7-23 空城2
謁見の間に踏み込んだアグニエルが見たのは、王座のラグエルとその膝に抱かれるサリエル、そして玉座の隣に侍る親衛隊長ミルマイズであった。
「ようやく来たか、遅いぞアグニエル」
「・・・どうやら父上は我らの動きを察しておられたようですな。その上で抵抗せぬという事は、私に王位を譲ると解釈してよろしいのですかな?」
「目先の王位に目が眩んで馬鹿に磨きが掛かったか、哀れだなアグニエル。余が兵や官吏を遠ざけたのは無用な犠牲を出さぬ為に他ならん」
心底下らぬ者を見る目でアグニエルを見下すラグエルにアグニエルは激昂しかけたが、勝者の余裕で何とかそれを抑え込んだ。
「・・・フン、今の父上が何を言おうと負け犬の遠吠えにしかなりませんな! それともそこの罪人を使って血路を開いてみせますか?」
「お前の首だけの話ならそんな苦労は必要無いわ。毒でも暗殺でも今日までに100回以上は殺せたゆえな。余の思う所は・・・まぁ、貴様には理解出来まい。言うだけ無駄だな」
生死が掛かった状況にもまるで揺るがないラグエルにアグニエルは何事かの策の存在を疑って周囲を見回したが、ラグエルはそれを見て失笑を漏らした。
「フッ、今更臆病風に吹かれたか、安心しろ、この場で貴様をどうこうしようという気は余には無い。今日の所は余に徒なす貴族達が誰なのか分かっただけで上々よ。・・・のぅ、ヨークラン?」
ラグエルの冷たい笑みにマルスの肌が粟立ったが、その恐怖を押し殺した口調でマルスは口を開いた。
「・・・お、恐れながら、王はこれまで国に尽くして来た功臣を蔑ろにし、そこのミルマイズを始めとして罪人などを要職に据え、国政をほしいままにされております。このままでは国が割れる事は必定。ゆえに我らは此度の義挙に踏み切ったのであり、決して王家に弓を引くつもりは――」
「よい、別に言い訳を聞きたいのでは無い。ただ、卿らも仰ぐべき旗を間違えたのを余は哀れに思うだけだ。自ら余命を区切るとは酔狂な事よな」
ラグエルの目にはマルスを既に過去の者として切り捨てる憐れみがあり、勝者と敗者の立場の逆転がマルスを戸惑わせた。
「それにしてもシャルティ、お前がこの様な政治に関わる問題に首を出すとは珍しいな? 昼まで寝ているかと思っていたが・・・」
「私は寝ている所を起こされただけですわ。父上も察していたなら教えて頂ければよかったのにぃ・・・」
「済まんな、お前は口が軽いゆえ、下手に知らせるとアグニエルが更に馬鹿げた行動に出るかと危惧していたのだ。知らぬままならアグニエルと仲の良いお前は害される事はあるまい」
ラグエルは目の光を和らげてシャルティエルを諭した。一応ラグエルなりにこの放蕩だが憎めない娘を気にかけていたらしい。
「とりあえずお前は大人しくしておれ。敵対しなければカンザキも女子供まで殺そうとはせんだろう、良いな?」
「はぁい、大人しくしていますわ」
自分を無視したラグエルとシャルティエルの会話にとうとう自制心を使い果たしたアグニエルが口を挟んだ。
「父上は二言目にはカンザキカンザキと・・・王たるものがたった一人に恐れをなして恥ずかしくはないのですか!?」
「ないな。あれは人と言うより天災の類だ。地震や嵐を恐れるのを貴様は恥じるのか? だとしたらやはり救いがたい馬鹿だな」
「今は人の話をしております!! ・・・よろしい、まともに話すつもりがないなら、今すぐこの場から退場して貰う事にしましょうぞ!!」
アグニエルが手を上げると、後ろに控えていた兵士達が謁見の間に広がり、王座を遠巻きに取り囲む。
「大人しく付いて来るならばよし、抵抗するなら扱いが手荒になると心得て頂きましょうか」
「やれやれ・・・自分の優位しか見えぬとは哀れな・・・余が何の意味もなくこの様な実りのない会話をしていたと思っておるのか? 貴様らの誤報で兵が出払っていたとして、何故この場にミルマイズしか残っていないのかを考えなかったのか?」
疑問に思っていた事を話題に乗せられ、アグニエルが鼻白んだ。
「・・・兵達を何処へ隠したのです?」
「言うと思うか、馬鹿め。その足りない頭で考えろ。・・・さて、ミルマイズ、余とサリエルはそろそろ行くが、後の事は手はず通りにな」
「委細承知しております、王よ」
ミルマイズの返答にラグエルは満足そうに頷いた。
「何をなさるおつもりか!? 例えミルマイズが居ても、この包囲を逃れる事など出来ぬと申したはずです!!」
「古来、王族とは万一の為に如何なる場所にも逃げ道は用意しておくものだ。サリエル、余から手を放すなよ?」
「はい、お父様」
サリエルがラグエルにしっかりと抱き付き、一瞬だけアグニエルとシャルティエルを悲しげに見たが、その直後に王座ごと2人の姿が消え去ってしまった。
「「「なっ!?」」」
慌てて王座に駆け寄ったアグニエルの目に、どこまで続いているのか分からぬほどの穴が王座のあった場所に空いているのを見て、その隣で涼しげに立つミルマイズに詰問した。
「貴様!! 父上とサリエルは何処へ行った!?」
「王族専用の隠し部屋にと申しておりました。古来は篭城の際に用いた物と聞いております。逃げる事も出来るが、カンザキが来た時に自分がこの国に居ないのでは他に類が及ぶと王は仰っていました」
「お、俺をどこまでも舐めおって・・・! すぐに俺が王座から追われると言いたいのか!?」
「その通りです、殿下」
ミルマイズの即答に怒髪天を突いたアグニエルが剣を抜いたが、当のミルマイズは剣を鞘ごと外して足元に投げ捨てた。その為、一息に斬るはずだったアグニエルは虚を突かれ、手を止めてミルマイズを睨んだ。
「・・・何のつもりだ、ミルマイズ」
「王より無益な抵抗はするなと申し付かっております。ゆえに私は再び獄に戻るとしましょう。それともお斬りになりますか? 私は構いませんが・・・?」
まるで戦意の無いミルマイズに毒気を抜かれたアグニエルは忌々しそうに剣を鞘に戻した。
「フン、長く獄に繋がれて弱った貴様などを斬っては俺の剣が穢れるわ。そんなに獄が恋しいなら望み通りにしてやろう!! 兵士共、ミルマイズに縄を掛けて牢に放り込んでおけ!!」
「「ははっ!」」
アグニエルの言葉に従い兵士達がミルマイズに縄を掛けるが、やはりミルマイズは一切抵抗せず、唯々諾々と縄を引かれるままに牢へと連行されていった。
「・・・何とも拍子抜けだな。しかし、父上とサリエルは何としても確保せねばならん。ヨークラン公、兵士達に抜け道を捜索させろ。どうやらこの城の何処かには居る様だからな・・・」
「畏まりました、すぐに手配致します」
そう言って下がるマルスから視線を消失した王座に移したアグニエルは、しばし厳しい視線でそちらを見てから踵を返した。
「・・・帰るぞシャルティ、ここにはもう用は無い」
「仲直りしてくれないかしら・・・ん~、今は無理ねぇ・・・私は邪魔しませんけどお手伝いも出来ませんからね、兄上」
「お前の手を借りる事などあるものか! いいからサッサと寝てしまえ!!」
「はぁい。・・・お父様、サリエル、またね?」
シャルティエルも王座の方を見て一言呟き、そのまま謁見の間を後にしたのだった。
やけにアッサリ諦めたラグエルですが、当然このままサリエルとイチャイチャ暮らしましたなんてオチにはなりません。次回はラグエルが何故この様な行動を起こしたのからを含めて書いていきます。




