閑話 いわゆる一つの恋愛論
その頃大部屋では・・・
「話し合い、上手く行くのかな・・・」
「恋愛感情が絡んでると厄介よねぇ」
「結局はあのサイサリスさんがスフィーロさんの事をどれくらい好きなのかによるんじゃないかな? スフィーロさんを元に戻したかったら悠さんのいう事を聞くしかないんだし・・・」
「本当に取り戻したいのなら悠先生に従うしかない。別に悠先生は無茶な要求はしない」
「・・・そうだよね」
「う~ん・・・この世界の私にはドラゴンがそんな事で折れるとは思えないんだけど・・・」
「私も同感。ドラゴンと言えば冷酷非情の代名詞だし。ごく稀に理性的なドラゴンの話も聞くけど、あくまで信憑性の無い昔話に過ぎないし・・・」
大部屋では女性陣が姦しく恋愛談義に花を咲かせていた。もう夜も遅いので年少組は夢の世界に旅立っており、男性陣はドアの近くに集まって万一に備えている。シャロンは自室に戻っており、シュルツとギルザードは見張り番として広間のドアの前に立っていた。
「あたしが見た所、ウェスティリアって人は分からないけど、サイサリスって人は本気だと思うよ。見た目は怖いけど、中身は随分乙女なんじゃないかな~?」
「ドラゴンに乙女って・・・ああ、でもレイラさんも結構乙女よね?」
「ドラゴンも中身は人間とそんなに変わらないのかな・・・」
神奈の言葉にミリーとリーンも考えを改めて頷いた。エルフのナターリアを見ても、どうも悠を気にしている風だったし、吸血鬼のシャロンすら悠には心を開いていた。一定の知性を持つ生物の精神構造にはそれほど大きな違いは無いのかもしれない。
「ところで、そろそろハッキリさせておきたい事がある」
「何かしら?」
蒼凪が口調を改めて他の者達を見やり、これまで話し合う事を避けてきた話題を口に出した。
「皆はどのくらい悠先生に対して本気なの?」
「「「!?」」」
蒼凪の爆弾発言は強大な破壊力を持って全員の心を直撃した。それは今まで明言を避けて来た事の一つだったのだ。
「私は何があっても悠先生について行くつもり。勿論元の世界にも帰らない。具体的には先生の世界に行って『竜騎士』になる」
蒼凪は既に戦後の具体案まで練り上げていた。悠に認められるには力が必要であり、それを手に入れるには『竜騎士』になるしかないと思い至ったのだ。
「皆はどうするの?」
「あ、あたしは・・・あたしは・・・・・・」
悠への忠誠心なら蒼凪にも負けないと自負していた神奈ですら返答に詰まってしまった。家族や友人を元の世界に残して悠について行くなどという選択肢は容易に選択出来る問題では無い。
「・・・ゴメン、聞き方が卑怯だった。私は元の世界に何も未練が無いからそう思っているだけ。ただ、いつかはそれを決めないと辛い思いをすると思う。特に本気で悠先生の事が好きならば」
(・・・私は母さんを置いてはどこにも行けないな・・・)
母子家庭に育った樹里亜。
(私みたいな子供が悠先生の眼中には無いよね・・・)
自分に自信が持てない小雪。
(どうしよう、全然考えてなかった!! むむ、むむむむむ~!!!)
何も考えていなかった神奈。
(ズルイな、私。悠先生と同じ世界だからって安心しちゃってた・・・)
どこかで悠と別れる事は無いと安心していた恵。
(・・・うん、私はここに居る。ここは私が生まれた場所だもの)
自分の心がアーヴェルカインにあると悟るリーン。
(・・・・・・・・・)
あらゆる感情が混沌として形にならないミリー。
「ここに集まった皆は悠先生の事が好きだと思ったから、そして一度皆よく考えておいた方がいいと思うから今日はあえて言ってみた。その時になって、帰る時になって心が定まっていないと後悔するから・・・。それと、別に後押しする訳じゃないけれど、大切な人が居て踏ん切りがつかないのなら、その人も一緒に悠先生の世界に連れて行ってもらえばいい。悠先生に鍛えられた私達なら軍にでも入れば養っていく事は出来るはず。・・・行きたくないと言われたら無理だけど」
蒼凪は本当に具体的な事にまで思考を巡らせていたのだ。悠から蓬莱の状況を聞き、そこでどう暮らしていくかまで既に当たりを付けていたのだった。
「・・・本当に色々考えていたのね、蒼凪」
「うん。生まれて初めてと思うくらい考えた。・・・これまでの私には未来なんて何の実感も無かったけど、悠先生と出会ったお陰で私の未来には希望が出来た。例え悠先生が私を選んでくれなくても、私は自分の力で生きていける」
「でも黙っていれば良かったのに、何で今それを私達に教えてくれたの?」
樹里亜の問いに蒼凪は少し俯いて答えた。
「・・・最初は黙っていようかと思った。でも皆は私を助けてくれた恩人でもある。恩人を出し抜く様な真似を悠先生が好むとは思えない。・・・それに、私も狡い手段で悠先生に認められたい訳じゃない。私は、私に恥じる事が何一つない上で悠先生に私を選んで欲しい。それを乗り越える覚悟が無いと悠先生には届かない。そして、皆に後ろ暗い所を持ちたくない。仲間だから、友達だから」
「「「・・・」」」
全く本音を隠さない蒼凪に、他の者達は圧倒されてしまった。特に悠を慕う神奈や恵も正体不明の敗北感を感じざるを得ない蒼凪の告白だったが、大人の恋愛には程遠い。しかし、だからこそ直視すると目を灼かれる様な輝きに満ちていた。
(強くなったなぁ、蒼凪・・・)
(負けたかも・・・ううん、勝ち負けじゃない。私にも覚悟が足りないんだ!)
樹里亜と恵は蒼凪の言葉を咀嚼し、悠の事を想った。自分にとって悠はどれほどの存在なのか、改めて考えてみたのだ。
だが、そこに神奈が大声で宣言した。
「決めた!! 私は親父と一緒に悠先生に付いて行くぞ!!」
「ちょっと神奈、そんな事簡単に決めてもいいの?」
「大丈夫だ!! 親父は小さい事にこだわる人間じゃないし、「自分の意見を通したかったら俺に勝ってから言え」って常々言ってたしな!! 反対するなら殴り飛ばして連れて行くぞ!!」
「シンプルな思考のあなたが羨ましいわ・・・」
神奈のデジタルな思考に樹里亜は盛大な溜息を付いた。普通の人間はその0か1の間に無限の悩みがあるはずなのだが、神奈には無いらしい。
「そうすぐに答えが出る人ばかりじゃないと思う。まだ時間はあるはずだから、少し考えてみてくれればいい。・・・私は一番の強敵は明ちゃんだと思っているけど」
「「「え!?」」」
他の者達の共通見解では恵が最も悠に信頼されていると考えていた為、蒼凪の言葉は全員の意表を突いた。
「別に変じゃないと思うよ。明ちゃんはきっと大きくなっても悠先生が好きだろうし、自分の感情も隠さないし努力もしてる。今は7歳だけど、10年経てば結婚してもおかしくない年になる。何より、悠先生も言っていたけど、明ちゃんにはその人の本質を見る目がある。だから明ちゃんには区別はあっても差別が無い。その考え方は悠先生と近しい」
つぶさに悠を見ている蒼凪だからこそ出て来る意見に全員絶句して黙り込んでしまった。
「それに悠先生は気にしないけど、絶対気にしないけど!! 明ちゃんは成長したら美人さんになるのが分かってる。胸も大きい・・・」
自分の胸を見て蒼凪が切ない表情になった。恵は気まずそうに顔を逸らしている。蒼凪の場合、明の『成長』で自分の最終的なプロポーションも分かっているので尚更哀愁が漂っている。
「・・・まぁ、それは置いておくとしても、今後も強くて綺麗な女の人が出て来ないとも限らない。だから皆も自分の想いを見極めて努力は怠るべきじゃない」
ナターリアやアリーシア、それにギルザードやシャロンの事を思い浮かべて全員が俯いた。世界は広く、魅力的な者には事欠かないらしい。・・・ギルザードは除外するべきだろうが。
今日の出来事は女性陣にとって大きな意味を持つ転換点となりそうな、長い夜であった。




