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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(前) 下克上編
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7-28 舞い戻る竜4

苛烈な剣撃を加えるアグニエルに対し、バローは踊る様な体捌きでアグニエルの剣を回避し続けている。


「どうしたどうした! そんな剣じゃ俺にゃ掠る事だって出来やしないぜぇ?」


「おのれちょこまかと!! 大人しく我が剣の錆になるがいい!!」


アグニエルの剣は厳鋼鉄アダマンタイトを鍛えた業物であり、普通の剣で受ければノースハイア流の剣技と合わさって一刀両断する事も容易いと思われたが、そもそも当たらないのならばどれほど切れる剣もナマクラと大差は無い。そしてノースハイア流には連撃が殆ど存在しないので、今のバローからしてみれば剣を抜かずとも避ける事は難しい物では無かった。


周囲の者達も何とかアグニエルの援護にと隙を窺っているのだが、視野を広く持っているバローは謁見の間の扉の前を巧みに移動し、逃げる事も手出しする事も出来ない様立ち回っていた。


アグニエルは個人の武はそれなりに研鑽を積んではいるが、他人と協力する連携などの訓練は全くと言っていいほど知らないのだ。バローを舐めていた事もあり、一度戦闘状態に入ってしまったアグニエルは上手く行かない現状に苛立って一度離れて頭を冷やすという事が出来る精神状態に無かった。


「はぁ・・・本当にお前ノースハイア流一の使い手だったアグニエルか? 段々退屈で眠たくなって来たぜ?」


「おのれ!! おのれぇええええっ!!!」


ちょくちょくバローから放たれる挑発も面白い様にアグニエルを激昂させた。元々アグニエルは短気で激情家であるが、わざわざアグニエルを怒らせる言動を浴びせかける者など勿論居ないので、煽りに対する耐性など皆無である。頭に血が上って剣は更に大振りになり、益々バローは回避しやすくなる悪循環であった。


「抜け!! その御大層な剣は飾り物か!!!」


「ヤだね。抜いたら一太刀で勝負が決まっちまうじゃねぇか。お前さんの自殺願望を満たしてやる気は俺にはねぇよ」


「っるああああああああああああッ!!!」


怒りで目が血走るアグニエルが剣を上段に構えた。その構えから放たれる技はバローの想像通りである『重破斬』だ。


周囲を囲む者達の目が期待に染まったが、反面バローの目は失望に染まっていた。今こうして見て見ると『重破斬』は隙だらけとしか言い様が無く、とても実戦に耐える技には見えなかったのだ。


(据え物切りじゃあるまいし、こんなモンよく実戦で使ってたな、俺は。そりゃユウにもコロッサスにも通じねぇや。・・・そうか、だから『絶影』が……)


ノースハイア流の深奥に思いをはせるバローだったが、逆に言えば相手の剣技を前にしてそれだけの余裕が残されていたのだ。狙いもタイミングも掴めている技など当たるはずが無い。


「ちぇええッ!!!」


ご丁寧に掛け声で斬るタイミングを教えてくれるアグニエルに苦笑し、バローは数ミリ以内の精度で『重破斬』を避けた。あまりに近いので一瞬周りの者もアグニエル自身も斬ったかと勘違いしたくらいだ。


かわされた剣先が謁見の間の床に食い込んで火花を散らすのをバローは冷めた目で見つめ、上体が前のめりになっているアグニエルの頭を軽く蹴り飛ばした。


「ぐわっ!?」


「あ、アグニエル様っ!?」


後方に転がったアグニエルにマルスが駆け寄り助け起こそうとしたが、その手はアグニエルに乱暴に振り払われる。


「何故だ!? 何故俺の剣が通じぬのだ!?」


「陛下……お前達、何を呆けておる!! 早く陛下をお守りせぬか!!」


マルスはそれまで手出し出来なかった兵士達をアグニエルが離れた隙に叱咤してバローにけしかけ、バローは周囲を兵士達の群れに囲まれたが、落ち着いて足元に落ちているアグニエルの剣を拾い上げた。


「ん~……頑丈かもしれねぇけど重くてあんまりいい剣じゃねぇな。まぁ、土産にはなるか」


そう言って軽く振ってみた剣筋の鋭さに兵士達が及び腰になったが、数の優位を信じて一斉にバローに斬り掛かった。


「ヒュッ!」


バローがそれに怯みもせずにその場で一回転して剣を振るうと、殺到していたはずの兵士達の穂先や剣先が宙を舞い、金属の雨となって床に降り注ぐ。


「ひええっ!!」


「ば、馬鹿な!? 剣筋が見えん!!」


「次はお前らの体のどっかが飛ぶ事になるぜ? 分かったら大人しく――」


「放てえっ!!!」


兵士に囲まれて動く余地の少ないバローに向けて『ストーンアロー』が殺到した。数十に及ぶ『石の矢』全てが直撃弾では無いが、そのせいで余計に回避は困難である。兵士にも犠牲者は出るだろうが、これでようやく侵入者を排除出来ると貴族達は胸を撫で下ろした。・・・早計にも。


「『夢幻絶影』!」


バローはアグニエルの剣を捨て、腰の愛剣を抜き放って直撃する『石の矢』だけを瞬断。先ほどと同様にバローの周囲に切られた『石の矢』がカラカラと切ない音を立てて転がるのを見て謁見の間の者達は我が目を疑ってしまった。アグニエル以外にはバローが剣を抜く手すら見る事が叶わなかったのだ。


「ギャッ!!」


「いてぇ!!!」


結局『石の矢』による攻撃は、バローの近くに居た兵士達数人の体に突き立って怪我を負わせる結果しかもたらす事は無かった。それを見た無傷の兵士達も肉の壁にされては堪らぬとバローから一斉に距離を取り始める。


「……国ってのはもっと恐ろしいモンだと思ってたんだがなぁ……普段化け物に囲まれてるせいでイマイチ実感が湧かなかったけど、俺も中々捨てたもんじゃねぇか。ハハッ!」


機嫌良くバローは剣を一振りして腰に納刀した。最早剣を使うまでもない。


「……貴様、一体何をした!? どうしてそんなに強くなっている!?」


「お前さん達から見たら俺は強くなってるんだろうが、世界ってヤツは広くてな? この国の外に行けば俺くらいの人間、探せば結構見つかるぜ? いつまでもデカいツラしてっと10年も経てばノースハイアなんぞ地図にも残らねぇぞ。……と、つー事で時間切れだ」


アグニエルの質問に淡々と答えたバローが扉の前から移動して道を開けた。それを好機と見た貴族の一人が脱出しようと扉に手を掛けたが、外から強烈な勢いで開いた扉に弾かれて顔面を朱に染めてその場に崩れ落ちる。




「・・・ふむ、役者が揃っておらんが、一方の当事者が居るのなら構わんか。少々邪魔するぞ」




謁見の間の者達はこの時初めてその姿を見た。赤い鎧に身を包み、強大な重圧を放つ『竜騎士』の姿を。


それによって巻き起こった感情は武に携わる者ほど強烈であった。先ほどから周囲を圧倒するバローですら誰も対処出来ないほどの強さだったと言うのに、今謁見の間に入って来た侵入者はどう見積もってもバローの比では無いのだ。それを最も強く感じているのがアグニエルであった。


「き、貴様が・・・!」


「お初にお目に掛かる。俺は『竜騎士』カンザキだ。・・・さて、どうやら約定は果たされぬ模様と見て参上した次第。ラグエル王が居らぬのなら貴様の口から説明して貰おうか、アグニエル?」


気配が殺気に変化した悠に答えられる者は誰一人居なかった。

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