7-3 登用試験3
「それまで!! 以上を持って「第二次試験」を終了する!! 煙の排出、ドアの付け替えを頼む!」
「「「ハッ!」」」
ローランの合図で兵士や官吏達が先ほどとは別の慌しさで黙々と作業をこなしていくのを見て、エリオスはヤールセンに遅れてその意図を悟った。
「ま、ま、まさか、これは・・・どういう事ですか!? 我らは試験に合格してこの場に呼ばれたはずです!!」
「ああ、「筆記」の試験は受かったね。でも私は「この国の官吏となる資格を得た君達に」と言っただけで、官吏として正式採用するなどとは一言も言っていないよ? そもそもその資質を問う為の第二試験なのだから」
「こ、この様な茶番で・・・!」
噛み付くエリオスにローランは笑いながら、だが断固たる口調で告げた。
「ああ、茶番かもしれない。でもその茶番に引っ掛かる程度ではとてもじゃないけど重要な仕事は任せられないよ? 現にここに居るヤールセン君はただ一人私の意図を見抜いたようだし」
「・・・妙に冗長に喋ってるなと思っただけですよ・・・」
「それこそが重要さ。証言から、資料から違和感を感じ取って答えを探すのは官吏の最も必要とされる能力だ。ひいてはエリオス君、君はその能力を私に発揮出来たと胸を張って言えるのかね?」
「そ、それは・・・」
ローランの指摘にエリオスは歯を食い縛った。先ほどの自分の醜態を思い出すと、自尊心の高いエリオスには口先だけでもそれを認める事は出来なかったのだ。
「・・・帰りたまえ、そして今一度自分が何をすべきなのか考えるんだ。貴族たる者、過ちを過ちと認める度量が必要だ。いい機会だから一度学校に来て見なさい。そこでオロオロして何も言えない連中に比べれば、君はまだ見所があるよ」
「っ! し、失礼します!!」
エリオスは最後の意地とばかりにローランの視線を正面から受け止めて、そして踵を返して立ち去っていった。他の逃げようとした貴族達もそれに続いて肩を落として立ち去っていく。
「・・・ふむ、思ったより骨があるな。いい教師が付けばモノになるかもしれないね」
「それは結構な事で。それで俺・・・私達はどうすれば?」
「おっと、今残っている者達は、この後希望の部署の責任者が来るから詳しい説明はその者達から聞いてくれ! 合格おめでとう!!」
ローランがそう宣言して初めて受験者達はホッと胸を撫で下ろした。それを聞いたヤールセンも用は済んだとばかりに自分の席に戻ろうとしたが、その手をローランが掴んだ。
「・・・まだ何か?」
「ヤールセン君、君はこの第二試験において大変優秀な成績を修めた。よって、君の就職先は決まったよ。・・・知りたいかね?」
ローランの笑顔に背筋に冷たい物を感じ、ヤールセンは恐る恐る尋ねた。
「・・・私の希望は王国司書官ですが、そちらですか?」
王国司書官は国内で発行される書物の検閲を行う部署である。危険を伴ったり、一般に流通させるのに問題があるとみなされた書物はその度合いに応じて流通を制限されるのだ。実家の関係でこの部署とは馴染みが深いという理由と新書をタダで好きなだけ読めるという理由でヤールセンはこの部署を希望していたのだが、ローランは静かに首を振った。
「残念ながらそうじゃない。君の働く場所は私の隣さ。つまり、君には私の副官になって貰う」
「・・冗談・・・ですよね? 俺・・・私は政治の専門家ではありませんし、生粋の貴族ではないので礼儀作法も身に付いていません。隣に侍らせていては宰相閣下が恥を掻く事になるかと思いますが?」
「政治も礼儀も覚えればいい。私が君を買っているのは知性だ。恥など考慮に値しないね」
「し、しかし・・・」
尚も反論しようとするヤールセンにローランは表情を改めて問い質した。
「ヤールセン君、君は早々にこの国に見切りを付けて世捨て人の様な生活を送っていたらしいけど、それで何か見えてくる物があったかい? このまま何事も成さずにただ世を斜めに見て生きるのが君の生き方だというのなら私は止めないが、君は本当にこのまま生きて後悔しないのかい? 死ぬ時に振り返る物が無い人生は・・・虚しくはないかい?」
「っ!」
ローランの言葉はヤールセンの心を抉った。ヤールセンだって最初から今の様な現状に甘んじていた訳では無いのだ。だが、人の世を知れば知るほど暴力と財力、そして権力の力の三本柱がヤールセンの正しさを、或いは青臭さを粉々に打ち砕いていった。結局この世は生まれが全てであり、持たざる者は永遠に持たざるまま死んでいくしかなく、中途半端にその恩恵に預かっているという事実が若いヤールセンを厭世的にさせていった。
そんなヤールセンにローランは手を伸ばした。
「一緒に来たまえ、ヤールセン君。私は君の未来にたった一つだけ保障しようじゃないか。自らの手で国の未来を作るという、この上ない大事業は決して君を退屈させはしないという事を。既に君は十分に羽根を休めたはずだ。そろそろ飛び立ってもよい頃合いではないかね?」
ヤールセンは年甲斐も無く胸が高鳴るのを自覚せずにはいられなかった。それは天からの福音のようでもあり、闇からの甘美な篭絡にも思えたが、そのいずれにせよヤールセンの鈍化していた感情を揺さ振ったのは間違いなかったのだ。
だからヤールセンは一呼吸置いて、ローランの手を取った。
「・・・降参です、宰相閣下。以後よろしくお願いします」
「こちらこそ。有能な副官が手に入って私は百万の味方を手に入れた思いだよ」
ヤールセンとて本当に何の興味も無いのなら発表を見て実家に帰れば良かったのだ。それなのに王宮に入っていったのはやはりどこかで期待していたからに他ならない。長い回り道を経て、ヤールセンはようやく自分が成すべき事を成せる場所へと辿り着いたのだった。
「そうそう、今晩は空けておきたまえ。殿下と『戦塵』のメンバーとを交えて会食の予定がある。それに君も参加するんだ、いいね?」
「えっ!? し、しかし、俺・・・私はこの通り不調法者ですし、まだ殿下にお会いするのは些か早いのではないかと・・・!」
「気にしなくていいよ、ごく私的な集まりだから。とりあえず一度家に帰ってご両親に報告して来たまえ。迎えはこちらから寄越すから、夜の鐘(午後六時)までに準備しておくんだよ?」
ヤールセンの反論をあっさり封じ込め、更に逃げる事が出来ない様に退路を塞いでローランはにっこりと笑い掛けた。この悪辣さは間違いなく両者の研鑽の差であっただろう。
反論出来ずに口をパクパクさせるヤールセンを流し、ローランは他の受験者達に声を掛けた。
「諸君! 今晩は城で合格を祝うパーティーを開催する! これを機に同僚と理解を深める一助として欲しい!」
ローランの寛大な言葉に受験者達は沸き上がった。登用試験が発表されてから2週間、碌に寝ても食べてもいなかった受験者にはこれ以上無い褒美となったのだ。
「あ、ヤールセン君は私達と親睦を深めるから当然そっちには参加出来ないから」
「・・・分かっていますよ・・・」
一瞬、「俺もそっちに参加してもいいですか?」と尋ねようとしたヤールセンが口を開く前にローランが釘を刺すとヤールセンも唯々諾々と従った。どうやらこの程度の反応速度ではいい様に弄ばれるだけだと気付いたヤールセンは以後、急速に年月の遅れを取り戻して行くのであった。
「あー、オヤジ、俺一応受かったよ。でもちょっと実家の仕事と繋がるか分からなくてさ、オヤジが期待してたのとはちょっと違うというか・・・」
「何を言っておるかバカモノ!! 先ほどフェルゼニアス宰相閣下から伝令が届いたぞ!! 「是非貴殿のご子息を我が副官として迎え入れたいと思い、お返事を頂きたく参りました」とな!! 安心しろ、既に二つ返事で承諾はしてある!! しっかりお国の為に働いて来い!!」
「本当に良かったわ、やっぱり私達の息子はロクデナシなんかじゃなかったでしょ? あなた?」
「全くだ!! ボケ老人の様な生活をしおって、我が家もワシの代で終わりかと思ったが・・・宰相閣下のお目に適うとは、ワシも鼻が高い!! ワッハッハッハッハ!!!」
(ろ、篭絡済みかっ!? クソ、仕事早過ぎだろ!!)
改めてローランの果断さと家族を取り込むその手際にヤールセンは恐れ慄くのであった。




