7-27 舞い戻る竜3
「と、と、と、止まれっ!!!」
制止の声と同時に突き出された槍の穂先を指で摘んで止めた悠がほんの少し力を加えると鉄製の穂先はまるで薄い氷の様にパキンと乾いた音を立てて砕け散った。
「ひいいいいいいっ!!!」
同じ様に剣を突きつけようとした兵士がその場で腰を抜かして悲鳴を上げた。今の槍の一撃は真横から突き出されたもので、当然ながら視認は殆ど出来ないはずだった。それなのにこの侵入者はそちらに注視する事すらなく花を手折るより尚簡単そうに排除してみせたのだ。自分が正面から斬りかかっても絶対に通用しないだろう。
正確に言えば悠は「殆ど」見ていないのではなく、「全く」見ていなかった。
《そこの階段を登って正面ね》
「うむ」
悠はレイラの誘導に従い会話していたからだ。『竜騎士』状態の悠は生身の時よりも更に五感や身体能力に補正が掛かっており、碌に訓練もしていない兵士の攻撃など無意識の範疇で片付けられる程度でしかなかった。単純に自分のパーソナルスペースに侵入してきた物体を感じ取ったから払いのけただけである。
現在の悠は手甲は外しており、全身がくまなく赤い鎧で覆われている。手甲を付けた状態ならば、そこだけは『竜騎士化』されないのだ。
「『炎の槍』!!」
物理攻撃ではどうしようもないと感じた頭の回る者の中には魔法で攻撃しようと思い付いた者が居て、早速試したのだが、それは更に酷い結果をもたらす事になった。
「返すぞ」
自分に向かって飛んで来た『炎の槍』をもむんずと掴み、更に飛んで来た速度の数倍の力で投げ返された兵士は一歩も動けぬままに顔の真横を飛んで行った『炎の槍』に耳を根元から引き千切られて絶叫した。
「ぎゃああああああああああ!!!」
この時点で兵士達は悠を止める事を諦め、虚ろな視線でその道行きを見守る彫像と化した。中には失神する者や信じてもいない神に祈り始める者さえ出る始末だ。
《・・・これが本当に人族で最大の版図を持つノースハイアか? これならばベルトルーゼが居るミーノスの方がまだいくらかマシではないか》
《ここの奴らは戦争は『異邦人』に頼り切りでろくすっぽ鍛えてないのよ。アグなんとか王子はそれなりに強いらしいわよ? ・・・まぁ、昔のバローが言ってた事だからどうでもいいけど》
《うーむ・・・最大の国というくらいだから『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』並みの猛者がゴロゴロ居るのかと思っていたが当てが外れたな》
恐怖に引き攣る兵士達を無視してブツブツと呟きながら歩く悠は傍目に見ても異様であり、それが尚更兵士達の恐怖を煽っている事にまでは流石に気が回っていなかった。
「そろそろだな・・・レイラ、誰も逃げ出してはいないか?」
悠の言葉にレイラは満足そうに太鼓判を押した。
《ええ、上手くやってるみたいね》
「クソ!! かくなる上は俺が指揮を取る!! そこの兵士、案内しろ!!」
このままこの場に居てもどうしようもないと考えたアグニエルは自分の目で状況を確認する為に報告に来た兵士に怒鳴りつけたが、兵士の返答は渋かった。
「い、いけません!! 王子に何かありましたら一大事です!! どうか貴族の方々とこの場にお留まり下さい!!」
平伏したままの兵士の言葉に周囲の貴族からも賛成の意見が出される。
「そ、そうですぞアグニエル様!! この謁見の間はこの城の中でも最も強固な造りになっております!! 指揮ならばここでお取り下さい!!」
「御身に何かありましたらノースハイアは滅んでしまいます!! ここはもう一度その下級兵に様子見を・・・」
「む・・・」
今や一国の王となったアグニエルは迂闊に敵前に出る事を憚られる身である。臣下の言葉は道理としては当然であり――例え本心が自分の保身の為であったとしても――、アグニエルも一顧だにしないという訳にはいかなかった。
だがそれでもこの場に篭っているのは些か不味い。確かにこの謁見の間は城のどこよりも強固ではあるが、入り口は一つしかなく、ラグエルが使った場所を抜かせば出口も一つだけなのだ。つまり、ここまで侵入を許してしまえばそれは王手を掛けられているに等しい。
(どうするべきか・・・)
そう考えている間にも城のどこからか響いて来る破壊音は徐々に謁見の間へ近付いてくるのがありありと理解出来、アグニエルの心に焦燥を感じさせる。
アグニエルは決めかねて周囲に視線を巡らせ、ふと平伏したままの兵士の剣に目が行った。
「・・・おい、貴様随分と凝った剣を持っているな、私物か?」
今更だがその兵士が腰に帯びている剣は鞘からして非常に凝った作りであり、とても下級の兵士が持っている様な剣には見えなかった。それどころか、アグニエルが腰に帯びていても不思議ではないくらいに素晴らしい剣である。
「・・・はい、ごく最近賜りました。我が家の家宝であります」
「面を上げよ。貴様の声、どこかで聞いた事がある気が・・・」
「おいおい、同じ流派で切磋琢磨した兄弟弟子につれねぇじゃねぇかよ、ええ? アグニエル?」
突然砕けた口調になった兵士に場が一瞬沈黙で支配された。が、次の瞬間には蜂の巣を突いた様な大騒ぎに発展する。
「ぶ、無礼な!! 今や国王陛下であらせられるアグニエル様になんという口を!?」
「貴様如き雑兵の首を100並べても許しがたいぞ!!」
だが、周りの貴族がどれほど騒ごうが兵士の態度に変わりは無く、それどころか開き直った感すら見受けられた。
「うるせぇな、名ばかりの簒奪なんぞで王位についたボンボンに払う敬意はねぇよ。そもそもラグエル王にちょっとの間だけお情けで貸して貰っただけだろうが。もしかしていつまでもその座り心地のいい椅子に座ってられるつもりかお前ら? 酒も飲んでねぇのに酔っ払えるたぁ器用な真似すんな」
「・・・その下品な言葉遣い・・・兄弟弟子・・・!? まさか貴様はっ!?」
兵士の正体に気付いたアグニエルに向かって兵士が被っていた兜を投げ付けると、アグニエルは腰から抜いた剣でそれを一刀両断してみせたが、その2つになった兜の間から見えた顔に自分の想像が正しかった事を悟った。
「今帰ったぜ。元ノースハイア王国伯爵、ベロウ・ノワールここに見参!! なーんてな」
「生きていたのかベロウッ!!!」
顔を怒りに染めたアグニエルが抜いた剣をバローに突き付けた。
「おう、お陰で俺も強くなったぜ。今のあんたじゃ俺の相手にはならない程度にはな、アグニエル」
「吠えるな!! 一度も俺に勝った事が無いお前がたった二月で俺を超えられるはずがあるか!!」
「試してみるか? ・・・あ、嘘、やっぱいいや。もうあんた程度を斬っても誰も褒めてくれねぇし。あんたも俺なんかに関わっているよりも自分の剣を磨いた方がいいぜ? どっちが強いなんて話、遥か上を見ちまうと馬鹿馬鹿しくなってくるからよ」
「貴様如きが強者を騙るか!?」
アグニエルが怒りに任せて振るった剣をバローはヒョイとかわしてみせた。これはバローの能力が著しく上がっている事もあるが、アグニエルが怒りで単調になってしまっている事もまた大きな原因の一つであった。
「案の定だぜ、あんた丸っきり成長してねぇよ。そもそも今まで勝てなかったのも、俺がオウジサマに遠慮してたからだな。誤解させてスマン」
「舐めるなぁーーーーーッ!!!」
ニヤニヤと下品な笑顔を作るバローのペースにアグニエルは巻き込まれ、結果として無意味な時間を過ごしてしまうのだった。
バローは悠が竜砲を撃つ前にこっそり兵士を捕まえて変装済みでした。
とりあえず謁見の間まで行ければ良かったので雑な変装ですが。




