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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7-34 舞い戻る竜10

人によっては痒くなったり胸焼けなどの症状を発する恐れがあります。

(冷てぇ・・・)


暗闇の中でボンヤリとした意識の中、バローは額に当てられた何かを感じ取っていた。その感触はどこか懐かしくバローの記憶を刺激する。


(・・・いつの記憶だったか・・・・・・・・・ああ、思い出した。ありゃあ俺がまだガキだった頃、風邪を引いた時だっけか・・・)




この世界では病気を治療する魔法はごく軽度の物しか開発されておらず、風邪といえども馬鹿に出来ない事情があった。特に体力に劣る子供は死亡率が高く、バローの両親も可能な限りの治療で息子の回復を目指したが、3日経ってもバローの高熱が収まる気配はなく、そろそろ王都から高名な医師を呼び寄せるべきではないかと両親は真剣に検討し始めていた。


そんな晩の事である。その夜も高熱でうなされて、浅い眠りと覚醒を繰り返していたバローの額に小さく冷たい何かが押し当てられ、額から熱を吸い取る様な冷たさにしばし酔いしれたバローは恐らく母親であろうと思い、そっと目を開いた。


「・・・(え? レフィー?)」


そこに居たのは5つ年下の妹であるレフィーリアであった。レフィーリアはベッドの縁からその短い手を懸命に伸ばしてバローの額に当て、祈る様に呟いている。


「おにいさまのごびょうきが、はやくよくなーれ、はやくよくなーれ・・・」


妹に声を掛けようとしたバローは自分の口が声を発していない事に今更の様に気付いた。そしてそれ以上に冷たい手が心地良く、久しぶりの深い眠りの気配がバローの意識を沈めて行く。


いつもよりもぐっすりと眠れた次の日の朝、バローの高熱は少々平温よりも高い程度にまで収まっていた。両親は回復を喜んだが、バローがその前日の晩の事は高熱の為、レフィーリアについては朧気なまましっかりと記憶される事は無かったのである。




「レフィー」


「っ!? お、起きていたのですか、兄上?」


慌てて手を引っ込める気配にバローは苦笑しつつ目を開けた。昔からこの妹は面と向かって人に優しくするのが下手なのだ。


「今起きたんだよ。相変わらず冷てぇ手だな。思わずガキの頃を思い出しちまった」


「な、何の事か分かりませんが?」


「・・・何でもねぇよ。うっ、イテテ・・・」


起き上がった拍子に痛んだ腹にバローは手を当てて呻いた。悠の蹴りは少し休んだ程度ではダメージが抜けないらしく、全身にも重い倦怠感が蟠っていた。


「兄上、カンザキがこれを」


「ん? ・・・へっ、『中位治癒薬ミドルポーション』かよ、やり過ぎだっての」


レフィーリアから差し出された小瓶を受け取り、苦笑しつつも小瓶を一息に飲み込んだ。


「ふぅ・・・んで、あいつはどこだ?」


「隣の部屋に居ますよ。散々人の家を掻き乱しておいて図太いというか何というか・・・兄上はいつもあんな仕打ちをされているのですか?」


「ベロウさんじゃなかったのか、俺は?」


「あ、揚げ足を取らないで下さい!」


顔を真っ赤にして怒るレフィーリアにバローは素直に謝った。


「ワリィ。でもなレフィー、あいつが俺に厳しくする時は何か理由がある時なんだよ。あいつが本気だったら今頃俺の腹には大穴が開いてるかバラバラ死体になってるさ。さしずめ今回は・・・いい加減、わだかまりを捨てて大人になれって事なんだろうな。話も聞かずに悪かった」


素直に頭を下げたバローを見て、レフィーリアは口を引き結んだ。つい悪態をつきそうになったが、悠に言われた言葉を思い出し、苦労して口を開く。


「わ、私こそ、出会い頭に、その・・・感じの悪い態度を取ってしまって・・・ご、ごめんなさい・・・」


「・・・お前本当にレフィーか? 体は育ってるけど偽物なんじゃねぇの?」


怪訝な顔をしたバローが人差し指でレフィーリアの胸をツンツンとつつくと豊かな胸がプルンと揺れ、先ほどとは違う理由で赤くなったレフィーリアの平手打ちがバローの頬に炸裂する。


「ぶへっ!?」


「な、な、な、何をしているのですか!? 兄上の不埒者!!! 変質者!!!」


「イチチ・・・本物かどうか確かめただけじゃねぇか、おーイテェ・・・。だけど、この平手は本物だな。お前はそのくらいでちょうどいいんだよ。家族に気後れしてんじゃねぇ」


「兄上のバカ・・・」


「知ってる。お前と違って出来が悪かったからな、俺は」


先ほどの所業は言語道断だが、レフィーリアは久しぶりにバローと普通の兄妹として会話を交わしていた。これまでは会えば売り言葉に買い言葉で毎回喧嘩別れになるのが常であっただけに、その変化は新鮮な感覚だった。


「・・・兄上は変わりましたね、それも恐らくは良い方に。先ほどの行為はいただけませんが」


「そうか? まぁ、多少は努力はしたかもしれねぇが、自分じゃそんなに変わった気がしねぇけどな」


「いいえ、今までの兄上なら私の事をうるさがってまともに話そうとしませんでした。・・・私も兄上には素直になれませんでしたし・・・」


「お互いもうガキじゃねぇんだ。いつまでも下らねぇ理由でギスギスしてる事もねぇだろ。・・・またユウにぶっ飛ばされちゃ堪らねぇしな」


バローの口から漏れた人名にレフィーリアが首を傾げた。


「ユウ? カンザキの事ですか?」


「あ・・・待て、今のは聞かなかった事にしろ。俺が漏らしたってバレたらまたぶっ飛ばされちまう! いいな!?」


レフィーリアに口止めを頼んだバローだったが、それに合わせて隣の部屋に面した壁がドンと鳴り、諦めて肩を落とした。


「・・・地獄耳め・・・」


「名前がバレると何か不都合があるのですか?」


「・・・あー、分かった分かった。レフィーには話すから最後まで黙って聞いてくれ」


結局、悠の事も含めて事情を白状する羽目になったバローであった。




「この2ヶ月の間、そんな事をしていたのですね・・・」


「ああ、文字通り世界中を飛び回ってるよ。お陰で多少は強くもなった。・・・まぁ、ユウには敵わねぇけどよ」


「兄上、ならば尚更お願いします。今の兄上であれば誰も後ろ指を差す事無く従うでしょう。政務が煩わしいなら私が代わりにやりますから、どうかこの家に帰って来て下さい」


先ほどとは打って変わったレフィーリアの様子にバローはガリガリと頭を掻いて押し黙った。出て行けと言われればこれ幸いにと出て行くが、残ってくれと言われる事は想定していなかったのだ。ラグエルも改革を進めているがノワール家の領地は辺境であり、その施政が行き届くのもまだまだ時間が掛かるだろう。領地を狙うのはアライアットだけではなく、親族もこの地を狙っているというのならレフィーリアがバローの武力に頼るのも頷ける話であった。それでも。


「・・・悪い、それは出来ねぇ」


「っ! ・・・やはり私のお願いでは聞いて貰えませんか?」


「違う、そうじゃねぇ!! そうじゃねぇんだよ・・・」


縋り付いて来るレフィーリアだったが、それでもバローはその要請に応える事は出来なかった。バローにも自分の夢があり、共に歩む仲間が居るのだ。いつか帰って来る事があるにしても、それが今でない事は確かであった。


そもそも自分はこの家を捨てたつもりになっていたバローであったが、こうして腹を割って話し合えばレフィーリアに家族の情も湧いてくる。簡単には断ち切れないしがらみであったが、会ってしまえばもう切り捨てておく事は出来なかった。


バローはレフィーリアの手を握って真剣に語り掛けた。


「・・・俺を頼りにしてくれるのは正直言って嬉しく思う。頼りない兄貴だったからな、俺は。俺が居なくてもレフィーならこの領地を上手く経営していけると思ってた。俺の・・・自慢の妹だからな」


「兄上・・・!」


「だからこそ俺は行かなくちゃならねぇ。何か一つでも胸を張れる事がねぇと、恥ずかしくてお前の隣にゃ居られねぇよ。そんなんじゃいつまで経っても俺は駄目な兄貴のままだ。・・・初めて俺を頼ってくれたのにすまねぇ・・・」


「・・・初めてなんかじゃありません!!!」


レフィーリアが手を振り解いてバローの胸に顔を埋め、溜まりに溜まった心情を吐露していった。


「ずっと、ずっと頼っていました!! 母上が亡くなった時も、父上が亡くなった時も、ずっと頼っていました!!! でも兄上は私と悲しみを共有してはくれなかった!!! だから、だから私は一人で何でも出来るように頑張って・・・でも兄上は益々家から離れていって・・・!」


レフィーリアの言葉にバローは大きな衝撃を受けていた。妹の人格形成に悪影響を及ぼして居たのが自分だと知り、顔を歪めてレフィーリアを抱き締めた。


「・・・俺って奴ぁどこまでも救いがねぇ・・・! 済まなかったレフィー!!!」


「もうどこにも行かないでよ、お兄様・・・」


幼い時分に戻ったかのように自分の胸で泣きじゃくるレフィーリアが泣き止むまで、バローはレフィーリアを守る様にずっとその体を抱き締めたのだった。

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