7-13 激突の時1
悠が街に戻ろうとした際に多少混乱はあったが、ローランからの特命という事で事無きを得ていた。今回悠は街を出る時に正式な手順を踏んでおらず、資料上はミーノスに留まっている事になっていたからだ。門番に連絡してその憂いを解消しておいてくれたローランの手腕には感謝せねばなるまい。
すぐに王宮に出向くと全員が揃って悠を待っていたが、事の顛末を聞いた者達の顔は呆れ気味であった。
「・・・段々君の家は色々な種族の寄り合い所になってないかい?」
「他に受け入れる場所が無いのだから仕方が無かろう。何か問題があっても俺の家ならばすぐに動かせるからな」
「えーと・・・細君は協力してくれるのですか、スフィーロ殿?」
《我もサイサリスもユウには協力を惜しまぬつもりだ。我らは既に国を捨てた身の上、人族同士のいざこざでなければ構わない》
「本当に首飾りが喋ってる・・・俺の常識って何なんだろ・・・」
悠が居ない間に説明を受けたヤールセンであったが、こうして実際に目にすると衝撃を受けずにはいられなかった。本だけは散々読んで来たつもりであったが、久々に舞い戻って来た現実はいつの間にかお伽噺の世界を凌駕していたらしい。
「サイサリスが居ればもう誰もあの屋敷に手出しは出来んだろう。しかしそれに伴って一つ問題が発生したので、俺は今日中にそちらを解消しておくつもりだ」
「問題とは穏やかじゃないね、一体どういう事だい?」
悠の言葉に反応したローランが問い質すと、悠はバローに視線を向けた。
「バロー、覚えているか? スフィーロを竜器に封印した時の事を」
「あん? ・・・・・・・・・あっ、おいおい、そういやスフィーロの事で厄介事が一つあったじゃねぇか!! アイオーンの奴が黙っちゃいねぇぞ!?」
「何があったのですか?」
「アイオーンの奴、ユウの力にご執心でな。ローラン達が知っての通り、ユウはそこの首にぶら下げてるレイラの力で『竜騎士』になるだろ? んでアイオーンの奴、スフィーロを寄越せってユウに詰め寄ったんだが、ユウは「コロッサスに勝てたらスフィーロを譲る」って約束しちまったんだよ。今更反故にするなんて言ったら血を見るぜ?」
「あっちゃあ・・・それは不味いね・・・」
アイオーンを良く知るローランもバローの説明に顔を顰めた。もしアイオーンが勝てば悠にスフィーロを渡す様に迫るだろう。そして悠がそれを拒否すれば恐らく本気の殺し合いに発展する事は想像に難くない。
《そんな約束をしていたのか、ユウ?》
「アイオーンが勝つ事は有り得ないからな」
悠の断定に今度はバローが顔を顰めた。
「なんでだ? コロッサスは確かに強いけどよ、アイオーンだって馬鹿にしたモンじゃねぇぜ? あの時ですら俺より強かっただろうし、コロッサスだって負ける事も・・・」
バローの説明はもっともだと思われたが、悠は首を振って否定した。
「決闘という形でならば100回やって100回コロッサスが勝つ。もう数年もすれば万一が有り得るが、現時点でアイオーンが勝つ事は不可能だ」
「やけに断言するじゃねぇか。何か根拠でもあんのか?」
「ある。だが言葉で言うよりも見た方が早かろう、今から出るぞ。ルーファウス、ローラン、今年は世話になった。また来年に」
「ま、待てよ!! ったく、相変わらず忙しい奴だな・・・! 俺も行くぜ、あばよ!」
それだけ言って悠は踵を返し、部屋を出て行った。残されたバローも慌ててその背に付いて行く。
「ではワタクシもお暇しますか。皆さん良いお年を」
ハリハリが気障な仕草でローラン達に頭を下げてそれに続く。
「う~ん・・・ユウがあれだけ断言するんだから勝算があるんだろうけど・・・私ではコロッサスとアイオーンのどちらの方が強いのかは分からないな・・・」
「コロッサスにアイオーンって・・・『隻眼』コロッサスと『氷眼』アイオーンですか? 同じ『六眼』のメンバーじゃないですか?」
「人間世界一の剣士として名高いコロッサスだけど、魔法と槍術を巧妙に使いこなすアイオーンならば正面から戦うなら手数や距離の面でアイオーンが有利なんじゃないかとすら思うんだが・・・」
「さて、戦闘に関してユウが適当な事を断定口調で言い切るとは思いません。戦闘者では無い我々には分からない機微というものがあるのでしょう。差し当たって我々は自らの仕事に精を出すべきですな。ヤールセン君、明日までに新年の式典の手順と学校への入学希望者の窓口の勤務体制、それに城内及び街中の警備の配置を頭に叩き込んでおく様にね。君に当分休みは無いからそのつもりで」
「・・・あの、実家の父もトシなのでせめて一度帰らせて――」
「ああ、お父上からは「これまで怠けていた分馬車馬の様に働かせてやって下さい!! 当分は返さなくて結構ですから、ワッハッハ!!!」との有り難いお言葉を頂戴しているから全く気にする必要は無いよ。大丈夫、君なら出来るさ、ワッハッハ」
「・・・俺、早まったかな・・・」
満面の笑みで酷使を宣言するローランに頭痛を覚えながらヤールセンは必要な資料を漁り出したのだった。
「・・・と言う訳でサロメ、コロッサスを貸してくれ」
「駄目です。こんなのでも一応ギルド長ですので、年末年始はとても忙しいのです。お引き取り下さい」
「済まんが俺も退けんのだ。そこを曲げて少しだけ頼む」
「駄目と言ったら駄目です。コロッサス様はこれから徹夜で働くのです。今日も、明日も、明後日も。お引き取り下さい」
「・・・そろそろサロメと魔法について語り合う時間が取れそうなのだが・・・」
「2時間です、2時間だけお貸ししますので早く返して下さいね」
「うむ、済まんな」
そういう事になった。
「そういう事になった、じゃねーーーーーよ!!! 何でお前らは俺を抜きにして俺の予定を決めてやがる!!! 俺は下っ端の傭兵か!?」
悠とサロメの交渉を横で見ていたコロッサスが耐え切れなくなって大声を上げたが、悠とサロメは揃って冷静な表情でコロッサスを見て答えた。
「コロッサスの予定はサロメが掌握しているのだから当然だろう」
「コロッサス様を如何に効率良く働かせるのかを考えるのがギルド長補佐の私の仕事ですので」
「お、同じ様な冷たい目をしてこいつら・・・!」
ギリギリを歯軋りをして睨むコロッサスの肩ににこやかに笑うバローの手が乗せられた。
「まぁまぁ、当然タダとは言わねぇよ? ホラ」
「何を・・・って、そ、その剣はもしかして・・・!?」
「お察しの通り、お前さんの新しい剣だぜ。鋼神カロンが精根込めて打った、世界でも最高クラスの逸品だ。・・・けど、引き受けて貰えないんじゃなぁ・・・」
悲しそうな顔を作りバローが剣を遠ざけると、それに釣られる様にコロッサスもその後を追った。
「ま、待て待て!! 別にやらないとは言ってないだろ!?」
「いやいや、無理ならしょうがねぇ。当分仕事が忙しいなら剣も不要って事だろ? これはお忙しいコロッサスが暇になるまで俺が預かっておくさ。いや~残念だな~」
「こ、こら、仕舞おうとするな!!! ・・・クソッ、分かった!!! 今からだってやってやる!!! だから剣を寄越せ!!!」
「ハハハ、何か無理矢理言わせたみたいで悪ぃな! ホラよ」
「無理矢理言わせたんだろうが!! ・・・っと、こりゃ凄ぇ・・・」
怒鳴り返したコロッサスだったが、そんな荒れた気持ちもバローから受け取った剣を抜いて確認した瞬間に遥か遠くへ吹き飛んでしまった。
刃渡り70センチほどのその長剣は抜いた瞬間から光輝き、その刃の鋭さはコロッサスの背中に冷たいものを走らせた。刀身には一点の曇りも無く、芸術品の如き美しさを持ちながらも一切柔弱な印象が無いのだ。
「・・・チッ、これほどの物を貰ったんじゃやるしかないな・・・サロメ、アイオーンを呼び出してくれ。今からそっちに行くとな」
「畏まりました」
一旦纏まったとなればミーノスの冒険者ギルド上層部の動きは他のどのギルドよりも早く、サロメは早速フェルゼンへと通信を繋いだ。
《・・・こちらフェルゼン、何の用だコロッサス》
「ったく、挨拶くらい普通にしろよ。・・・用件は例の手合わせの件だ。ちょっとユウの事情が変わったから今すぐやって欲しいんだとよ。今時間はあるか?」
《私はいつでも大丈夫だ。・・・しかし今からだと?》
「コロッサスは俺が運ぶ。目覚めたスフィーロが協力を表明してくれたのでな、悪いがアイオーンにそのままくれてやる事は出来なくなった」
《・・・約束を反故にするつもりか、ユウ?》
口を挟んだ悠に予想通りアイオーンが反発して殺気を放った。
「いや、約束通りコロッサスに勝ったらスフィーロを譲るが、同時に訓練も受けて貰う。一刻も早いスフィーロの能力強化が必要なのだ」
《・・・ならば構わん。コロッサス、待っているぞ》
それだけ言うとアイオーンは映像を遮断してしまった。
「よし、それじゃ行くか! 俺もようやくユウの『竜騎士』って奴を拝めそうだ」
「まずはミーノスを少し離れるぞ。あまり近いと『虚数拠点』を展開出来ん」
「了解だ、んじゃ行って来るぜサロメ!」
「仕事に差し支えますので怪我などなさいませんよう。無事のお帰りをお待ちしております」
・・・意気揚々と出かけたコロッサスだったが、その悠の屋敷が人外魔境の地だと知るまでそう長い時間は掛からなかったのだった。
という訳でコロッサス対アイオーンです。結構長く続けて来ましたが、未だにコロッサスが悠とお出かけした事は無かったのですよね。
・・・ドラゴンが居たりデュラハン(首無し騎士)が居たり吸血鬼が居たりしますけど、そんなの些細な問題ですよね!




