになっても私は戦い続けるぞ!!! がっ!?」
吼え猛るロッテローゼの体が突然ビクンと仰け反った。その背後に居たガルファが聖神教の意匠から生えた短剣で縋り付いていたロッテローゼの首筋を刺し貫いたのだ。
「が、るふぁ?」
「・・・敵に情報を渡すなんて、君には失望したよ、ロッテ。せめて最後に僕の役に立っておくれ?」
《ユウ!! その短剣はただの短剣じゃ無いわ!! その女の星幽体を吸い取ってる!!》
崩れ落ちるロッテローゼを悠の方に突き飛ばしたガルファを短剣から発した光が包み始めた。
「・・・全く、ノースハイアもとんでも無いバケモノを飼っていたものだよ。流石にこれ以上は付き合いきれない。僕を驚かせたご褒美にその抜け殻は君に進呈しよう。所詮他の男に汚された女だ、惜しくもないさ。じゃあっ!?」
ガルファは今度こそ悠を見誤っていた。理解不能な現象であれば捨て台詞を吐く時間程度は楽に稼げると思っていたのだが、気が付いた時には目の前に拳を振り被った悠が出現していたのだ。
「下種が」
「うあああああっ!!!」
光に包まれるガルファに悠の拳が突き込まれるが、僅かな手応えを残してその拳は空を切った。
「・・・逃したか」
《まさか『転移』が使えるとはね。ビックリしちゃってほんのちょっとしか捕らえられなかったわ》
雪原に小さな音がして赤い何かが転がり、悠はしゃがんでそれを拾い上げた。それは真っ赤に染まるガルファの鼻であった。
「これだけではロッテローゼへの償いには全く足らんな。奴にはその魂を持って償って貰わねば」
悠がそれを握り潰すと、ガルファの鼻は物質体干渉によって塵へと帰った。
別行動していた悠はバロー達が時間を稼いでいる間にナグーラ解放に動いていました。と言っても時間がないので残っていたアライアット兵をフルボッコにしただけですが。
ハリハリとミリーは『透明化』を使って指揮階級の人間を探しており、シュルツとギルザードは『透明化』ではなく、途中までハリハリ達に送って貰い、『隠蔽』でその場に待機していました。
全部を説明しなくても分かったかもしれませんが、疑問に思われている方も居るかもしれないので一応説明しておきます。
ロッテローゼに関しては後味が悪くなってしまい申し訳ないです。




