7-6 矛と盾2
ヴォババババババババババババババッ!!!!!!!
夜の闇と静寂を切り裂く極彩色の光と音の乱舞が屋敷を中心に巻き起こり、葵が最大音量で樹里亜に注意を喚起した。
《樹里亜様、敵の魔法の照射時間が判明、4秒フラットです!!! 残り一秒間お願い致します!!!》
「分かったわ!!! シャロンさん、気合いを入れて!!!」
「は、はいっ!!!」
自分達も声を張り上げて樹里亜も答えた。自分の力を知悉する樹里亜は一秒と聞いて正直厳しいと感じたが、指揮する者は決して不安を見せてはならないという悠の薫陶を思い出して気丈に振る舞ってみせた。魔法は精神活動と密接な関係にあり、魔法行使に当たって心の平静を保つ重要性はハリハリが常々口を酸っぱくして皆に戒めている事だ。
そんな2人の教えの下、樹里亜とシャロンは遂に貫通して来た『龍哭』を受け止める。
「くうっ!?」
「キャア!!」
凄まじい負荷が2人の結界を襲い、着弾点が大きく撓んだが、樹里亜は何とか耐え切れる確信を得てほくそ笑んだ。シャロンとの『連弾』は悲観的に見積もっていた樹里亜の予想を超えて強靭だったのだ。
だがそれを察したのは樹里亜だけでは無かった。
「ウェスティリア!! このままでは受け切られる、爆散させるぞ!!」
「ああ!!」
ズンッ!!!!!
自身の特性である爆破の波動を乗せた『龍哭』は最後の最後で弾け、大部分の威力を犠牲にして幾つもの光球に分かれて結界と相殺してしまう。
「なんの!!」
その内の一つが無防備な樹里亜に迫り、正面に立ち塞がったギルザードが左手を伸ばしてそれを防いだが、威力は削がれたといってもその破壊力は侮れず、ギルザードの左手を巻き込んで爆散した。
その爆風に煽られながらも樹里亜の目は屋敷に迫る一つの光球を捉えていた。残念ながら被弾は避けられないと唇を噛んだ樹里亜の目に玄関から盾を持って飛び出して来た人物が映った。
「智樹!?」
「オオオオオッ!!!」
普段の温厚さをかなぐり捨て、智樹は雄叫びを上げながら自らの盾で光球を受け止め、そして爆散した光球に吹き飛ばされた。
「うわあっ!!!」
そのまま屋敷の壁に叩き付けられた智樹であったが、『物理半減』の能力は通常なら全身打撲と複雑骨折は免れなかったであろう智樹のダメージを軽減し、致命傷を防ぐ。
「くっ!? 神奈、シュルツ先生、ギルザードさん、突撃して下さい!! っ!? ギルザードさん!?」
魔力を枯渇させ、ふらつきながらも智樹に駆け寄った樹里亜の視線の先では、左手を喪失したギルザードが映っていた。
「ギルザード!!」
「大事ありません、シャロン様。どうぞ気を落ち着かせますよう。・・・行くぞシュルツ!」
「ハッ!」
「ニャロー!! 一発ブン殴ってやる!!!」
右手だけで大剣を掲げたギルザードと双剣を構えたシュルツ、そして拳を打ち合わせた神奈が一直線にサイサリスとウェスティリアを目指して矢の様に駆け出した。
「ああ、ギルザード・・・」
智樹の状態を確認し、致命的な怪我を負っていないと確認した樹里亜は智樹をやって来た後方待機組に任せ、自身はシャロンの所へ戻った。
「大丈夫よ、ギルザードさんは直接的な戦闘能力ならこの屋敷で悠先生の次に高いわ。多少の事でどうにかなる事は無いはずよ」
「え、ええ・・・すいません、私の心がもっと強ければ・・・」
精神と戦闘力のアンバランスさがシャロンの弱点だ。それが伴えば総合的に見て、シャロンの戦闘力は他を引き離して悠の次に位置するだろう。だが今のシャロンはギルザードの怪我を見て、暴走しない様に心を保つのが精一杯だった。
「まだシャロンさんの鍛練は始まったばかりだもの。でも今は後方に下がって。いいわね?」
「・・・はい・・・」
屋敷に被害が出なかった事は最上の結果と言えたが、それによってギルザードと智樹の怪我、自分とシャロン、智樹の離脱による防御能力の減少をどう賄うべきかを樹里亜は考え、後ろを向いて声を発した。
「始、朱音、2人は万一の遠距離攻撃に備えて防御を担当して!!」
「「はい!!」」
始の地属性と朱音の水属性は共に攻撃よりも防御に秀でた属性である。その2人を重ねる事で樹里亜は最終防衛線として機能させる事にしたが、2人には言わなかったもう一つの理由もあった。それは前衛が突破された時の備えという理由である。
(無駄に焦らせる必要は無いわ、今は出来る事に集中して貰わないと・・・)
走り去った3人の背を、樹里亜は祈る様な気持ちで見送っていた。
「し、信じられん・・・地形を変えてもおかしくないほどの魔法だという自負はあったのだが・・・」
「威力を抑えてももう一射は無理だな、来たぞ!!」
高速で迫る影を認めたサイサリスがウェスティリアに警告すると、ウェスティリアも気を取り直した。
「・・・どれがユウだ?」
「・・・顔を晒している2人は違う。あの鎧の奴も雰囲気が違うな」
「出し惜しみか? もしくは出て来ないつもりなのかもしれんがどうする?」
「倒す。自分の力が及ばぬ絶望を奴にも味あわせてやる!!」
即答したサイサリスは獰猛な表情を隠しもせずに先頭を走るシュルツに向かって駆け出した。これまで随分と我慢したサイサリスであったが、それももう限界だったのだ。
「ガアアアアアアッ!!!」
「この威圧感、貴様人間ではなさそうだな・・・いざ!!」
恐ろしい形相のサイサリスを見てむしろ闘志に火がついたシュルツとサイサリスが激突して熱い火花を散らす場所から少し離れてウェスティリアとギルザード、神奈は静かに睨み合った。
「さて、私個人に恨みは無いが、我が友の悲願を果たす為に討たせて貰おう。私はドラゴンが一族のウェスティリア、いざ尋常に勝負!」
「ドラゴン? ・・・ああ、例の『変化』か。不意打ちしておいて騎士道を気取らずともいい。私は元人間、現在はデュラハン(首なし騎士)のギルザード・シュルツだ。死して後、『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』になる機会を得るとは、私は運がいい」
「悠先生の一番弟子の大山 神奈だ!! お前らなんかあたし達でやっつけてやる!!!」
2人の自己紹介にウェスティリアは眉を顰めた。
「デュラハン風情と人族の子供が言ってくれる。死に損ないはあるべき場所に帰してやろう。その上で高みの見物を決め込むユウとやらを引きずり出してやる!」
「悠先生がそんな卑怯なまムグッ!?」
「カンナ、口が軽いのはお前の悪い癖だぞ? 敵を前にしても冷静にとユウも言っていただろう?」
「むぐ・・・」
余計な事を喋りそうな神奈の口をギルザードが塞いだ。悠の不在をわざわざ知らせる必要はないのだ。
「これ以上言葉は不要ではないか? 後は剣にて語り合おう」
ギルザードが片手で剣を構えると、ウェスティリアは冷笑を漏らした。
「フン、満足に手も揃っていない中級の魔物が私に傷一つでも付けられると思っているのか?」
「下等な蜥蜴モドキなど右手があれば十分さ」
「あたしだっているんだからな、バカにすんなよ!!」
それを最後に両者の間に緊張が高まっていき、それが最大限に膨れ上がった瞬間、どちらともなく互いに相手に向かって肉薄して行ったのだった。




