7-45 御当主閣下の誤算6
「・・・と、ここまでが自分の事情であり、目下は人間界を主軸に活動しております。ミーノス、ノースハイアは今回で一応終了とし、次はアライアットに向かいます。その後は異種族の地を回る事を予定しております」
軽く食事を済ませた後、悠は駆け足で自らの事情を解説した。細かな事情まで語っていては深夜になっても終わらないので、かなり端折った説明だが、アウトラインは掴めるだろう。
「そうだったのですね・・・」
何の疑いも無くサリエルは悠の話を信じ何度も頷いたが、他の面々はそういう訳にもいかなかった。
「異世界が存在している事は俺も知っているが、神が本当に居るなどとは信じられん。そんな妄想を信じるのはアライアットの神秘主義者か狂信者だけであろう。いや、疑うと言うよりも理解出来ないと言った方が正しいか」
「私もです。それに、人間世界を手早く纏めてしまいたいのならこの国を乗っ取るなり、ミーノスをけしかけて滅ぼすなりした方がずっと手っ取り早いはずなのに、何故そうせずに回りくどい方法を取っているのですか?」
アグニエルとレフィーリアの疑問に悠は順に答えた。
「目に見える物だけが世界の真実ではありません。人が認識していなくても、或いは認識出来なくてもあるものはあるという事です。それと自分は力を用いる事を否定はしませんが、主となるのはあくまでこの世界の住人でなければ意味がありません。力で支配して世界を統一しても、自分が居なくなれば世界は再び分裂するでしょう。自分が居なくなった後でも世界を維持しようとする協力者の存在は不可欠です。ミーノス、ノースハイアは既にその意志が芽生えたと自分は考えております。それに・・・ハリハリ、ギルザード」
悠が名前を呼んだ意味を察してハリハリは指輪を抜き取り、ギルザードはスカーフを外した。
「キャアアアアアア!!!」
「ひっ!!!」
「え、エルフ!? それにデュラハン(首無し騎士)!?」
「な、なんと!?」
エルフに戻ったハリハリとフワリと揺れる生首のギルザードにサリエルとレフィーリアは悲鳴を上げ、アグニエルとパストールは思わず剣に手をかけた。
「お静かに。彼らも自分の協力者です。今の反応を見る通り、種族間の偏見や誤解を解くにはまだまだ時間が掛かるでしょう。だから自分は一歩ずつ足場を固めて行くしかないのです」
「それにワタクシは変わり者ですからね、他のエルフが人族を認めるのにはまだまだ時間が掛かります。そもそも、その見通しすら立っていないのですから」
「ましてや私の様なデュラハンを許容出来る者など、この世界広しと言えどこのユウくらいのものでしょう。ただ、私は仕える方の為に安心して暮らせる地が欲しいだけです」
「ついでに言うと、2人とも私に匹敵、いえ、凌駕するほどの強者ですからこの場での戦闘はお控え願いたい。この屋敷が更地になってしまいます」
最後にバローが冗談めかしてそう取りなしたが、目だけは本気であった。
「この様に、ただ異種族というだけで恐れ、警戒し、そして蔑む現状を変えねば平和な世界など夢のまた夢でありましょう。・・・サリエル様、彼らがあなたに何をしましたか? あなたはただ人間では無いというだけで今彼らを恐れたのではないのですか? それとも自分がここで彼らをけしかけてあなたを害そうとしているとでも思ったのですか?」
「そ、そんな事は・・・!」
「自分には今あなたを害す理由が無い。するならばとっくにしています。先入観もありましょう、現に大抵のエルフやデュラハンは会えばあなたを害そうとしたでしょうから。では、人間はどうなのですか? 人間にはあなたを害そうという意図を持った者は居ないと仰るのでしょうか?」
「あ・・・」
ほんの一月前の謀反の記憶も新しいサリエルは悠の追及に顔を青くした。隣ではアグニエルも苦い顔で悠の言葉を噛み締めている。
「盲目的な善人になって欲しいなどとは申しません。それは危険ですし、突然姿形の異なる者が現れたら動揺もなさるでしょう。しかし、その者の外見だけで善悪や正邪を決めつけないで欲しいと願っております。真なる邪悪は笑顔であなたの前に現れるでしょう。そして笑ってあなたに剣を振り下ろすでしょう。王族として国を導くのであれば、その者の内面を見抜く目をお持ち下さい」
頭を下げる悠にサリエルは深呼吸をし、動揺を収めて向き直った。
「・・・今のお言葉、忘れませんわ。それと、ハリハリさんとギルザードさんと仰いましたね? 無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません。私を許して下さいますか?」
おずおずと2人に向かって手を差し出すサリエルを見てハリハリとギルザードは破顔して前に出た。そしてハリハリはその華麗な容姿に似つかわしい気障な仕草で膝を折り、サリエルの手を取る。
「ノースハイアの小さな姫君、謝罪は確かに受け取りました。それに加えてあなた様の敬意も。この上はワタクシの事は遠慮なくハリハリとお呼び下さい」
それを見たギルザードも騎士らしい機敏さで膝を折る。
「先ほども申した通り、私の様な外見をした者を初見で区別無く見られるのはユウくらいなもの、お気になさらずに。丁寧な謝罪痛み入ります、姫君」
「ありがとう御座います、お2人とも。王位に無い私は確約は出来ませんが、もし叶うならばまたこうして友誼を交わせる事を願っております」
人間の姫とエルフとデュラハンが一場面に収まっている光景などこの世界で初めての事であろう。まるで伝説の一説の様なその光景にバローは隣の悠を肘で突いた。
「どうだ、変われば変わるモンだろ? きっとサリエル様はいい王族になるぜ?」
「知っている。でなければ最初に出会った時にラグエル王を見逃しはしなかった。だがただの善人では王族としては不足なのだ。この三ヶ月、彼女はよく学んだようだな」
「おおこわ。ラグエル王もいい娘を持ったもんだ」
ハリハリとギルザードが下がったのを見て、悠は口を開いた。
「自分の事情はこんな所ですが、よろしいでしょうか?」
「えっと・・・お兄様、何か御座いますか?」
サリエルは自分ではこれ以上思い浮かばないのでアグニエルに話を振ってみた。
「いえ、大方の事情は聴けました。あと聞きたい事と言えば、ドワイド・アライアット連合軍への対処くらいかと」
「それは私も伺いたく存じます。御当主様、如何様にして彼奴らを退けるおつもりでしょうか?」
「ん? いや、如何様にも何も、俺達だけで蹴散らしてくるつもりだが?」
バローが何でもない事の様に言うと、部屋がしんと静まり返った。悠、ハリハリ、ギルザード、シュルツ、ヒストリアは別に驚く事では無いから何も言わなかったのに対し、サリエル、アグニエル、レフィーリア、パストールは驚きのあまり声が出せなかったからこその沈黙である。ビリーとミリーは多少驚いてはいたが、この面々を見れば特に問題は無いだろうと目で語り合った。
「お、おま、お待ち下さい!! あ、相手は5000ですぞ!? そ、それに引き替え御当主様方は10人もいらっしゃらないではないですか!!! 兵力差500倍以上など無謀どころの話では御座いません!!!」
「いやいや、そう怒鳴るなってパストール。ハゲが進行すっぞ?」
「だからハゲてなどおりません!!!」
唾を飛ばして怒鳴るパストールにバローは辟易とした顔を見せたが、流石に説明無しでは悠達を詳しく知らぬ者達はこの作戦とも呼べぬ作戦を受け入れがたいらしい。
「まぁ聞けよ。兵力差が500倍以上って言っても別に一人で500人を斬れって訳じゃねえ。出来ればアライアットの兵士は多めに斬っておきたいとは思うが、戦争は頭が居なけりゃ始まらねえ。つまり、どうしても斬らなきゃならねぇのはドワイドの当主とアライアットの大将だ。2人を斬るだけなら軍はいらねぇだろ?」
「それが出来れば苦労しません!!!」
「だからぁ、苦労しないんだよ。ユウは飛べるし、ハリハリは魔法がある。ギルザードは無理矢理兵士を蹴散らしてでも辿り着けるだろうし、シュルツが冷酷無情にポロポロ首を斬り落とせば兵士はビビッて逃げ出すし、ガ・・・い、いや、ヒストリアは知らねぇけど、足手纏いを悠が戦場に連れて来るはずがねえ。ビリーやミリーだってしばらく自分の身くらいは守れるだろ?」
「はい、大丈夫です!」
「伊達に毎日厳しい鍛練を積んでいる訳じゃありませんから」
その返答にバローは満足そうに頷いた。
「ここに軍を残していけば、万一別動隊が居てもこの街とサリエル様達を守れるしな。軍同士の衝突じゃあどんなに気を付けても怪我人や死人は出ちまう。だからお前らはここを守ってろ。あ、パストールが指揮しろよ?」
「し、しかし・・・!」
「いいから信じろって。ユウ、話は纏まったから稽古付けてくれよ」
それで話は済んだとばかりにバローは剣を掴んで悠と共に外へと出て行ってしまった。
「・・・ほ、本当にたったこれだけで戦争をするつもり、なんですよね?」
「信じられん・・・いくら一騎当千という言葉があろうとも、実際は1000人を斬る事など不可能だ・・・いや、不可能なはずなのだが・・・」
サリエルとアグニエルは自分達の常識とあまりにかけ離れた面々に困惑を隠せないのであった。




