7-44 御当主閣下の誤算5
それから30分もしない内に悠はソリューシャの街に戻って来た。当然『竜騎士』では無いし、今度はハリハリ、シュルツ、ビリーとミリー、そして何故かギルザードも一緒である。更にバローが見た事が無い子供も一人、悠の服を掴んで後ろから付いて来ていた。
「・・・おい、ギルザード、お前何しに来たんだ?」
「戦争と聞いてな。今の時代の兵士がどの程度なのかを知っておこうと思ったのだ。シャロン様の為にも自分の力量を把握しておかねば」
「・・・いいけどよ、絶対首は見せるんじゃねぇぞ? 間違って退治・・・はされねぇだろうが、ウチの領地にやたら強ぇデュラハン(首無し騎士)が出るなんて評判が立っちゃ困る」
「ハハハ、話せば分かるさ。動けなくしてからゆっくり事情を・・・」
「だからそーいうのを止めろってんだよ!!!」
頭を押さえてバローは悠に向き直った。
「で、その幼女はどこで拾ってきたんだ、ユウ?」
「あっ!? だ、ダメですよバローの兄貴っ!」
「彼女は・・・」
言いかけた悠から手を離し、その子供はトコトコとバローの前まで歩いて近寄りジッと下からバローを見上げた。
「・・・何だよ、俺に言いたい事でもあんのかガキンチョ?」
「てやっ」
「イギャッ!!!」
突然脛を蹴るという暴挙にバローは雪に塗れてその場でのたうち回った。
「ひーは27歳だ。次に子ども扱いしたら〇△(自粛)を次元の彼方にバラ撒いてやる」
「な、な、何しやがる!? しかも27だと!?」
「お前も名前くらいは聞いた事があるだろう。彼女はヒストリア、五強の一人だ」
「なっ!? このガキが『奈落の申し子』ヒストリアだってのか!? うおっ!!!」
地面に寝転がったまま愕然とするバローだったが、股間に向けて踏み下ろされた足をすんでの所で回避する。
「しゅるちの言う通り、ばろは学習能力が低い。体に教え込まないと理解出来ない糞」
「な、なんて口の悪いガキだ、シュルツが増えやがった・・・うおおおおっ!?」
今度は踏み付けと剣の両方が飛んで来たのでバローは雪塗れになる事も厭わずゴロゴロとその場から転がって行く。
「ガキじゃないと言ってる」
「拙者まで貶めるとは、やはり髭は一度頭を半分に割った方がいいな。雪でも詰めてやろう」
「やめんか、ここではバローは貴族で領主だ。やるなら家に居る時にしろ」
「・・・師がそう仰るなら・・・」
「命拾いしたな、ばろ。ゆーに免じてここは引いてやるけど、もう一度ひーをガキ呼ばわりしたら潰すぞ」
悠に叱られると2人はすんなりと矛を収めた。どうやらヒストリアも悠の言う事ならば聞くらしい。
「・・・俺の居ない間に何があったんだよ・・・」
「今はそんな事はどうでも良かろう。それより話をするなら中に入ってからだ。兵士に見られては面倒な事になる」
今中庭にはバローしか居ないが、確かに領主の虐待現場などは見られて都合の良い物では無いだろう。バローとしてはいつ如何なる時であろうとも止めて貰いたいのだが。
「後で話を聞かせろよ。とにかく今はまずこっちからだ」
雪を払いながら、気を取り直してバローは悠達と共に屋敷へと入っていったのだった。
「カンザキの顔を見るのは初めてです。私、少し緊張してきました・・・」
「私は見た事がありますよ、サリエル様」
「ほ、本当ですか!? ・・・や、やっぱり凄く怖い顔をしていたりするんでしょうか?」
レフィーリアの言葉にサリエルは心の準備を整える為に恐る恐る尋ねたが、レフィーリアは微笑んで首を振った。
「別に目がつり上がったり口が裂けていたりはしませんでしたよ? ちょっと表情に乏しいですし、威圧感はありましたけど、割と整った顔立ちでしたし。印象としては・・・軍人、でしょうか?」
「はぁ、軍人さんですか・・・?」
サリエルがよく知る軍関係者と言えば親衛隊長のミルマイズと隣にいるアグニエルなので、印象としては悪くはない。
「ただ・・・少なくとも恐ろしく強い事だけは間違いありません。兄上が見ていた限りですが、彼は一度も負けた事が無いそうです。名だたる強者が彼と戦ったそうですが、『影刃』ミロ、Ⅸ(ナインス)を超えるドラゴン、そして数では500の冒険者を悉く撃退していると」
「なっ!? ミロが標的を仕損じたと!?」
「それどころか、私ですら名を知る『外道勇者』サイコをも一蹴したそうです。同じ人間とは思えません」
次々と現れるビックネームにアグニエルとパストールは呆気に取られた。剣を生業にする者達にとってそれらは戦場で出会えば死を覚悟しなければならない者達であり、決して対面したくはない死神である。それがただ一人の人間に撃退されているなど、事件を通り越して喜劇的ですらあった。
「・・・やはり王族の方々は会わない方がよろしいのではないでしょうか?」
「うむ、せめてサリエル様だけはどこかに隠れていた方が・・・」
具体的な脅威の度合いを客観的に認識出来るパストールとアグニエルがサリエルを心配してそう言ったが、その発言は逆にサリエルを怒らせた。
「駄目です!! 確かにカンザキは力を振るう事を厭わぬ恐ろしい方ですけど、無意味な暴虐を働いた事はありません! 今私がカンザキから隠れるというのは後ろめたい事があるのではないかと思われてしまいます!」
「む・・・」
「一理ありますね。私は多少兄上から話を伺っていますが、およそカンザキという人は悪であれば王侯貴族であろうとも容赦しない一方、見るべき価値をお持ちの方には庶民貧民でも敬意を払うそうです。そこには種族の垣根すらないとか・・・」
「・・・一体どういう人物なのか全く分からん。何の為にカンザキは動いているのだ?」
「それは今から聞くしかありませんね。私が思うに、裏表無く話すのが一番だと考えています」
レフィ―リアの言葉にサリエルは大きく頷いた。サリエルは言葉の裏を読むのが苦手だし、嘘を吐くのはもっと苦手なのだ。言葉通りのやり取りはむしろ望む所であった。
「カンザキが来たぜ、入るぞ」
そこにちょうどバローがやって来た為に一同の話し合いは中断され、対面の時を迎えるのであった。
サリエルの悠の第一印象はやはり軍人だった。不動の意志を宿した目元に引き結ばれた唇、そして引き締まった体からは冒険者特有のどこかダラけた気配が一切感じられない。たとえ軍服を着ていなくてもサリエルの印象は大きくは変わらなかっただろう。
悠はまず入室するとサリエル、アグニエルに向かって頭を下げた。
「お初にお目に掛かります、自分は神崎 悠。ミーノスでⅨ(ナインス)の冒険者を生業にしております」
「「・・・」」
下げられた悠の頭をサリエルとアグニエルはポカンとした顔で見つめフリーズしていた。相手が思いの外紳士的な態度であった事に意表を突かれたのだ。が、そのまま10秒ほど沈黙していたサリエルは自分が何かを言わないと悠が頭を上げられないと思い至り、慌てて口を開いた。
「・・・あ、こ、こちらこそ、その、初めまして、でいい、のかしら? と、とにかく頭を上げて下さい!!」
「では失礼します」
頭を上げた悠は口を開かずにじっとサリエルの目を見つめた。逆に言えばサリエルも悠の目を見つめている。同じ色の瞳のはずなのに、サリエルは悠の瞳の奥に星空を見た気分になって言葉も無く正体不明の感動に打ち震えていた。
「・・・コホン、サリエル様、そろそろお話を伺っては如何でしょうか?」
「・・・え? は、はい!! あの・・・」
アグニエルの促しで我に返ったサリエルだったが、何か話題をと考えても頭の中は真っ白になっており、何故か自分の髪を摘んで大声で言い放った。
「お、お揃いですね!!!」
「「「・・・」」」
「・・・そうですな。この辺りではあまり見掛けぬ組み合わせです」
暖かい室内のはずが皆の心には一陣の風が吹いた様に感じられた。一番可哀想なサリエルは髪を摘んだまま半泣きである。
「はぁ・・・見ちゃいられねぇな。サリエル様、お見合いではないのですからもっと自然に振る舞って結構ですよ。それとユウ、お前はもうちょっと友好的な雰囲気を出せよ!! さっきの傍若無人ぶりはどこにやった!?」
「さっきも何も自分は今この領地についたばかりですから何の事か分かりませんな」
「ゆ、融通を利かせやがれ・・・! それに敬語は止めろ!!」
「ヤハハ、ユウ殿も中々意地が悪い。とにかく立ち話というのも何です、一度席に着いて改めて話し合おうではありませんか。後は多少酒でも入れば口の滑りも良くなろうというものです。どうですかバロー殿?」
後ろでニヤニヤと事の成り行きを見守っていたハリハリがリュートを片手に割り込んで提案して来た。バローも頭をガシガシと掻きながらそれを受け入れる。
「わーったよ、どうせそろそろメシにする気だったからな。言っておくが、ケイの料理ほど美味くねぇからな?」
「ヤハハ、ケイ殿より料理が上手い方はワタクシ、ベリッサ殿以外は知りませんね。それに・・・友好的な雰囲気でならそんなに不味い食事にはなりませんよ。ね、皆さん?」
ハリハリがウインクして言うと、他の者も異論は無いのか皆一様に頷いた。率先して空気を軽くしようとするハリハリにこの場は任せようという空気が醸造され、一応は険悪な雰囲気にならずに食事と相成ったのであった。
過剰戦力が揃い踏み。オマケに何か口の悪いのが増えてますが、今は気にしないで下さい。
そしてテンパるサリエル。どこに居ても馴染めるハリハリ。対照的ですね。




