7-12 同胞
翌朝、旅立つ前にウェスティリアとサイサリスが全員の前で紹介された。場所は屋敷の外である。
「私はウェスティリアだ。今更だが済まなかった」
「サイサリスと言う。殺し合っておいて厚かましいと思われるだろうが、以後よろしく頼む」
揃って頭を下げる2人にビリーとミリーはまだ多少蟠りがある様子だったが、子供達にはもう不安は無い様で、それはウェスティリアに殺されそうになった神奈ですら変わらなかった。
「ウェスティリアさんか。今回は負けたけど、次はあたしが勝つぞ!」
「・・・フ、いいだろう、その時まで精々腕を磨いておく事だ。そう簡単に『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号はやれぬよ」
憎悪や怨恨の無い神奈の口調にウェスティリアは苦笑した。そしてそんな風に神奈を育てた悠にほんの少しだけ尊敬に近い感情を抱いたのだった。
「ユウよ、サイサリスとスフィーロ殿を頼む。出来れば次に会う時は友好的に話し合える事を願っているが・・・」
「それは俺も同感だ。万一ドラゴンズクレイドルに居辛くなったらここに来い。それと、俺にはこの世界の中で特に竜気が遮断された場所でなければどこに居ても『心通話』が通じるゆえ、用があるなら連絡してくれ」
「分かった。・・・・・・ユウ、もう分かっているかもしれないが、ドラゴンは人族居住地への侵攻を目論んでいる。サイサリスやスフィーロ殿は斥候の任を帯びてこの国に来ていたが、各地の情報を統合してドラゴンが人族を攻めるのに早ければ三月と言った所だ。その際、最大戦力を派遣して尚且つ最速で撃破されたこの地域には未曾有のドラゴンの軍勢が攻め寄せると考えられる。私も可能な限り押し留めるか翻意を促すつもりだが、期待はしないで欲しい」
『ウェスティリア殿、言ってしまっても良いのか?』
ドラゴンの内情を漏らしたウェスティリアにスフィーロが口を挟んだが、ウェスティリアは首を振った。
「時期や規模はともかく、斥候を出した意味など少し考えれば知れる事。それよりもユウを知らず空で翼を畳むかの如き所業の方が問題があると私は判断した」
空で翼を畳むとはドラゴンの言い回しで愚か者を指す言葉である。
「・・・そうか。とりあえず俺も三月は待とう。三月経ってウェスティリアから連絡が無ければ俺からドラゴンズクレイドルに出向くぞ」
その言葉の意味を悟ったウェスティリアの顔が緊張で引き締まった。悠の宣言は宣戦布告に等しいものだったからだ。
「・・・もしそうなれば死力を尽くして戦う事になるだろうな・・・」
「戦う意志の無い者を蹂躙するつもりは無いが、あくまで邪な意図を変えぬのならば除かせて貰う。特にウェスティリアには悪いが龍王は捨ておけん」
「分かっている。他の誰が説得しても父上は耳を貸さないだろう。これまで生きて来て一度も負けた事が無いと豪語しているからな。・・・そして父上が戦うなら私も傍観者では居られん。敵わぬと分かっていても・・・」
ウェスティリア自身にはもう悠と戦う意志は無いが、身内である自分には情が通っていないとしても国を捨てる事が出来ないと悟っていた。もし悠が乗り込んで来る事態に陥れば、自分の死に様をもって他のドラゴンにその愚かさを示す覚悟を決めていたのだ。
「・・・ウェスティリア、お前が何を考えているのかは私には分かっているつもりだ。だがユウが言う様に、どうしようもなければここを頼ってくれ。・・・頼む・・・」
サイサリスがウェスティリアの肩に手を乗せて訴えた。その手に必要以上の力が篭っている事を感じ、ウェスティリアが苦笑する。
「あのサイサリスが随分と変わったものだ。よせ、そんな弱気な顔はお前には似合わぬ。私とて何の勝算も無く戻ったりはせぬよ」
具体的な事を言わずに笑い掛けるウェスティリアにサイサリスも無理矢理笑顔を作ってみせた。お互いの心の内を測れないほど2人の友情は浅い物ではなかったが、だからこそ言えない言葉もあるのだ。
「では私は行く。さらばだ、人族の英雄とその同胞達よ」
サイサリスの手を放し、数歩後退したウェスティリアが目を閉じて空を見上げると、次の瞬間には人化が解け、その場に紫の鱗を持つドラゴンが出現していた。
「・・・」
しばしの間悠を見つめるウェスティリアはその姿をしっかりと目に焼き付けると、翼で大気を叩いて大空へと上昇していき、すぐに見えなくなった。
「ウェスティリア・・・どうか無事で・・・」
サイサリスの祈る様な呟きは、風に流されて何処にも届く事は無かった。
無言でウェスティリアを見送った後、スフィーロが口を開く。
《ユウ、レイラ、我を鍛えてくれ。一刻も早く現身を取り戻し、ウェスティリア殿を助力して差し上げたいのだ》
「・・・良かろう。だが、急ぐのならばそれだけ辛い鍛練になるぞ?」
《言っておくけど比喩じゃ無く本気でキツいわよ?》
《構わぬ。ウェスティリア殿は我が身も省みずサイサリスを助力して下さった。サイサリスの・・・夫として、我はウェスティリア殿に借りを返さなければならぬ》
「スフィーロ・・・ありがとう・・・」
スフィーロの言葉にサイサリスが泣きそうな笑みを浮かべた。親友であるウェスティリアを助けようと言ってくれるスフィーロに、サイサリスは自分の想いは間違っていなかったと改めて嬉しく思った。
「では俺は一度王宮に戻る。バローやハリハリを置いて来たままだったからな。今年も今日で最後だ。新年は皆で祝おう」
《屋敷を収納されますか?》
葵の質問に悠は頷いた。
「ああ、一々2人を抱えて帰るのも面倒だ。それに一つ済ませてしまいたい用事も出来た」
《畏まりました、それでは皆様、中へお入り下さい》
「何が始まるのだ?」
《見ていれば分かる。我は悠と共にしばし留守にするが、他の者と仲良くするのだぞ、サイサリス?》
「・・・努力します」
コミュニケーション能力が高いとは言えないサイサリスだったが、これから世話になる場所に溶け込む努力はしようと心に誓った。夫の要望に良く応えてこそ良き妻のはずだと頬を染めて思いながら。
全員が中に入ったのを見計らって悠は『虚数拠点』を収納し、『竜騎士』となってミーノスへと戻って行ったのだった。
ウェスティリアには茨の道となりそうです。




