7-32 舞い戻る竜8
「お待ちなさい、見知らぬ者に家の敷地内を歩き回られては迷惑です。行くのなら一人で行って来て下さい」
「イチイチうるせぇな!! 俺の客だっつってんだろ!!」
「私は初対面です」
「俺はここで待っている、いいから行って来い」
どこまでも噛み合わない会話にバローもそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっていたが、悠はバローに『冒険鞄』を投げ渡し、自らは屋敷の塀にもたれ掛かった。
「・・・わーったよ、全く誰に似たんだが・・・」
ブツブツと文句を言いながらバローが去ると、レフィ―リアは門番達にも冷たく言い放った。
「あなた達もここはもういいわ。外で見張りをしていなさい」
「しかしお一人にする訳には・・・」
「私が集めた情報通りならたとえ誰が居ても無意味よ。いいから行きなさい」
「・・・畏まりました」
不承不承ではあったが門番達もレフィ―リアの言葉に従って塀の外へと出て行き、その場には悠とレフィ―リアが取り残された。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
重い沈黙が2人の間を支配するが、重いと感じているのはレフィ―リアだけで、悠は特に気にせずに腕を組んだままバローを待っている。レフィ―リアが沈黙を重く感じるのは悠に対して聞きたい事があるからに他ならない。その事が負い目になって沈黙を重く感じているのだ。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・っ」
口を開き掛けては閉じという動作を5、6回繰り返した所でレフィ―リアは遂に口を開いた。
「・・・何が目的なんですか?」
「世界平和だ」
すぐには口を割らないと考えていたレフィ―リアは思いがけず即答された事で虚を突かれ絶句してしまった。しかも返答内容が世界平和と来ては、咄嗟に言葉を返せなかったのも無理はない。
「・・・・・・もしかしてふざけているのですか? それとも私を小娘と思ってからかっているのですか?」
「ふざけてなどいないし、からかってもいない。聞かれたから事実を答えたまでだ。何がおかしい?」
「そんな事が可能だとは思えません。荒唐無稽も甚だしい。あなたは世界中の国家に介入するつもりだとでも言うのですか!?」
反論出来ないだろうと語気を強めたレフィーリアであったが、それに対しても悠は当然の様に即答した。
「必要とあらば」
「っ! 出来るはずがありません!! 人の家族をそんな無茶に巻き込まないで下さい!!」
「出来ないのでは無い。誰も行動しなかっただけだ。・・・いや、行動した者は居たのだろう。だがお前の様に考える者達が有形無形にその志を手折って来たからこそこの世界は未だに纏まりがないのだ。自分が出来ないからといって他者の足を引っ張るな」
亡きエルフの王エースロットや病床の若き日のルーアンの事を思い浮かべながら悠はレフィーリアを痛烈に批判した。
「それに見ての通り、俺がベロウに首輪を付けて引き回している訳ではない。奴は自分の意志で行動している。最初は強制だった事は否定せんが、既にあいつも一人前の男、俺の下を去るも残るも自分の意志で決めるだろう。俺に文句を言ったとて無駄だ」
悠はバローの前では決して言わないが、バローの事を既に自立した男として認めていた。もしバローが悠の下を去ると言うならば引き留めるつもりは無く、己の道に邁進するのを応援する事に躊躇いはない。
「兄上は私の話をまともに聞こうとしません! いい年をしてフラフラフラフラと・・・」
「聞かせる気がある話し方では無いな。話し合う気があるのならそう言えばいい。否定するだけで会話が成り立つはずもない。ベロウが今まで何を思って生きてきたのかお前は聞いた事があるのか?」
悠の質問にレフィーリアは言葉に詰まった。基本的に噛み合わない2人は顔を合わせれば罵り合いになるばかりであまり言葉を交わさない様にしていたからだ。
「あいつはあいつなりに人生について悩んでいた。いや、迷っていた。それが他の者の目にはフラフラしている様に見えたのだろうし、事実として昔のベロウは褒められた人柄ではなかっただろう。しかし、昔は昔、今は今だ。それを見ずにして同じ扱いをされてはベロウも面白くなかろうよ」
「それでも兄上はノワール家の当主です! 領民の為、家の為に働くのは当然でしょう!?」
「貴族でも領民の為に働いている者がどれだけ居ると言うのだ? 虐げ、奪い、支配するだけで、敬われている者など殆どいないではないか。別にこの家がそうだとは言わんが、志もなく貴族となっても領民、当人のどちらにも不幸な結果にしかならん。理想があるならば自分でやれ」
悠も普段であればもう少し柔らかく話したのだろうが、今は『竜騎士』カンザキとしてこの場に居るゆえに、言葉には容赦がなかった。ミーノスで名前が売れ過ぎた反省として、悠はあくまでノースハイア、アライアットでは正体を隠す腹積もりである。少なくとも人類社会が纏まるまでは。
「あなたこそ私の苦労を知りもしないで出しゃばらないで! この領地は常にアライアットに狙われている立地条件のせいで、当主に武力が無ければ兵も当主を馬鹿にするわ! それに親戚連中もこの土地を狙っているし・・・それもこれも兄上が居れば解決するのよ!」
(・・・なんだかんだ言って、この娘バローの事を頼りにしてるんじゃないの? さっきから『兄上』って普通に呼んでるし。口調も砕けて来てるもの)
(長年の習慣で素直に本人に頼れんのだろう。バローの方も妹を忌避しながらも領地経営に関しては信頼している風だったからな。難儀な兄妹だ)
レイラが呆れた口調で言う通り、レフィーリアは口ほどバローの事を認めていない訳ではないのだろう。むしろ期待が過剰なせいで余計に舌鋒が鋭くなってしまい、お互いがすれ違ってしまっているのだ。難儀な兄妹という他にない。
「そう思うのなら本人を説得するべきで、俺に言うのはお門違いだ。今を逃せばしばらくゆっくり話をする機会など無いぞ?」
「・・・分かってるわよ、そんな事くらい・・・」
頭では分かっていてもそう簡単に態度を変えられるほど、レフィ―リアは器用な人間では無いのだろう。だからと言って悠も自分が間違っても器用な人間では無い事は重々承知しているので、これは当人同士で解決するしかどうしようもないと考え、一つの方針を定めた。
「ならば一度だけお前に協力してやろう」




