7-25 舞い戻る竜1
年が明け、悠が子供達と幾つか依頼をこなしている内に数日が経過したある日、ギルドで寛ぐ悠の元に城から使いがやって来た。
「どうもユウ殿、宰相閣下の使者としてやって参りました。今お時間は御座いますか?」
「これはヤールセン殿、急用ですかな?」
「ええ。・・・それと、少々公には話し辛い用件ですので、事の次第は宰相閣下に直接伺って頂きたいのですが・・・」
「了解しました。・・・ビリー、ミリー、俺とバロー、シュルツ、ハリハリは城に行って来るので、子供達の世話を頼めるか?」
席を立った悠の言葉にビリーとミリーは快諾を返した。
「勿論です、ユウのアニキ!」
「いい機会なので、依頼の受け方や買い物の仕方も教えておきます。ご用が終わるまでここで待っていますから、どうぞ行って来て下さい」
「助かる。では行くぞ」
「あいよ」
「承知仕りました」
「一体何のご用でしょうねぇ・・・今の時期なら受付を開始した学校でしょうか?」
「それではご案内致します」
丁寧に対応するヤールセンについて、悠達はミーノスの王宮へと向かった。
そこで悠達を待っていたのはいつになく厳しい顔で語り合うルーファウスとローランであり、更にその前の席には見慣れない男がベルトルーゼに監視されながら居心地悪そうに俯いていた。
「ご苦労だった、ユウ。ベルトルーゼ、カルカラン殿を部屋に案内して差し上げろ」
「はっ。では私に付いて来て頂きます、カルカラン殿」
「はい・・・あの、先ほどの件をなにとぞよろしくお願い致します」
「分かっております、ミーノスも最近体制が変わった所でしてね、客人であれば無碍に扱う事はありませんよ」
最後に貴族には見えない悠達の事がカルカランは気になった様だが、あまり根掘り葉掘り聞くのも礼を失するかと考え、一礼してベルトルーゼと共に部屋から立ち去っていった。
「あ・・・アブねぇ・・・どうしてこんな所にノースハイアの奴が居るんだよ!? 危うく声が出る所だったぜ!?」
「あっと・・・そうだね、バローはノースハイアの貴族だったっけ。まぁ、向こうも今は行方不明の伯爵家の当主よりももっと切迫した状況の為にそれどころでは無いんだろうと思う。心して聞いてくれ、ノースハイアで政変が起き、ラグエル王とサリエル第二王女が行方不明になっている。アグニエル王子がマルス・ヨークラン公爵と共に謀反を起こしたそうだ。主だった王に忠誠を誓う者達は混乱に紛れてミーノスへと逃れて来たらしい。カルカラン殿もその内の一人だよ」
ローランの情報に悠は微かに眉を顰めた。
「ノースハイアは変われなかったか・・・」
「いや、変わりかけてはいたそうだよ。今ここに居たカルカラン殿を始めとして、君が一喝した後に大規模な改革が為されてノースハイアは生まれ変わろうとしていたらしいんだけど・・・旧来の権力機構に属していた者達を抑える事は出来なかったんだね。ミーノスと似ているけど、何しろあちらにはユウが居ない訳で、伝聞だけでは抑止力になり得なかったんだろう」
王さえ抑えておけば変化を促せると考えていた悠は自分の考えが浅かった事を認めた。
「ラグエル王とサリエル王女については何か分かっているのか?」
「行方不明という事になっているけど、前もってこの謀反を察して臣下を逃がしていたらしいから、みすみす虜囚になったとは考えにくいね。どこかに潜んでいるんだと思うよ。カルカラン殿の要請からもそれは窺う事が出来るし」
要請というセリフにバローが食い付き、ローランに尋ねる。
「そういやカルカランは何だって?」
「この件に関してミーノスが情報を掴んでいたとしても、少なくとも一月の間は手出し無用に願いたいってさ。その後ならノースハイアはミーノスと友好を結ぶ用意があると。そこまで聞いて、ユウから話を聞いていた私にはピンと来たよ」
この場に居る他の者達もローランの言わんとしている事が理解出来たらしくなるほどと頷いたが、シュルツとヤールセンは何の事だか分からずに首を傾げた。
「・・・? 申し訳無いが、皆一体何に納得されているのでしょうか? 拙者にも分かるように説明して下さらんか?」
「シュルツは脳筋だからなぁ・・・おっと!」
混ぜっ返したバローにシュルツの裏拳が放たれたが、恐らく突っ込みがあると察していたバローはそれをヒョイとかわしてみせた。
「茶化してはいけませんよ。シュルツ殿、ユウ殿は三月経ったら戻ると言いましたよね? そして国が改まっていなかったら叩き潰すと明言しています。ラグエル王は今のミーノスであれば共同歩調をとれると考えたのでしょう。しかしユウ殿が戻ってもアグニエル王子は聞く限りでは素直に従う人物とは思えません。さて、ならばユウ殿と敵対する訳ですが、ユウ殿が彼の方に負けると思われますか?」
「いや、師は誰にも負けぬ」
即答したシュルツにハリハリはウンウンと頷いた。
「ならば遅くとも一月後には現ノースハイア政権は崩壊する理屈です。その後ラグエル王が現れ、改めてユウ殿に国の改革を誓えば、暴虐を望まないユウ殿はこれを受け入れ、ラグエル王は最早敵の居ない国内を纏め上げて改革を成し遂げるでしょう。ミーノスと結ぶ事でアライアットに対しても『異邦人』抜きでも優位に立つ事が出来ます。つまりラグエル王は労せずして健全な国を手に入れる事が出来るという寸法です」
ハリハリの推察はほぼラグエルの思惑通りであった。ラグエルは悠の力すら利用して国の改革を進めるつもりなのだ。
「・・・師を便利使いしようとするなど許せんな・・・」
憤るシュルツだったが、ハリハリは首を振った。
「いえいえ、これはなかなかどうして上手い手ですよ。それにこの策はユウ殿の性格や思考を正確に把握していないと成り立ちません。ラグエル王について良い噂は聞きませんでしたが、確かな目を持っている様です」
それに、とハリハリは言葉を続けた。
「ラグエル王はここにユウ殿が居るとは知らないでしょうが、逃がした臣下を使ってノースハイアに政変があったと密かに喧伝するでしょう。その噂が広まれば、一月を待たずしてユウ殿が現れるのではないかとも考えているのでは無いですかな? ユウ殿は約束の履行が成されないと分かっている状況を見過ごすとも思えません。違いますか、ユウ殿?」
「利用されるのは一言言ってやりたい気持ちがあるが、ハリハリの言う通りだ。何より虐げられている者が居るのならば放ってはおけん」
ハリハリの言葉に悠は頷いた。ラグエルはよほど悠を見込んでいるらしい。
「随分と信頼されたものですね。ユウ殿が戻って来なければ、ラグエル王は終わりだというのに」
「ラグエル王はともかく、サリエル王女はまだ幼い。見捨てる訳にはいかんな」
「これはこれは・・・ハリハリには是非首脳部に加わって欲しいほどの見事な見識だね。私は精々ユウが戻るのを待つ一手かと思っていたよ」
「ヤールセン君、君も見習いたまえよ?」
「あの・・・そもそもノースハイアの件とユウ殿が繋がらないのですが・・・」
ヤールセンが要領を得ない顔をしていたのは悠がノースハイアで何をしたのか知らないからであり、単なる情報不足であった。
「・・・ごめん、ついつい話したかと思ってたよ」
ローランは素直に自分の非を認め、ヤールセンに今更ながらに悠がノースハイアで何をしたのかを語り始めたのだった。
ラグエルが考えている事全部ではありませんが、概ねこんな感じです。




