7-42 御当主閣下の誤算3
「・・・陣容を見たか?」
バローの問いにパストールは首を横に振った。
「私は直接は見ておりませんが、『遠見』を使える者に確認させましたので情報は正確です。ドワイド兵が3000、アライアット兵が2000といった所で、時期が時期だけに大規模な攻城兵器は見当たりませんが、アライアット兵の質は知っての通りノースハイアよりも上ですし、魔法による突破を図って来る可能性は十分に有り得ます」
「チッ・・・籠城が得策だろうが、冬のこの時期に街に被害が出るのは頂けねぇな。だが5000相手じゃいくら鍛えてるからって平野で渡り合うのは少々厳しいか。こっちも2000を全部引っ張って来る訳にゃいかねぇし・・・」
古来より籠城は兵力差がある場合にその戦力格差を縮める有力な策であるが、当然守備側も無傷という訳にはいかないのだ。しかもそれが多数の人間が住まう街であれば尚更である。
「王都に援軍を頼みましょう! アライアットが国境を侵しているのであれば、これは最早貴族同士の諍いではありません、紛う事無き侵略戦争です!!」
「勿論、王都にも伝令を飛ばしますが、恐らく戦争の開始には間に合わぬでしょう。ここから王都までは早馬で2日、馬車なら3日、兵士を連れての行軍であれば4日は掛かります。パストール、奴らがここに来るまでに何日掛かる?」
「2日半・・・いえ、2日と見て良いでしょう。ドワイド家もアライアットも王都からの援軍は見越しているはず、援軍が来るまでにこちらと接敵する腹積もりでしょうな」
頬を紅潮させて意見を述べるサリエルであったが、熱くなっている者が居る事で逆にバローは頭が冷えたらしい。冷静にパストールからの情報を精査していった。
「今から早馬を飛ばしても都合6日間は援軍は見込めない、と。5000の兵士に包囲されて6日間もこの街がもつかどうか・・・。いや、防ぎ切っても住人に被害が出るな。んじゃあ野戦しかねぇか」
「しかし、この街を空にも出来ません。それに各地に放つ偵察兵も必要ですし・・・野戦に参加出来るのは1500がいい所でしょう。3倍以上の戦力差ですぞ! 倍なら今の兵士達なら地の利を生かせばなんとかなるかもしれませんが・・・」
「だな。まさかアライアットを引っ張って来るとはなぁ・・・クレロアとフェローザ、どっちが企んだのか知らねぇが、たとえ俺を殺してノワール領を取ったってその後袋叩きに遭うだろうに。馬鹿な真似を・・・」
「どうしてそんなに落ち着いているのですか、ノワール伯!! あなたの街や領地が侵されようとしているのですよ!?」
やけに悟り切った様子のバローにサリエルは恐ろしい形相で(と、本人は思っている)詰め寄ったが、当のバローは完全に冷静さを取り戻していた。
「熱くなっても兵も金もどこからも湧いてこないからですよ。私がやらなければならない事は、まず第一に領民の安全を守る事、第二に兵士達を無事に帰してやる事です。サリエル様も国政に携わるおつもりならどれほど怒りや憤りを感じても頭まで熱くなさらない事です。それでは付いて行く者が犬死にする事になりますよ?」
「・・・ベロウ殿、その言い様は些か無礼ではなかろうか?」
バローの諫言にアグニエルの柳眉が逆立ったが、バローはそれでも冷静に答えた。
「本来ならばアグニエル殿下・・・いえ、アグニエル殿が言わねばならぬ事です。サリエル様をお守りすると仰るならばサリエル様に間違った道を歩まぬ様にお勧め下さい。それにサリエル様、まず御身に危険が及べば、犬死にするのはアグニエル殿であるとご理解下さい。人の命は一度失われればもう決して戻らぬものなのです」
「む・・・」
「・・・! も、申し訳御座いません・・・。戦場を知らぬ小娘が出しゃばりました」
「こちらこそ大変失礼な口を。ですが、未来のノースハイアを導くのはやはり王族の方々です。教師面する訳ではありませんが、今回は黙って見守っていて下さい」
素直に謝るサリエルにバローも丁寧に頭を下げた。王族に説教など自分のガラでは無いと内心では苦笑したが、臆する事無く言える様になったのも同じ人物の影響からだろう。
「それと、こうなったからにはサリエル様を王都へお返ししたいのですが、相手方の伏兵でもいれば危険です。ですので、状況が整うまで少々お待ち頂けますか?」
「それは戦争が終わるまでこの街でという事でしょうか?」
監察に来たサリエルだったが、事が貴族同士の正統性を見極める事では無く、侵略行為への抵抗となればもう出番は無いのだ。逆にどう安全に帰すかに悩む所であるが、それについてはバローには世界一安全な乗り物について心当たりがあった。
「いえいえ、すぐにお帰り願えますよ。・・・ところでサリエル様、前回お会いした時からどれくらい時が過ぎましたでしょうか?」
「え? それは当然お兄様の一件があってからですのでそろそろ一月近く・・・あっ!?」
わざわざ時を尋ねたバローの言いたい事が何となく察せられたらしく、サリエルは口に手を当ててバローを見た。
「ま、まさかノワール伯、あなたは・・・」
「はい、そのまさかです。そもそもこの切り札がなければ私もそう冷静にはいられなかったかもしれませんな」
バローは側で事の成り行きを見守っているレフィ―リアの方を向いて手を取った。
「あ、兄上?」
「レフィー、切り札を使うぜ。・・・アイラ、聞こえてるよな?」
《ええ、こちら感度良好・・・って言ってもあなた達には分からないわよね。ま、聞こえてるって事よ》
「上等、んじゃ早速繋いでくれよ。・・・我らが切り札殿にな」
ニヤッと笑ったバローの顔にはもう一抹の不安の残滓さえ残ってはいなかったのであった。




