7-38 御当主閣下の帰還3
全く朝の爽やかさとは無縁の言動とグロ描写に注意です。
一方、軍を擁して進むドワイド家の馬車の中では現当主であるフェローザ・ドワイド伯爵が息苦しさを堪えた表情で作り笑いを浮かべていた。
「今回は大人しくしておれよ、バルボーラ。硬軟取り混ぜてようやく得た好機なのだ。ノワールの領地が手に入れば、我ら一族の領地は侯爵をも凌駕しよう。中央に進出するのも夢では無くなるのだからな?」
フェローザが圧迫されている原因は座っていても尚巨大と言える彼の息子のせいであった。悪名高きバルボーラ・ドワイドである。
「グハハハハ! 親父殿も何を心配しておるのやら!! 小娘一人、オレにかかれば躾るのは造作も無いわ!! 所詮女など男に組み伏せられればすぐに大人しくなる卑しい犬に過ぎませぬ!! 口では嫌がるフリをしても本音では男に屈服されたがっておるのです!! 特に今回のレフィーリアめは昔から気位の高い事この上ない女でしたからなぁ、今からどんな声で鳴くのか楽しみですわい!!! ガッハッハッハッハ!!!」
「そ、そうか? うむ、お前の手腕に期待しておるぞ?」
馬車の中に響く声の大きさに辟易しながらも、フェローザはバルボーラを諫めなかった。今ノワール家を仕切っているのはレフィーリアだけであり、彼女さえ落とせばノワール領はドワイド家の手に落ちるのだ。当主であるベロウ・ノワールが居ない間に全てを終える為にはバルボーラの腕っ節と悪名に賭けるしかないのだ。
それに、これをおいて上手くバルボーラを遠ざける機会も無いだろう。バルボーラは間違い無く遠からず問題を起こすだろうから、後々コッソリと毒なり刺客なりで闇に葬ってしまえば後にはドワイド家の物になった領地だけが残るという寸法であった。フェローザは既にバルボーラに全ての汚名を被らせて抹殺するつもりなのだ。
バルボーラはバルボーラで自分の領地を手に入れた暁には一地方領主で納まっているつもりなど毛頭無く、手始めに実家の土地を手に入れ、行く行くはノースハイアの全てを我が物にせんと画策していた。そもそもバルボーラは先に生まれたというだけで無条件に(とバルボーラは信じている)実家の権力基盤を引き継ぐ臆病者の兄と自分を蔑ろにする父を心の中で憎んでおり、いつかその首をへし折らんと機会を窺っているのであった。ある意味似た者同士でり、本当の禍根は同族嫌悪なのかもしれない。
もしバローが留守にしたままであれば、第一段階においては2人の思惑通りに事が運んだ可能性はそれなりに高かった。練度で勝るノワール兵もレフィーリアを盾にされては抵抗を続けるのは難しいし、それでなくてもバルボーラは強さだけならノワール兵を圧倒する強者である。レフィーリアとノワール家の命運は風前の灯火だったのだ。
そう、「だった」。つまりは過去における仮定である事がノワール家とドワイド家の明暗を分ける事になるのである。
街に近付くドワイド家の軍勢に一台の馬車が数人の供を連れて立ちふさがった。しかし、この時点ではドワイド家の者達は単なる先触れの使者程度にしか捉えておらず、その接近に警戒は無い。相手は数人、こちらは300も居るのだから当然と言えば当然であるが。
「ドワイド家の方々よ、その場で止まられよ!!! 御当主様より直々に申し伝えたきお言葉がある!!!」
戦場で鍛えたパストールの声が朗々と平野に響き渡る。その言葉を受け、停止した馬車からフェローザとバルボーラが降り立った。
「なんだ、将来の夫を出迎えるとは中々殊勝な心掛けではないか。それともそんなにオレに抱かれるのが待ち遠しかったかな? グフフフフ・・・!」
「ひ、控えよバルボーラ! とにかく、出迎えご苦労である! レフィーリア殿は中に居られるのか?」
余計な事を言い出すバルボーラを抑え、フェローザはレフィーリアの姿を求めて馬車の中を窺った。が、そこから出て来たのは予想もしていない人物であった。
「・・・困りますなぁ、フェローザ殿。常識的に考えて私の頭越しに進める話では無いでしょう? しかもこんなに兵を領内に入れるとは・・・納得の行く説明をして頂きましょうか?」
馬車から姿を現したバローにフェローザの顔がポカンとした表情に固定され、バルボーラは面倒臭げに舌打ちし、小声で呟いた。
「チッ、帰ってやがったのか・・・」
「・・・・・・・・・はっ!? こ、こ、こ、これはべ、ベロウ殿!? あ、いや、い、いつ王都からお帰りに!?」
「昨日ですよ、フェローザ殿。・・・それで、早く説明を願えますかな? 家に帰るなりレフィーリアは鳴きじゃくるばかりで話になりませんし、今もこうして馬車から出て来ようとしません。兵士の話では今日お宅と縁談がある事だけしか分かりませんし、こんなに多数の兵を連れて来る理由も分かりません。一体何を考えておいでなのですか?」
「それは・・・その・・・」
まともに言葉を返せないフェローザに比べ、バルボーラは既に覚悟を決めていた。バローが馬車から離れた隙を見計らい、ノワール家の馬車目掛けて強行突入を図ったのである。
「うがああああああッ!!!」
「ば、バルボーラ!?」
2メートルの筋肉と鉄棍の威力に耐えかねてノワール家の馬車のドアは内側に向かって押し開かれ、バルボーラは血走った眼で内部のレフィーリアの姿を求めた。が、そこに居たのは・・・
「・・・ブヒブヒ」
「ぬっ!? れ、レフィーリアはどこだ!?」
ブヒブヒとバルボーラの足の匂いを嗅ぐ子豚が一匹馬車の中に居るだけで、肝心のレフィーリアの姿はどこにもない。
「おお、救い難い猪突猛進バカ発見。褒美に昨日から「鳴き」じゃくるレフィーリア(豚:雌:6か月)を進呈するぜ。同じ豚同士気が合うだろうよ。精々可愛い子でも産ませてやってくれよ。・・・さて、フェローザ殿・・・いや、フェローザ。俺の留守にレフィーに無理難題を持ち込んだ上、息子を使っての乱暴狼藉は許し難いぜ? 悪いが今すぐ選んで貰おう。この場で全ての罪を認めて大人しく王家の裁きを待つか・・・バラバラになってノワール家の領地の肥やしになるか。俺はどっちでも構わんがなぁ?」
「そ、そんな・・・!」
ガラリと口調を変えたバローにフェローザの顔面が一瞬で土気色に染まった。ノワール家を窮地に追い込みに来たはずなのに、何故かいつの間にかドワイド家が窮地に立たされている意味がフェローザには全く理解出来ず、一言呟いた後はどうやってこの場を逃れるか、それだけを考えて周囲にせわしなく視線を移動させ、そして轟音と共に今度は外側にドアが吹き飛んだノワール家の馬車に救いを見出した。
「ベロオオオオオオオオッ!!!」
「ばばばバルボーラ!!! こ、殺せ!!! ベロウを殺せぇ!!!」
人の皮を被った暴力の化身と化したバルボーラが再び鉄棍を手にバローを打ち倒さんと迫った。
「グフフ、貴様は殺してレフィーリアに食わせてやる!!! レフィーリアにはそれこそ豚の様に死ぬまで子供を孕ませ続けてやろう!!! 死ねぇ!!!」
「・・・ケッ、想像以上のゲスだな。こんなオーク(豚鬼)野郎をウチの領地に入れやがって・・・レフィーの結婚相手は俺が認めたイイ男しか許さねぇよ!!!」
突撃してくるバルボーラに合わせてバローも腰の剣にその場で構え、横から見るとバルボーラがすれ違っただけの様に見えた。しかしそんな事は有り得ない。なぜなら確かにバルボーラの鉄棍は振られていたからだから。
すれ違った2人で先に動いたのはバローであった。大きく息を付き、鯉口を切っていた剣をチンと鞘に納める。
「借りたぜ、コロッサス。『破鏡』は無理だが『朧返し』をよ。そして食らえ、名付けて『夢幻朧月』・・・」
「・・・ぶ、ぶぶ、ぶぶぶブブブルアアアアアアアアアアアアッ!?」
その衝撃が伝わった訳でもあるまいが、バルボーラの鉄棍が先からバラバラと積み木の様に崩れ始めた。全てが細かいパーツに分けられたその崩壊は鉄棍だけに収まらず、バルボーラの両手にも幾重に朱線が走り、小さなパーツとなって崩壊していく。その様子はユウがラクシャスとしてガストラの手を切り落とした時よりも更に凄惨な有様であった。
「ギヒィイイイイイイイイイイッ!? イヒッ、ヒッ、イギイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!」
「おお、ようやく豚らしい言葉を話す様になりやがったか。人間様の真似なんぞしやがって生意気なんだよ。・・・っと、ホラ、レフィー、食え食え。共食いかもしれんが」
そこにやって来た馬車の中の子豚がバルボーラだった物を啄み始めた。ついでに冬でエサに飢えていた野鳥なども飛来し、バルボーラの一部を片付けていく。
「おごっ!! おっ、オデッ、オデのデッ!? ブギャアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
動物達に自分のバラバラにされた手が咀嚼されていく光景にバルボーラは半狂乱で暴れたが、大量の血液を撒き散らすバルボーラはその内大地を地に染めて弱弱しく蠢くだけの肉塊と成り果てた。・・・ちなみにフェローザはバルボーラが両腕をバラバラにされた時点で既に夢の世界に旅立っていたのである。




