7-26 舞い戻る竜2
「拍子抜けするな。血が流れるのを覚悟していたが、全くの無血開城とは」
新しく据えられた王座の座り心地に満足そうな笑みを浮かべたまま、アグニエルが肩を竦めた。そんなアグニエルの周囲には彼に付き従う貴族と兵士達の姿が見える。
「ラグエル王は何やらご大層にのたまっておりましたが、多分恐怖で錯乱なさっておいでだったのでしょう。いくら強いか知りませんが、相手はたった一人だというのに・・・」
「そう言ってやるな、父上ももうお年であるし、引退にはちょうど良い時期だったのだ。だが私は違う。侮る事はせんが、必要以上に恐れる事もまた無い。『異邦人』共が使えなくなった分は民衆を徴用して賄い鍛え、雪が消えたら即座にアライアットに攻め込むぞ!」
「「「ははっ!」」」
新たな国土獲得の好機に貴族達の顔に喜色が広がっていく。その筆頭たるマルスも顔にこそ出さないが、考えている事は同じであった。
一方アグニエルは仇敵たるアライアットに今度こそ大規模な攻勢に出られる事をこそ喜んでいた。前回は使えない『異邦人』部隊のせいで(と、アグニエルは思っている)戦線を拡大する前に撤退する羽目になってしまったが、次は空前の規模の兵を率いてアライアットを蹂躙出来るのだ。
アグニエルにとって戦いとは一方的な蹂躙であるべきだという理想があった。これまではラグエルの考えで『異邦人』部隊を前面に押し出す手法をとっていたが、アグニエルはもっと大規模かつ派手な戦果を望んでいた。
夕闇に暮れる空の星を眺めながら、アグニエルは彼にとっての薔薇色の未来予想図にしばし浸っていた。そんなアグニエルに応えるように謁見の間から見える空の星も冬の空に瞬いている。
(星々も我が野望を祝っておるわ。見ておれよ、アライアットが終わったら次はミーノスだ!!)
アグニエルが心中で叫ぶと星は一層強く瞬き・・・・・・そして火を噴いた。
ズドンッ!!!!!!!
次の瞬間、掛け値無しに激震が城を大きく揺さぶり、笑顔で談笑していた謁見の間人間達を軒並みなぎ倒してその場の空気を一変させた。
「ぐわぁッ!!!」
「あぎッ!?」
「ブゴッ!?」
ただ倒れた者はまだ幸運であり、悲惨なのは武装した兵士に押し倒された貴族だ。なまじ儀礼用の装飾過多な飾りが付いている為に、押し倒された拍子にそれらが刺さってしまい、割と洒落にならない傷を負ってしまっていた。
「な、何が起こった!? 敵襲か!?」
玉座にしがみついていたアグニエルの言葉に答えられる者はこの場には存在しなかったが、しばらくして謁見の間に兜を被った兵士が一人駆け込んで来た。
「ご、ご、ご報告、も、申し上げます!!」
無断で謁見の間に入ってきた兵士は普段であれば多大に叱責されてしかるべきであったが、突然の事態に慌てふためく謁見の間の貴族達は早く説明が欲しくて兵士の無礼を咎める事など思いつかず、皆縋るような目をその兵士に向けていた。
「上空からの何者かの攻撃で・・・し、城の・・・城が・・・」
「構わぬ!!! 早く申せ!!!」
アグニエルのイライラとした叱責を受けた兵士は一層這い蹲り、そしてそのまま告げた。
「城の最上階が吹き飛ばされました!!! 今すぐお逃げ下さいアグニエル様!!!」
アグニエルの過剰な自信にヒビが入ったのはまさにこの時だったかもしれない。
《・・・攻撃成功。最上階に人が居ない事は確認済みだから脅しにはもってこいの一撃だったわね》
「さて、これでどう出るか。恐れ入って両手を上げるなら話は楽なのだがな」
上空から城を一部といえど吹き飛ばす事の出来る者などドラゴンを除けばこの世界にも候補はそんなに多くは無い。ましてやそれが人型をして鎧を着ているとなれば、それはもうほぼ悠しかあり得ない。
やがて少しは落ち着いたのか、城の至る所からパラパラと弓や『矢』系の魔法が出鱈目に撃ち出されたが、当然悠がそんな流れ弾以下の物に当たるはずも無く、むしろ失速した矢で何人かの兵士が怪我をする有様であった。
《・・・なんだか前より弱くなってる気がするんだけど?》
「いや、数だけは集めたようだぞ。・・・が、錬度は話にならんな。アグニエルとやらは俺の事を聞いていないのか、それとも舐めているのか・・・」
《駄目な王子ね。自分の見た物しか信じないようじゃ、未知の相手が出て来たら蓬莱だと即死よ?》
「まあいい、このままでは埒があかん様だ。直接乗り込むとしよう」
悠は兵士でごった返す城の中庭を目指し、そのまま何も警戒などしていない風に降り立った。近くの兵士が怪訝な顔をするが、生憎この兵士は以前悠を目撃しておらず、やたら立派な鎧を纏った悠を指揮官か何かだと勘違いして声を掛けた。
「あ、あの・・・今は何者かの攻撃を受けておりますが、どの様に対処したら良いでしょうか?」
「対処か・・・『光源』」
兵士に尋ねられた悠は幾つかの『光源』を城の上空に漂わせ、魔力ではなく竜気で出来たそれらは中庭をまるで昼の様に照らし出した。
「あ・・・や、奴だ!!! カンザキだーーーーーっ!!!」
「おのれ侵入者め、覚悟しろ!!!」
「ひいいいいい!!! た、た、た、助けてくれぇ!!!」
「どけ!!! 殺されたいのかっ!!!」
「怯むな!!! 相手はたった一人だ!!! どこから現れたのかは知らんが包囲しろ!!!」
ここで兵士の動きが二分された。何も知らない新規に採用された兵士は相手がたった一人だと分かると落ち着きを取り戻して悠を包囲し始め、逆に悠を直接見た兵士達は武器も鎧もかなぐり捨ててその場からの遁走を開始したのだ。悠に向かう兵と逃げる兵とが衝突し、またも戦う前から負傷者を続出させていく。
「・・・レイラ、竜砲を最小出力で中庭の全員に照準。頭は狙うなよ。しかる後に発射せよ」
《って言うと思ってもう照準済みよ。発射!!》
悠の天に掲げた右手の先に光球が生まれ、それが直視出来ないほどの光量となった時、それは一気に弾け、光の矢となって兵士達に降り注いだ。
チュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!
「「「・・・!!!」」」
それを見た兵士達から怒号や悲鳴が上がった・・・のであろうが、どこまでも連続する爆発音に掻き消されて本人以外には何を言ったのかは全く伝わらなかった。
濛々たる煙に包まれた中庭を見通す事が出来る者はこの場に一人だけしか居なかったが、煙が晴れてその場に立っていられた者もまた一人であった。
「・・・なるほど、人間相手に竜砲を撃った事は無いが、『豊穣』があって良かったな。全員生きている」
《私が上手く生かさず殺さず八割殺しで済むように威力を調整したからよ。人間相手の情報も大分集まったしね》
悠やレイラの言う通り、中庭に散らばる兵士達は皆体のどこかを押さえて悶絶しているが、誰も死んではいないらしい。ただ、防具と『豊穣』がなければ何人かは死んでいたかもしれないのもまた事実だった。何しろレイラの情報は『虚数拠点』の者達を参考にしているので、一般兵士には荷が重かったのだ。
「では用を済ませて行くか、どうせ謁見の間にでも集まっておるのだろう」
《案内するわ、私の指示通りに動いてね?》
「ああ、了解だ」
一つ諸用を済ませ、まるで無人の野を行くような気負いの無さで悠はレイラの言う通りに城の中を進んで行ったのだった。
ふう・・・更新がギリギリでした。という訳でノースハイア三日天下編です(違)




