7-18 年末
「・・・なんだコレ?」
コロッサスの呟きが空しく響く。馬車を駆り、10数分掛けて帰って来た悠の屋敷では人外の戦いが展開されていた。
「ハハッ! これほどのドラゴンと戦った経験は1000年を通しても記憶に無いな! 以前の私なら一瞬で鉄屑にされていただろう!!」
「クッ! 何という防御力と機動力だ!! こんなデュラハン(首無し騎士)など反則だぞ!!」
爆破の吐息に煽られながらも空中で反転し、大剣を振る事で態勢を立て直したギルザードはさしてダメージを受けた風でも無くドラゴンの形態に戻っているサイサリスに肉薄していく。
「まだまだ試したい機能が山の様にあるのだ、付き合って貰うぞサイサリス!! 『豪風翔』!!」
ギルザードの小手が光り鎧の背中部分が展開し、内部の噴出機構が露わになったかと思うとそこから強烈な風が背後に向かって排出され、ギルザードの体を前方に向かって強烈に加速させた。
「と、飛んだっ!?」
その速度はサイサリスの虚を突き、巨体と相まってサイサリスの回避行動を鈍らせてしまった。悠が『竜騎士』となって飛ぶ速度に近いその突進の直撃を受ければ如何なサイサリスであろうとも大きなダメージを受ける事は避けられなかったであろうが、幸か不幸かその様な結果にはならなかった。
「わあああああああっ!?」
大きな盾を持っていたギルザードは前方からの風の直撃を受け、目標のサイサリスを外して明後日の方向へと吹き飛んでいく。さながらそれは注入口から手を放した風船の如く宙を飛び交い、やがて結界に引っ掛かってギルザードは墜落した。
「ぎゃふん!!!」
「・・・・・・何してんのコイツ?」
「うーむ、『豪風翔』の魔法はもう少し改良の余地がありますね。ユウ殿はどうやって高速飛行を可能にしているのですか?」
「飛行自体はレイラの固有能力で、風の影響は結界で遮断している。それを抜きにしてあの様な恰好で飛べばどこに飛んで行くか分からんぞ?」
「なるほど、そうすると風属性だけでは無く、無属性の結界も必要なのですね! ヤハハ、生身の人間に試して貰う事など出来ませんから助かります。噴出機構のバランスも見直しましょうか」
「・・・ねー、俺ちゃんアレ以来でっかい魔物って苦手なんだけど・・・うう、気分悪ぅ・・・アルト、胸を貸して・・・」
「え、うん・・・あっ、匂いを嗅がないで!?」
《サイサリス、ぶ、無事だったか!?》
「よ、よもやデュラハンに討伐されかけるとは思いませんでした・・・」
《ちょっと、敷地内で爆破なんか使わないでよ!! 窓が幾つも割れちゃってるじゃない!!》
「ヤハハ、ここも手狭になって来ましたかねぇ。アオイ殿の機能の拡張も検討しましょうか」
「では出発するぞ、ギルザードは屋敷の中を掃除しておけよ」
「うぐぐ・・・窓を割ったのは私では無いのに・・・」
「・・・こんな環境にいれば強くなる訳だ・・・」
目の前の光景に妙に納得してしまうコロッサスであった。
「ふぅ、間に合ったか!! それじゃ俺は行くぜ、近い内にまた顔を出せよ、ユウ!」
「ああ、サロメによろしくな」
ミーノス近郊に着陸し、コロッサスは急ぎ足でミーノスへと帰って行った。予定時刻を過ぎればサロメは冗談抜きでコロッサスを酷使すると確信していたからだ。
コロッサスを置いた悠はすぐにフェルゼン近郊へと戻り、ようやく忙しい一日から解放されて一息つく事が出来た。
「コロッサス殿はあの兄妹に振り回される運命なんですかね」
「本当に嫌だったら辞めてるだろ。マゾなんだよマゾ」
「業の深い事で・・・。そうだ、ユウ殿、コロッサス殿からまたギルドの手伝いを頼まれましたよ。子供達の実力を見込んで中間層の依頼を頼みたいそうです。少しずつ組み分けしてやってみてはどうですか?」
「・・・考えておこう。Ⅳ(フォース)程度の依頼なら3人ほどで組んで誰か大人を補佐に付ければまずこなせるだろうが、万一の事態には常に備えておかねばならん」
せっかく保護した子供達を命の危険に晒すのは本末転倒というべきであり、保護者の存在は必須である。しかし、人間死ぬ時はどんなに備えても死ぬものだと割り切っている悠は、よほどの危険な依頼でないのなら子供達の自主性を重んじるつもりで頷いた。
「それは勿論ですね。最低でも生きて逃げ帰る事が出来る布陣で臨むべきでしょう」
「シャロンの事もあるし、全員を一度に行かせる事は出来ん。俺とあと1、2人誰かが付いてくればパーティーとしての人数も合う」
「ガキの引率たぁ冴えねぇなぁ・・・」
雑談しながら広間に戻るとギルザードを除いた全員が揃っていた。
「おかえりなさい、悠さん」
「ああ、ただいま。そろそろ夜飯の準備に掛かるか?」
「そうですね。・・・あの、サイサリスさんは好きな食べ物や苦手な食べ物はありますか?」
「好きな肉はジェネラルオーク(将軍豚鬼)の肉だ。嫌いな肉は・・・腐っている魔物の肉だな」
「・・・肉限定ですか・・・」
「小雪ちゃんみたい・・・」
「ち、違います!! 私はお野菜も食べますから!!」
「今日は豪勢に行きましょう。ベリッサさんのメモに年暮れに食べる料理のレシピが載ってましたから」
恵は年末という事で一度食材を片付けようと気合を入れた。新型の『冒険鞄』のお陰で食材が腐るという事は殆ど無いのだが、やはり使用頻度の違いから消費が遅い食材もそれなりに残っている。そして長年の感覚というのは中々抜け切らず、恵としては生の食材はなるべく早い内に使ってしまいたいのだった。所帯染みているともいう。
その後全員で料理の手伝いをし、ギルザードが屋敷内の清掃から帰って来る頃には豪勢な食事がテーブルに所狭しと並べられる結果となった。もっとも、ギルザードは飲食不要、睡眠不要の体であるのでシャロンの世話を焼く事だけしかする事が無いのだが。シャロンも飲食は基本的に不要だが食べられない訳では無い。
全員が席に着くと、早速料理に手をつけようとしたサイサリス以外悠に注目していたので、サイサリスも途中で手を引っ込めて悠の言葉を待った。
「サイサリスには何の事か分からんだろうが、それは後で説明するとしてまずは聞いてくれ。今日でこの世界の一年が終わる。俺がこの世界に来てから二月が経過するが、未だ世界はおろか人間社会にも変革の第一歩を記したに過ぎん。だがその一歩はアーヴェルカインにとって大きな一歩である事を俺は祈っている。来年中にこの流れを世界に波及させて行きたい。皆には今後も苦労を掛ける事になると思うが、どうかこれまでの様に俺を助けて欲しい」
悠の言葉に全員が深く頷いた。悠はこれまでも決して助けてやったなどという上から目線で子供達に語る事は無かった。そしてこれからも無いだろう。それは助けたいと思ったのは悠が自分で思い、実行したからであり、それに付随するどんな苦労も転嫁するつもりは無かったからだ。
悠に助けられた者達は皆その事を知っている。悠は口には出さないが行動としてそれを実践しており、その大きな背中に皆純粋な敬意を抱いているのだった。
「それと、コロッサスから増大するミーノスの依頼を消化して欲しいと要請があった。そこでもし希望者がいればその依頼を俺達と一緒にこなしてみようと思うのだが・・・希望する者は居るか?」
「「「行きます!!!」
「・・・えっ!? 俺ちゃん以外全員乗り気!?」
ルーレイ以外の全員が間髪入れずに参加表明をした事で取り残されたルーレイがオロオロと周囲を見回したが、隣にいるアルトのキラキラした目を見て小さく手を上げた。
「俺ちゃんもイキタイデス・・・」
「ルーレイ、君はまだまだ体力が足りません。いい機会ですから鍛えていらっしゃい。・・・アルト殿にいい所を見せるチャンスですよ」
「っ!? 行く行く!! 俺ちゃんの魔法が火を噴くぜぃ!!」
先ほどの消極的な態度をどこかに投げ飛ばし、ルーレイが立ち上がって両手を上げてアピールするのを見てハリハリが顔を逸らしてニヤリとほくそ笑んだ。
「たまに黒いよな、お前・・・」
「何事も経験ですよ。嫌々やるより楽しんでやる方が建設的ですし、誰も損をしないのですから」
「では全員参加という事で、後日組み分けを発表する。長くなって済まんな、夕飯にしよう」
短いようで濃密だった最初の年はこうして終わりを迎えたのだった。




