1-38 見回り3
「では自分達はこれで失礼します。まだ警備が残っていますので」
「何のお構いも出来ませんで・・・お疲れ様です」
「また近くに寄ったら是非お立ち寄り下さいね?悠さん」
「ああ、だがもう聞いているとは思うが、自分はこれからしばらく旅に出るのでな。帰りは少なくとも一年は先になると思う」
「あっ、そうでしたね・・・では、道中の安全をお祈りしてます。明も本当はまた悠さんにお会いしたかったでしょうけど・・・」
「よろしく言っておいてくれ。次に会う時には大きくなっているだろうな」
「ふふ、分かりました」
「咲殿、もし何か困った事があったら軍本部を尋ねるといい。神崎の既知だと言えば無碍にはされんだろうと思う」
「はい、もし何かありましたらお願い致します」
そんなやり取りをして四人は小鳥遊家を後にした。
「静かな夜ですね・・・」
高天原から出ると辺りは深更に及び、生き物が立てる物音一つ無く、しんと静まり返っている。
「前までは夜の警備をしててもどこかで龍の鳴く声が聞こえたりしたけど、今はもう殆ど居ないもんね」
「だからと言って気を抜いては駄目よ。殆ど、ではあっても皆無、では無いんだから」
三人もそれは心に刻まれているのか、話す声もごく小声だった。
「ああ、そうだ。明日千葉の家にご挨拶に伺うからな」
悠は思い出したから言った、とそんな感じで口に出しただけだったのだが、その反応は激烈だった。
「へ?・・・え?えええええっ!?」
「声が大きいぞ、千葉」
「ふぁっ!?す、すいませんっ」
「帰ってきてからまだ真和殿と睦月殿にご挨拶に伺っておらんかったからな。明日の夕刻、お邪魔すると今日お伝えした」
「そ、そうでしたか・・・明日は今日警備に入った者は休みになるので、私も明日は家に居るようにします」
「疲れが残っているのなら無理する事は無いぞ?」
「いいえ!全然っ大丈夫です!」
「ええ、大丈夫ですよ。明日は私達も亜梨紗の家に行く予定でしたので。ねぇ蓮?」
「そうね、神崎竜将がいらっしゃるならお洒落していかないとね」
「え?二人ともいつの間に来る事に・・・」
勿論二人は千葉家に行く予定など無かったが、どうせ明日は休みになるのだから昼まで寝たら三人で街に出かける予定であった。それを燕曰く『少々』変更しただけだ。
「あ、そうだ!神崎竜将も明日は私達とご一緒しませんか?旅支度でいる物もあるでしょうし、一緒にお買い物しませんか?今日は夜の休憩時間の露店回りも出来ませんでしたし」
「女同士の買い物に男が着いて行っても邪魔では無いかと思うが・・・」
「いえいえ、男性の目からのご意見は中々拝聴する機会がありませんので、むしろこちらが助かります」
「そうです!そしていい頃合の時間になったら一緒に千葉家に行けばいいんです!」
「私もそれでいいと思うわ。神崎竜将は如何ですか?」
女三人に加え、弁の立つ燕に立て板に水とばかりに捲くし立てられ、悠は断る口実が無い事と、今日の休憩分の奢りの事を踏まえて承諾した。
「ああ、では明日は案内をよろしく頼む。俺は買い物には疎くてな」
「了解です!では1時に正門前で待ち合わせにしましょう!」
「ああ、了解した」
素早く計画を立案する燕に亜梨紗と蓮は感謝の眼差しを送っていた。二人はそこまで頭の回転が速い方では無かったので、このような場面で燕は重宝されているのだ。
(燕は凄いな!今日の事やこれからの予定まで考えて悠さんにうんと言わせるなんてっ!)
(ええ、こういう時は本当に頼りになるわ、燕は)
しかし、そこで三人は思った。女子に取って男と買い物というのは言ってみれば武器を持って戦場に挑む事に等しい。武器(可愛い服や化粧、洒落たアクセサリーなど)の組み合わせを考え、戦場(気の利いたお店や美味しい料理店など)へ赴くのだ。勝者には愛しい人との心踊る囁き合いが、敗者には一人でとぼとぼと帰る未来が待っている。
これは明日は寝過ごす事など無く、十分に作戦(仮想デートプラン)を吟味しなくてはならない。
こんな平和な事に思考を割けるのも、警備自体は何の問題も無く進んでいたからだ。辺りは相変わらず静かで異変の一つも無い。
「あー、明日が楽しみだな~」
「先の事もいいが、任務を疎かにしてはいかんぞ」
「はいっ、了解でありますっ!」
先ほどまでの疲れた様子など吹き飛んだような顔で燕は答えた。
そして無事に警備は終了した。
終始和気藹々とした時間を過ごせて、この時間帯に警備を入れてくれた真田竜将には感謝の祈りを捧げたいと思った三人だった。
「ではご苦労だった。明日は1時に正門で会おう。今日の疲れを明日に残さんようにな」
「「「はい、お疲れ様でした!」」」
敬礼を交わしながら三人は別れた。
「燕、いい仕事をしたな!」
「ええ、本当に。今日に続いて明日も神崎竜将とご一緒出来るなんて思わなかったわ」
「ふふふ、このチームの頭脳担当として当然っ!」
「明日は神崎竜将にぜひ『可愛い』と言わせたいが・・・無理だな。色香に惑わされる方では無いか」
「今日の小鳥遊さん、かなりの美人さんでおっぱいもおっきかったけど、背負い投げされちゃったんだもんね・・・パンツ見えた時も動揺一つなかったし。むしろ私が動揺したよ」
「・・・神崎竜将、大きいの嫌いなのかしら・・・」
段々ただの女子会になってくるのは年頃の娘なので仕方が無い。
「いや、悠さんは胸の大小どころか、おそらく顔の美醜すら気にはせん。だからこそ難攻不落なのだが・・・」
「よかった、あたしのちっぱいじゃ蓮のカタマリには対抗出来ない所だったよ」
ちなみにサイズ的には燕<亜梨紗<蓮<<<咲と言った感じだったので、確かに胸の大きさで悠は落とせないだろう事は明白だった。
「それでもっ、女として気になる男には綺麗な所を見てもらいたいっ!」
「その気持ちは分かるな」
「今日は早く休みましょう。肌が荒れていてはいい服を着ていても台無しよ」
「うむ、では明日は12時に私の家に集合だ!それまでにしっかりと身嗜みを整えておこう」
「りょーかーい」
「ええ、分かったわ」
「恐らく明日の夜は父上は悠さんを引き止めて夕食に招待するはずだ。その時のドレスは家のを貸すから気にしなくていい」
「わ、ありがとー。どうしようかなと思ってたんだよね~」
「ありがとう、亜梨紗」
「うむ、ではまた明日!」
「「また明日!!」」
意気揚々と三人は家路に着いたのだった。
デート前振り。燕は軽いキャラなので私も重宝します。