1-41 デートという名の戦い3
「女三人を同時に連れ回して泣かせて、随分と色男だな、ええ?悠?」
「さて、何の事か分からんな。眼鏡の度がずれているんじゃないのか?」
「ずれているのは貴様の常識と感性だろうが!何故デートに来て説教が始まるんだ!?前にも言ったが貴様は僧か!!」
「もしそうなら雪人を調伏してやるのだがな」
「やれるもんならやってみろ!呪い返してやる!」
先ほどとは打って変わって、下らない言い争いをしているのは当然悠と雪人だった。雪人は実は途中から入店していたのだが、女っ気の全く無かった悠が三人も連れてランチとはこれ如何に?と思い、背中合わせの席に着いて覗き・・・観察していたのだ。そうしたら途中まではいい雰囲気だったのに、いつの間にか燕が泣き始め、しまいには全員を泣かせてしまうにあたってさすがに見かねた雪人が割り込んだのだ。
「貴様は女の扱い一つ知らんのか?日を選べ、日を!」
「女扱いでは無く軍人扱いする相談だったので仕方が無いだろう。俺に選べる日など残っていないぞ」
「合理的に返すな!最後だからこそ優しく言ってやってもいいだろうが!」
「これでも優しく言ったぞ?男なら吐くまで殴っている」
「貴様はいつの間に轟がうつったんだ・・・」
雪人は額に手を当てて処置無しとばかりに首を振った。
「結局、俺に相談する前に友人に相談していれば済む話だったがな」
「いいえ、やっぱり悠さんに相談して良かったです。ありがとうございました」
後ろから声を掛けてきたのは泣き止んだ燕だ。目元はまだ赤いが涙は止まって笑顔になっている。
「もう大丈夫か?」
「はい!あたし、亜梨紗と蓮だけの時は怖くて言えませんでした。二人には強がってたから。悠さんが聞いてくれたので言えたんです。だから、ありがとうございます」
「そうか。三人で仲良くするんだぞ?」
「了解でありますっ!」
おどけて敬礼を返してくる辺り、確かにある程度は復調したようだ。
「それで、泣いちゃったので三人で少しお化粧直してきますね」
「ああ、分かった。俺はここで雪人と話でもして待っていよう」
「はい、では!真田竜将も醜態を見せてすいませんでした!」
「いや、全部悠が悪いのだから気にしなくてもいいさ。それと、俺も休憩中だ。敬称はいらんよ」
「分かりました、真田さん。では失礼します」
そう言って三人は化粧室へと入っていった。
「慕われているな、悠」
「ああ、俺には過ぎた部下だ」
雪人が人が悪そうに言ったが、悠は真面目に返した。事実そう思っていたのだ。
「ああいう悩みは本当に悩んでいないと出てこんからな。雪人、聞いていたのだろう?」
「ああ、俺もこれからの軍の事を考えると頭の痛い所ではある」
二人は追加で頼んだお茶を啜りながら話し出した。
「軍とは巨大な消費装置だ。国の生産にはなんら寄与せずにただ物資に金にと消耗していく性質の物だからな。軍縮は必須だろうさ」
「仕官より下はどの程度残るんだ?」
「さて、いいとこ現状の半分だろうな。若くてイキのいいやつらは希望者以外は新しい職について欲しいのが本音だ。その分増える税収を傷病者の保護に当てる。差し引き少々プラスといった所か。上手くいけばだがな」
「竜騎士と竜器使いはそのままか?」
「それはそうだろう。どちらかになっているという事は生粋の軍人という事だ。備えの為にも手放す事は無かろうよ」
「実は昨日轟と会ってきてな。少々話をした」
「轟とか?あいつとまともに話せるのはお前くらいだな、悠」
「それは違うぞ雪人。あいつは歪んではいるが性根は真っ直ぐだ。そんなに悪いやつじゃない。例えて言うなら変種の雪人といった所だな」
「おい、それは聞き捨てならんぞ!誰があんな戦闘狂に似てるって!?」
「そうやってすぐ噛み付いてくる所だな」
「俺は貴様以外にこんな事は言わんわ!」
「まぁ、話を戻すが、あいつは相変わらず俺にご執心でな。一応、今後の話を少ししておいた」
「言って聞くやつなら楽なのだがな」
「数は少ないが、軍にはああいうやつも居る。すぐには普通の社会には馴染めないだろう。軍にはそういう人間の受け皿にもなって貰いたいと思っているのだ」
「道理だな。戦い以外を切り捨てた人間に急に笑って給仕しろと言って出来るはずも無い」
「あいつには今まで切り捨ててきた物を大切にしろと言っておいた。何かやるつもりになったら力を貸してやってくれんか?」
「それで多少でも大人しくなってくれるのなら願ったり叶ったりだ。引き受けよう」
「まだ当分動けんだろうがな。俺が見舞いに行ったら這い寄って来て戦えと言われた」
「・・・相変わらずの狂犬っぷりだな。確かあいつは両腕と片足、頭蓋骨、胸骨、肋骨7本の骨折に全身打撲と内臓損傷、腱も何本か断裂していたはずだが・・・」
《ユウには忠告したんだけどね。ジョウは絶対に挑んでくるって》
「そんなやつだからこそ言わねばならん事がある。あいつは弱いやつの話は聞かんからな。俺が言うしかないだろう」
軍において仗より強いと言い切れるのは悠だけだ。匠はやや勝り、朱理はやや劣る。探査系の真では相手にならない。その匠とて竜鎧を着用せずの場合での勝率であり、着装しての正面からのぶつかり合いでは分が悪い。匠や朱理の能力は防御や要人警護向きだからだ。
「やれやれ、これからの防人新竜将の苦労が忍ばれるな。また上手く言いくるめる策を考えんといかん」
「その辺りは雪人や西城に頼む。真では上手くかわせないからな」
「真といえば、今日は千葉家を訪問するそうだな」
「ああ、だから今日は買い物をした後にそのまま伺うつもりで一緒に来ていたのだ。真和殿と睦月殿にまだご挨拶が済んでおらんからな」
「それと滉もな」
「?居るのか?まだ学校だと思っていたが」
「お前が来る時に滉が来ないとは思えんぞ。持病の仮病でも患って帰ってくるだろう」
そんな事を話しているうちに三人が化粧を直して戻ってきた。
「さて、俺も暇する。手土産の一つも持って行けよ、悠。千葉家の方にはくれぐれもよろしく言っておいてくれ」
そう言って会計書を持って店の出口へ歩いていった。
「お待たせしました!真田さんは今お帰りですか?」
「ああ、あいつもあれで忙しいらしい」
「そうですか、私もお礼が言いたかったんですが」
「雪人は照れ性だからな、明日にでも俺から言っておく」
「お願いしますね、悠さん」
三人の顔が少し赤いのは、悠の前で泣いてしまったからだろう。泣き顔を見られた事と、化粧が崩れてしまった事とで二重に恥ずかしかったのだ。そんな事を気にする悠では無いが。
「では買い物に行こうか。案内は頼むぞ」
「はい、まっかせて下さい!」
燕が元気になった事に安心し、悠が会計を済ませに行くと、店で作っている焼き菓子の詰め合わせを渡された。
「ん?これは?」
「先ほどのお客様が会計の際に渡してくれと仰りまして。こちらはもうお代は頂いております」
千葉家に持って行けという事だろう。相変わらずそつが無い。
「ありがたく頂戴する」
菓子折りを受け取って会計を済ませ、四人は店を出て本命の買い物に出かけたのだった。