7-46 御当主閣下の誤算7
他の者達を置いて悠とバローは雪の積もる庭へと出た。気温は氷点下を下回るが、その程度で泣き言を言う男達では無い。
「バロー、お前は自分の『無明絶影』をどの様な技だと認識している?」
「どんな技って言ってもな・・・単なる飛ぶ斬撃って認識じゃダメなのか?」
《100点中20点くらいの回答ね。その認識がそのまま成功率に現れてるわ。もっと頭を使いなさいよ》
「うぐ・・・じ、じゃあ何なんだよ!?」
レイラに辛辣に罵倒され、バローは身を乗り出して尋ねた。
「そもそも人間が出せる速度で剣を振っても斬撃は飛ばん。それは『絶影』であっても同じ事だ。ならばその斬撃は別の力が主になっていると考えるべきで、いくら手に力を込めても何も起こるはずが無い。使うべきは筋力では無く魔力、もっと言えば竜気だ。お前の剣は魔力を竜気に変換出来るらしいから、まずは『絶影』の体勢で魔力を剣に流してみろ」
「魔力を? どれどれ・・・」
バローは初めて『無明絶影』を繰り出した時の事を思い出し、目を閉じて可能な限り集中力を高め魔力を剣へと流し込んだ。この時魔力操作に疎いバローには感じられなかったが、真龍鉄に流されたバローの魔力が変換器を通す様に竜気へと変質し、またバローの体内を循環し始める。それに伴って刀身も淡い光を放ち始めた。
「よし、では遠くの目標物を斬るイメージで放て!」
今回は全力で放つ必要も無いので、悠は必要量に達したと見てバローに発動を促した。
「せっ!!」
タイミングを計っていたバローもその声に応えて目を開き、最初に目に付いた10メートルほど先の篝火を斬るイメージで『絶影』を解き放った。
殆ど音も無く振られた刃に傍目からは失敗かと思われたが、遅れて篝火が半ばから断ち切られ、地面に落ちて雪を溶かしていく。
「・・・なるほど、やり方が分かったぜ!! ・・・でもやっぱり疲れるなコレ」
「バローは竜気どころか魔力の操作にも慣れていないからな。それに、今の一撃で全魔力の3分の1は消耗したはずだ。もう2発も放てばまた倒れるかもしれんぞ」
《たまに発動してた時は集中して無意識に魔力を操作していたからね。今度からは意識してイメージや魔力量を調節しなさいよ。あと、竜気を使っている関係上その剣でないと『無明絶影』は使えないわ。他の剣を使って出来ないなんて間抜けな事はしないでよね》
「ちぇっ、こんな事ならサッサと聞いておけば良かったぜ。・・・でもよ、これって厳密には剣技じゃねぇよな?」
「そうだな、魔法とも言えんが純粋な剣技とも言えまい。強いて言えば闘技と言った所か」
『無明絶影』はコロッサスの『裂空』の能力に似た発動形態を取っているが、その過程は根本的に異なっている。神鋼鉄の魔力蓄積能力で放つ『裂空』に対し、真龍鉄には魔力蓄積能力は無いのだ。あるのは竜気への変換能力であり、それを剣と体内で循環・加速させて放つのが『無明絶影』なのである。威力、速度では『無明絶影』が上であるが、そこまで多数を相手にしない室内戦や、少数の相手なら『裂空』の方が使い勝手が良いだろう。
「瞬間的に竜気によって身体能力の底上げも行っている様だ。限界以上の能力を一瞬とはいえ行使すれば体に疲労を感じる程度は仕方が無い。切り札として使い所を誤らんようにな」
「でも習熟する為の鍛練ってのは何をすりゃあいいんだ? どちらかって言えば魔法の鍛練なのか?」
毎回数発放っただけで倒れる様な技では練習すらままならない為、バローは悠に効果的な鍛練法を尋ねた。
「そうだな・・・遠くを斬る感覚を養う事と、技の負荷を抑える為の身体能力を鍛える事は剣で鍛練した方がいいだろうが、魔力を効率的に動かす鍛練は魔法的な鍛練の方が良かろう。その部分に関してはハリハリに協力を仰げばいい」
「おう。上手く使えば敵を一気に減らす事も出来そうだ。・・・その、色々ありがとよ、ユウ」
《あら、妙に素直ね。バローがお礼を言うなんて雪が降るわよ・・・って、もう降って来たじゃない》
レイラの言う通り、夜になって冷えたせいか空からフワフワと白い粒が舞い降り始めた。風も吹いていないので大雪にはならないだろう。
「茶化すなっての!! ・・・ふん、体が冷えちまった、俺は先に中に入るぞ!!」
悠の返答を待たず、バローは肩を怒らせながら屋敷へと引き返していった。
《相変わらず照れ屋ね》
「俺達も入るか。明日には戦闘になるかもしれん」
音も無く降り積もる雪を踏みしめ、悠も休む為に屋敷へと帰ったのだった。
その頃、ドワイド領を越え、ノワール領へと踏み込んだドワイド・アライアット連合軍も野営の準備を行っていた。ノースハイアの冬は寒く、生半可な準備では凍死の危険性も高い為にその準備にも時間を掛けており、燃料となる薪なども大量に用意されていた。
それでも普通は冬に軍を動かす事は稀である。わざわざ危険な季節に軍を動かすという事は奇襲以外では大した効果を上げられない上、必要となる軍需品も穏やかな季節に比べると消費量が跳ね上がるのだ。先に挙げた薪だけでは無く、防寒具や食料、そして酒なども必要になる。防寒効果の高いテントなど、それだけで運ぶのに青色吐息と言った有り様だ。
ドワイド領とノワール領は隣接しているといえど5000の兵士が一日で気軽に行き来出来るはずもなく、雪中行軍させられている兵士達に高揚感は感じられない。少なくとも半分以上に当たるドワイド兵には。
「・・・クソ、何でこんな季節に戦争なんぞしに行くんだよ。しかもアライアットの野郎なんかと・・・」
「お、おい、声が大きいぞ! もし聞かれたらクレロア様に何をされるか・・・」
「・・・チッ」
警戒の為に歩哨に立つ兵士の愚痴を他の兵士が窘めた。しかし、窘めた方の兵士も内心では全く同感であった為に更に言葉を続ける。
「それよりも俺達はこの後の事を考えた方がいい。アライアットに寝返ったドワイド家はノワール家との戦争に勝っても、今度はノースハイア全軍を相手にする事になるだろう。地理的な要素に不安があるから冬の間は攻めて来ないだろうけど、春になったら大々的な国家戦争が始まるはずだ。場所はきっとドワイド領だろうな・・・」
「冗談じゃねぇ! 俺は家族が居るから仕方なく従ってるんだ、アライアットの一部になんかなるつもりはねぇぞ! 俺のオヤジはアライアットとの戦争で死んだんだからな!」
「だから声が大きいって! ・・・国境に近い場所に住んでる人間は多かれ少なかれアライアットに恨みがあるのは当然だ。こっちがそう思ってるって事は、アライアットの連中もそう思ってるだろう。たとえアライアットが戦争に勝っても、敗戦国の俺達の将来は暗いよ・・・」
敗北してアライアットに組み込まれても、元ノースハイアの者達が同列に扱われる事は無いだろう。古来から敗残者の運命が明るかったためしはないのだ。
「・・・なぁ、今回の戦争が終わったらお前も家族を連れて国を出ないか? 今まで仕えて来たが、あんな風になったのを俺は当主とは仰げねぇ。もう既に何人かには話を付けてあるんだ。今だったら相乗り出来るぜ?」
「ほ、本当か!? ・・・分かった、とにかく今回の戦を何とか乗り切らないとな。こんな馬鹿げた戦で死んでたまるか!」
「興奮するなよ。まぁ、何とか生き残ろうぜ? 勝とうが負けようがな」
いつの間にか注意していた兵士の方が熱くなり始め、逃亡に誘った兵士がそれを宥めた。この様な相談は現在のドワイド領では至る所に見られる光景であり、最早珍しい物では無くなっていた。その原因は突き詰めるならば当主となったクレロアにあった。
気弱で優柔不断な傾向のあるクレロアであったが領民に対しては寛大で、父親であるフェローザよりも人望自体は厚かった。特に弟であるバルボーラの横暴に反感を抱いていた領民にとって、穏やかなクレロアは相対的に善良な人物に見えていたのだ。
しかし、ある日を境にクレロアは急変してしまった。新当主として指名されたというのに領民の前には姿を現さなくなり、冬だというのに臨時の税金まで課して来た。元々冬を乗り切る為に蓄えた資源があった為に支払う事自体は不可能では無かったが、それを取り上げるという事は冬を乗り切るのが困難になる事を意味する。どうにか勘弁して貰えないかと有志が屋敷へと直訴に行ったほどだが、返答は冬よりも尚冷え切っていた。直訴に行った大半の者が斬首され、その家族も強制的に投獄されたのだ。冬の牢獄に暖房などという気の利いた設備は存在せず、多くの罪人とされた領民は冬が終わるまでに命を落とすだろう。
まるでバルボーラの如き振る舞いに領民達は恐怖した。泣く泣く税を納めたが、このまま座して待てば凍死か餓死で何人死ぬか見当も付かないほどだ。
打ちのめされた領民に更に悪い知らせが届けられる。突如としてアライアットの兵士がやって来て、ドワイド領に雪崩れ込んだのだ。しかしそれは侵略などでは無かった。
その後領民には「ドワイド領は今後アライアットに属し、ノースハイアを離脱する。全ては神の御心のままに」という何の説明にもなっていない説明であった。流石にこれには従えないとする領民がまた何人も斬られ、そして投獄された。
それに加えて今回の出兵である。今やドワイド家の本拠であるナグーラはかつての活気を失い、人々は明日は我が身とばかりに怯えて暮らしている有り様であった。
その原因となったクレロアは最も豪華なテントの中で、紫煙が漂う中、今日も熱心に脳裏の神様への忠勤に精を出していた。
「あは・・・神が、私を祝福して、くだしゃる・・・」
「ええ、閣下の信仰心、私も本国ですら滅多に見ないほどの物です。ノワール領を落として凱旋なさればきっと教団からも感謝のお言葉が届くでしょう。ですから、益々励んで下さいね?」
「勿論、ですとも、僧侶殿・・・えひひひひ・・・」
半ば以上現実世界から足を踏み外したクレロアの顔は悩んでいた頃よりも更に死者に近付いている様に見えた。体はアバラが浮き上がり、神に祈る手はブルブルと震えて定まらない。しかし、その目だけはギラギラと燃える様に見開かれていた。
「では、私はロッテローゼ様の所に向かいます。・・・お体に障りますから礼拝もほどほどに」
そう言って出て行く僧侶にクレロアが気付く事はなかった。
『無明絶影』の内容に触れてみました。詳しく説明すると1話必要になるので程々で。
そして割と悲惨なクレロア。巻き込まれてもっと悲惨なドワイド領民。宗教でトップを落とすと後はイージーモードです。




